老将軍、倒れる
撤退が完了した…
野営地に黎明義軍が戻る。銅貨の首飾りが揺れている。黒い甲冑が夕暮れの光の中を進む。しかし、その足取りは重い。
戦いが終わった。しかし終わり方は、誰も望んだものではなかった。
バロックが倒れた…
馬から降りた瞬間、足がもつれた。膝が地面につく、側近が「バロック様!!」と叫ぶ。
「騒ぐな」とバロックが言った。声に力がない。「少し休む。それだけだ…」
立ち上がれない…
6連撃の代償だった…。70代の体が限界を超えている。熱がある。腕が上がらない。30年のブランクを埋めるために使い続けた体が、北伐の全てを絞り出していた。
「おじじ殿!!」
ルークが駆けてくる。バロックの体を支えた。
「うるさい」とバロックが言った。
「転んだだけだ」
「転んでいません!!」
「……転んだ」
「倒れました!!」
バロックが「……うるさい子だ」と言った。しかし反論できない。体が動かない…
軍医が来て、バロックを診る。
「……申し上げます」
「言え…」とルークが言った。
「絶対安静が必要です。最低でも3ヶ月。完全に回復するには……、半年は必要かと」
野営地が静まる…
「3ヶ月……」とバロックが繰り返した。
「無理をされると取り返しのつかないことになります…」
「3ヶ月も寝ていられるか…」
「絶対に寝ていてください」とルークが言った。
「若いの、わしは…」
「寝ていてください…」とルークがまた言った。静かに…
バロックが、ルークを見た…
「……うるさい子だ」と言った。それ以上は言わなかった。
…………
エドも…、同じだった。
足に深い槍傷がある。
腕に複数の切り傷がある。
長坂谷で100名以上を相手にした体は…
ぼろぼろだった…
「エド……」とラウルが言った。
「大丈夫だ」とエドが言った。起き上がろうとしたが、動けない…
「大丈夫じゃありません」とクルトが言った。「横になってください」
「俺はまだ…」
「横になってください」とクルトがまた言った。
エドが「……」と言った。何も言わない。
横になった。…
ラウルが「かっこよかったよ、エド」と言った。目が赤い。
「うるさい…」とエドが言った。
「本当に…」
「うるさい…」
「よかった。生きて帰ってきて…」とラウルが言った。
エドが、少し黙った。「……、当然だ」と言った。
夜。
ルークがバロックの天幕に入る…
バロックが横になっていた。目は開いている。
「眠れませんか…」
「眠れん…」とバロックが言った。
「体が動かないのに、頭だけが動くわ…」
「……何を考えていますか?」
「アルベルトのことだ…」
ルークが黙った。
「転落ではない」とバロックが言った。「あの道は、偵察に行く者が使う道だ。殺しやすい場所だった…」
「わかっています…」
「調べる必要があるが、わしは動けない…」
「ヴィクターとエリカに任せます…」とルークが言った。「必ず突き止めます」
バロックが「……頼んだ」と言った。
天幕の外で、風が吹く…
「おじじ殿…」
「なんだ」
「ありがとうございます」とルークが言った。「北伐に来てくれたことです。6連撃を放ってくれたことです。ブレストを退かせてくれたことです…」
「礼はいらん…」
「いえ、言わせてください…」とルークが言った。「今だから言えます。まずは、3ヶ月ゆっくり休んでください。おじじ殿がいなければ…、俺はここまで来られませんでした」
バロックが、少し黙った。
「……本当に今日はうるさい子だ」と言った。しかし目が少し、緩んだ…
「勢いに乗じて動くは易く、時を待ちて力を養うは難し……」
ーー韓非子ーー
勢いに乗じて動くのは易しい。
時を待ちながら力を養うのは難しい。
バロックが倒れた。
エドが倒れた。
しかし黎明義軍は止まらない。
2人が立ち上がる日まで、ルークは動き続ける。




