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第三話2

 二日目。

 目が覚めた瞬間、身体中の関節がバラバラに砕けたような痛みが襲ってきた。

 布団を蹴飛ばしたい衝動と、一ミリも動きたくない倦怠感が同時に押し寄せる。喉は焼けたように乾き、唾を飲み込むだけで刃物を呑んだような鋭い痛みが走った。

 体温計の電子音。三十九度一分。

 茉莉の表情が、昨日とは明らかに変わっていた。

「解熱剤、飲める?」

「・・・飲む」

 身体を起こそうとして、腕が震えた。背骨に沿って鋭い痛みが走り、肩甲骨の間がぎしりと軋む。茉莉が背中に手を回して上半身を支える。その手の冷たさが焼けた肌に心地よかった。

 錠剤を舌の上に乗せ、水で流し込む。喉の筋肉が収縮するたびに、リンパ節が腫れているのがわかった。たったそれだけの動作で、全身から汗が噴き出した。額を伝い、こめかみを流れ、枕にぽたぽたと染みを作る。

「氷枕、替えるわね。あと、スポーツドリンクはここに置いておくから、少しずつ飲みなさい」

 茉莉はベッドの横に座り、陽一の額を冷たいタオルで拭いた。その手つきは優しいのに、どこか事務的だった。感情に流されず、最適な看病を淡々とこなす。それが照川茉莉という女性だった。

 午後になるとさらに熱が上がった。

 三十九度四分。身体が自分のものではないような感覚。骨の髄まで熱が染み込んで、内側から蒸し焼きにされているような苦しさ。意識は朦朧としているのに、眠ることもできない。半覚醒の地獄だった。

 頭の内側で何かが脈打っている。

 ずきん、ずきんと、心臓の鼓動に合わせて。だがそれは頭痛とは微妙に異質なものだった。痛みというよりは圧迫。頭蓋骨の内側を何かが膨張して押し広げようとしているような、奇妙な感覚。

 何だ、これは。

 その違和感の正体を考える余裕もなく、陽一は意識を手放した。


 夕方頃、ドアの外で物音がした。

 廊下をぱたぱたと小さな足が駆けてきてドアの前で止まる。数秒の沈黙。それからノックが二回。いつもの茉莉とは違うリズム。

 ドアがわずかに開いて、隙間から小さなトレイが差し入れられた。白い陶器の器に、薄い湯気が立っている。

「・・・おかゆ、作ったから」

 陽菜の声だった。ぶっきらぼうで、素っ気なくて、でもほんの少しだけ震えている。

 陽一は答えようとした。喉がひりついて、声が出なかった。

「別に、お母さんに言われたから作っただけだし。食べなくてもいいし」

 早口でそう言い捨てて、足音が遠ざかっていく。だが、その足音は数歩で止まった。

 ドアの向こうで、陽菜が立ち尽くしているのがわかった。

 壁越しに伝わる気配。妹が何を考えているのか陽一にはわからなかった。不登校になってから、陽菜とはほとんど口を利いていない。かつてまとわりついてきた妹は、今では兄を避けるようになっていた。軽蔑しているのか、怒っているのか、それとも—。

 数秒後、足音が再び動き出し、今度こそ遠ざかっていった。

 陽一は残された力を振り絞って腕を伸ばし、トレイを引き寄せた。おかゆは少し硬めで、塩加減がやや強い。十一歳が一人で作ったにしては悪くない出来だった。三口だけ食べて、あとは胃が受け付けなかった。

 それでも、冷えた身体の芯に温かいものが落ちていく感覚がわずかに心地よかった。

 おかゆの塩味が舌に残っている。陽菜が自分で味見をしながら作ったのだろうか。あの不器用な妹が、台所で鍋をかき混ぜる姿を想像して、陽一の口元がかすかに緩んだ。

 だがその表情はすぐに消えた。

 優しくされる資格があるのか。いつもの思考が頭をもたげる。学校にも行かず、家族に心配をかけ、何の生産的なこともしていない。妹のおかゆを食べる資格すら・・・。

 そこまで考えて、意識が途切れた。熱が思考を奪い、陽一を再び泥のような眠りに引きずり込んだ。

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