第一話3
道場から帰って夕食を済ませた後、陽菜はリビングの隅で画用紙と格闘していた。
クレヨンの箱を広げ、腹這いになって床に画用紙を広げる姿は、さながら大作に挑む画家のようだった。もっとも、描いているのは芸術作品ではなく、彼女のいつものタイトル「おにーちゃんと美月ちゃんとひな」だった。
陽一がテレビを見ながら何気なく覗き込むと、画用紙の上にはすでに三つの人物が描かれていた。
真ん中に大きな剣を持った棒人間。頭から何本も線が飛び出ている。これが美月らしい。ポニーテールを表現しているのだろうが、本数が多すぎてメデューサのようになっている。
その隣に同じく剣を持った棒人間がもう一体。こちらは頭の線が短い。陽一だ。よく見ると二体の棒人間は手を繋いでいる。繋いでいるのか、剣を交差させているのか判然としないが、陽菜の中では手を繋いでいるのだろう。
そして後ろに一回り小さな棒人間。両手から黄色い線がたくさん出ている。
「ひな、これ何? この黄色いの」
「魔法だよ! ひなが魔法かけてるの! おにーちゃんと美月ちゃんを強くする魔法!」
陽菜が得意げにクレヨンを掲げた。黄色のクレヨンは、もう半分以上すり減っていた。彼女の絵にはいつも黄色が多用される。太陽も、魔法も、花も、全部黄色で描く。陽菜にとって「きれいなもの」「すごいもの」は全部黄色なのだった。
「へえ、強くなる魔法か。いいじゃん」
陽一がそう言うと、陽菜は満足そうにうなずいてさらに絵に描き足し始めた。三人の棒人間の足元に、緑色のぎざぎざ線。草原だ。その上に青い空。そして三人の上に、大きな黄色い丸。太陽。
やがて陽菜は絵を完成させ、ぱっと持ち上げて宣言した。
「できた! これ、ひなのたからもの!」
それから少し考えて、とてとてとお兄ちゃんのところに歩いてきた。
「・・・おにーちゃんにあげる」
「え、いいの? ひなの宝物なんでしょ?」
「うん。でも、おにーちゃんが持ってたほうがいい。おにーちゃん、わすれんぼうだから」
「何を忘れるって?」
「やくそく! 三人で最強のパーティーになるやくそく!」
陽菜は真剣な顔でそう言った。六歳児にしては妙に的を射た指摘に、陽一は一瞬ぽかんとして、それから笑った。
「忘れないよ。絶対に」
受け取った画用紙を、陽一は自分の机の引き出しに大切にしまった。色鮮やかなクレヨンの匂いが指先に残った。
茉莉がリビングの入口から二人を見て、少しだけ目を細めた。それは微笑みであると同時に、何かを予感するような・・・まるで、この穏やかな時間が永遠には続かないことを、元冒険者の勘で感じ取っているかのような・・・。
だが彼女は何も言わなかった。代わりに、二人にホットミルクを持ってきて、「もうすぐお風呂よ」とだけ告げた。




