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第二話6

 十一月。

 全日本中学生剣道選手権大会、通称「全中」。

 金澤美月が、女子個人の部で優勝した。

 全日本では一般の部でベスト8まで残った実力を存分に発揮し、一学年上の選手たちを寄せ付けない圧勝だった。

 翌週の月曜日、全校朝礼で美月の表彰が行われた。

 体育館のステージに立つ美月は、制服のブレザーの上から大きな賞状と優勝トロフィーを両手で持ち、校長から称賛の言葉を受けていた。トロフィーは金色に輝いていて、体育館の蛍光灯の光を反射してきらきらと光っていた。全校生徒の拍手が体育館を満たしている。数百人の手が同時に叩かれる音。それは波のように押し寄せ、ステージの上の美月を包み込んでいた。

 校長が長々とスピーチをしている。「本校の誇り」「努力の賜物」「皆さんも金澤さんを見習って」。ありきたりな言葉の羅列。しかし今日に限っては、その言葉に実感が伴っていた。なにしろ日本一なのだから。

 陽一は、体育館の端にいた。

 一年一組の列の、後ろの方。背が伸びたから、後ろに回されている。目の前には同級生たちの後頭部がずらりと並んでいる。その隙間から、ステージの上の美月が見えた。

 遠い。

 物理的な距離は二十メートルほどだが、そこに至る道のりは宇宙の端くらい遠く感じた。かつて隣を歩いていた少女が、今は千人の上に立っている。同じ教室にいるはずなのに、見上げなければ姿が見えない。

 隣にいた田中が肘で陽一をつついた。

「お前の幼馴染、マジで日本一かよ。すげえな」

「・・・ああ」

 陽一は呟いた。声が出なかった。喉が締まっていた。口の中がからからに乾いていた。

 拍手をした。周囲に合わせて、機械的に手を叩いた。手のひらがぱちぱちと鳴る。その音すら、自分のものではないような気がした。誰かの体を借りて拍手をしている。

 体育館の中は異様に暑かった。陽一の額に汗が滲んだ。胸が苦しい。息が浅くなる。肋骨が内側から圧迫されるような感覚。

 気持ちが悪い。

 そう自覚した瞬間、足元がぐらりと傾いた。

 倒れたわけではない。ただ、世界が一瞬だけ歪んだ。天井の蛍光灯が網膜に白く焼きつき、周囲の声が水の中で聞こえるように遠くなった。拍手の音が、ごうごうと耳の中で反響する。自分がどこにいるのかわからなくなった。

 陽一は唇を噛んだ。奥歯の内側の肉に歯を立てて、痛みで意識を繋ぎとめた。鉄錆びに似た血の味が口の中に広がった。

 朝礼が終わり、教室に戻る列の中で、陽一は機械のように足を動かした。右足、左足。右足、左足。靴の底が体育館の床を叩く音だけが、自分のものだと確認できた。

 その日の授業は一つも頭に入らなかった。黒板に書かれた数式も、教師の声も、すべてが水の底から見上げた景色のように揺らいで見えた。

 教室に戻った後、美月が何か話しかけてきた気がする。でも、何を言われたか覚えていない。ただ、美月の声がいつもより低かったような気がした。


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