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三歳のルーク

ー 最初の記憶 ー


最初に認識したのは、温かさだった。

誰かに抱かれている。柔らかい腕。規則正しい心音。揺れる感覚。


次に、光だった。

窓から差し込む、やわらかい午後の光。埃が光の中でゆっくりと舞っていた。

 

俺は、泣いていた。

声が出た。小さな、頼りない声が。

それが、ルークとしての最初の記憶だった。


桐島誠司の意識は、その瞬間から存在していた。しかし体は三歳だった。言葉はまだ覚束なかった。感情の制御もままならなかった。


泣きたくないのに涙が出た。

眠りたくないのに眠くなった。


前世の俺が四十九年かけて積み上げた経験と知識は、確かにそこにあった。

しかし、それを使う体が、まだ追いついていなかった。


ー 宮廷という場所 ー


ゆっくりと、世界が見えてきた。

石造りの天井。松明の炎。蝋と古い石と埃の匂い。

侍女が三人いた。マリア、エレナ、カトリン。マリアが最も年配で、いつも傍にいた。エレナは若くて優しかった。カトリンは無口だった。


三歳の体は正直だった。

記憶と思考力は大人でも、体は子供だ。長く集中できない。足がふらつく。重いものが持てない。そして何より——感情が体に直結していた。

怒りを感じると、顔が熱くなった。悲しみを感じると、涙が出た。コントロールしようとしても、体がついてこない。


前世では感情を表に出さないことを徹底していた。

会議で理不尽なことを言われても顔色を変えなかった。

告発が来ても怒りを見せなかった。


それが七年間生き延びてきた武器だった。


しかし今の体は、思った通りに動かない。

だから俺は、別の方法を取った。

徹底的に、子供らしく振る舞うことにした。


どうせ三歳だ。感情的になっても、誰も不思議に思わない。

第五王子は「いてもいなくても変わらない王子」だ。

 

ならば、思う存分、子供を演じながら、観察する。


孫子は言う。

「善く守る者は、九地の下に隠れる」


今は、潜む時だ。


ー 言葉という武器 ー

 

三歳から四歳にかけて、俺は言葉を覚えた。

正確には、この世界の言語の細かいニュアンスを覚えた。基本的な語彙は体の記憶として既にあった。しかし書き言葉、宮廷での敬語の体系、貴族と平民の言葉の違い、それらは意識して吸収した。


侍女たちの会話を聞いた。廊下を歩く貴族たちの言葉を聞いた。父王が執務室で臣下と話す声が遠く聞こえるとき、俺は通路の壁に背を預けて、じっと聞いた。


情報は、黙って聞いていれば向こうから来る。


コンサル時代、クライアントの会社に入ったとき、最初にやることは現場を歩き回って耳を澄ますことだった。会議室での数字より、廊下での会話の方が、本当のことを教えてくれる。


宮廷でも、同じだった。


侍女たちは、第五王子が傍にいても会話を止めなかった。三歳の子供が何を聞いていても、理解しないと思っていたからだろう。

おかげで、多くのことを知った。


第一王子アルベルトの派閥が東の有力貴族三家と新たな盟約を結んだこと。

第三王子ジュリアンの取り巻きに、最近、西の商業ギルドの息がかかった人間が混じり始めたこと。

父王が最近、夜中に執務室で一人過ごす時間が増えていること。


そして…


第四王子シオンの侍女が、先月、突然辞めたこと。

辞めた理由を、誰も話さなかった。聞かれると、話題を変えた。


そのことが、俺の頭の片隅に引っかかり続けた。

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