玄狼衆 第4王子との対面
扉を開けた…
部屋は広かった。
しかし、明るくなかった…
窓はある。しかしすべて厚い布で覆われていた。
夕刻の外光を、一切遮断していた。
光源はランプ一つだけだ。
机の上に置かれた、小さなランプ…
その光が、部屋の一点だけを照らしていた。
壁に地図が貼られていた。
王国全土の地図だ。
各地に印が付いている。何の印かは、遠目からはわからない。
机の上に書類が積まれていた。
その量は、一人の学生が持つには異常だった…
そして…
椅子に、一人の男が座っていた。
17歳。細い体躯。
背筋だけが、異様に伸びていた。
第4王子
シオン・フォン・エドヴァルト。
俺の4番目の兄だ。
俺が部屋に入っても、シオン兄上は動かなかった。
書類を見ていた。
顔を上げなかった。
俺の存在を認識していないのではない。
認識した上で、動かないのだ。
それは見ればわかった。
沈黙が続いた…
10秒。20秒。
俺は動かずに立っていた。
焦りを見せない。
この沈黙は、試しているのだ。
30秒を過ぎた頃。
「座れ」
一言だった。
それだけだった。
説明も、案内も、言葉の続きもなかった。
俺は部屋の中央に置かれた椅子に座った。
椅子は一脚だけだ。
訪問者のために用意された椅子が、ランプの光の届かない場所に置かれていた。
シオン兄上の顔はランプで照らされている。
しかし俺の顔は、薄暗い。
これも、意図的な配置だ。
シオン兄上が書類を置いた。
そして…
ゆっくり俺を見た。
目が合った瞬間、俺は息が詰まりそうになった。
温度のない目だった。
怒りも、関心も、期待も…
何もない
人を見る目ではなかった…
対象を、情報として処理している目だった。
前世を含めた56年で、俺はさまざまな目を見てきた。
怒りの目。悲しみの目。愛情の目。恐怖の目…
しかし、これほど「何もない」目は、初めてだった…
人の目の中に、これだけ何もない空間があり得るのか…
入学試験の模擬戦で、演習場の外縁から俺を見ていた目。
あのときから変わっていない。
二年間、変わらなかったのだ。
「六位」
一言だった。
俺は答えなかった。
「手抜きが…」
また一言。
問いではない。断定だ。
反論を求めていない。確認もしていない。
ただ、事実として述べた。
俺は黙って頷いた。
シオン兄上は視線を動かさなかった。
まだ俺を見ていた。
その目が、俺の何かを計測していた。
数値に変換しているような、そういう目だった。
沈黙が、また来た…
今度は長かった。
1分近く、何も言わなかった。
なんと長い1分か…
俺は動かなかった。
呼吸を整えた。
この沈黙に、意味がある…
耐えられない者は、先に口を開く。
耐えられず口を開いた者が、食われる…
それがこの部屋のルールだと、俺は感じた…
「玄狼衆に入れ」
シオン兄上は、それだけ言った…
それ以上は何もなかった。
理由も。条件も。説明も。
俺は考えた。
断る選択肢は、あるのか…
…あるのかもしれない。
しかし、この「目」の前で断った者が、その後どうなるのか…
俺には想像がついた…
「……わかりました」
シオン兄上は頷かなかった…
何も言わなかった…
視線が書類に戻った。
会話が終わった、という合図だった…
俺は立ち上がり、扉に向かった。
扉を開ける直前、背中から声がした。
「殺されなくて良かったな…」
それだけだった。
振り返ったとき、シオン兄上はもう書類を見ていた。
俺のことは、既に処理が終わった案件になっていた…
廊下に出た。
扉が閉まった。
窓のない廊下に、ランプの光だけが残った。
俺は少し、止まった。
心臓が、普段より速く動いていた。
恐怖ではない。
そう自分に言い聞かせた…
しかし、それが完全な事実かどうかは、わからなかった。
前世で49年生きた…
会社の嫌な上司も見た。
権力を振りかざす者も見た。
怒鳴る者、脅す者、圧力をかける者…
そのどれとも、あの目は違った…
あの目には、感情がなかった…
感情のない者を制御する方法を、俺は知らない…
感情がなければ、読めない…
読めない者は、動かせない…
兄上は、動かせるのか…
俺は歩き始めた。
今の俺に答えは、まだ出なかった…




