その夜
宿舎に戻ったのは夕刻だった。
制服を着替え、夕食を終えた。
窓の外に、王都の夜景が広がっていた。
ノートを開いた。
今日の整理。
入学生代表の挨拶──成功。
序列決定試験──マイナス100点。
最終序列──20位(最下位)。
待遇への影響。
給金──最低額。
卒業後の進路推薦権──圏外。
家への恩給──適用外。
家紋授与権──圏外。
これが今の俺の立ち位置だ。
家紋授与権について、俺は少し考えた。
家紋は卒業時の序列で決まる。
家紋を持てば、財務省から家紋俸禄が下賜される。
その家紋を持つ卒業生を多く出した家は、国の中枢に入り込む。
つまりこの学院は、個人を育てる場であると同時に、家の勢力を決定する場でもある。
特権入学者の10名が、最初から構造を知っていた理由がわかった。
彼らの家は、既にこの仕組みの中にいる。
家紋を持つ家の子が入学し、また家紋を得て帰る。
その循環が、権力を固定する。
俺は合格者の出身を思い出した。
平民や下級貴族の子が多い。
エドもそうだ。
彼らは、この構造を知らずに来た。
それが今日の序列にも、出ていたかもしれない。
父王の出した第三問は、試験の外から来た。
試験の設計にない問いだ。
つまり父王は、俺のためだけにその問いを持ってきた。
なぜか。
答えは一つしかない。
父王は、俺を最下位にしたかった。
入学式で目立った。論理力で首位を取った。
そのまま序列1位になれば、俺は「台頭した者」として見られる。
そして家紋授与権の圏内に入り、推薦権を持ち、家に恩給が下りる立場になる。
それを、父王は避けた。
体力試験をBにした。最終試験の総合順位を3位にした。
そして今日も最下位にした。
「挫折と障害もまた、王の糧なり」
しかし今日の問いは、それだけではなかった。
父王の指摘は正しかった。
「仕組みを守ることと、人を守ることが矛盾するとき、どうするか」
俺はその答えを、まだ持っていない。
これは宿題だ。
父王から、俺への…
俺はノートの最後のページに、書いた。
「序列最下位。給金最低。推薦権なし。恩給なし。家紋なし」
「しかし失うものがない者は、動きやすい」
「仕組みは人を守るためにある。人を守れない仕組みを守ることに、意味はない」
この問いに、俺はまだ答えを持っていない。
しかしこの問いから始めることは、できる。
俺はノートを閉じた。
窓の外の王都に、灯りが増えていた。
序列20位。最下位から始まる。
韓非子は言う。
「知者は以て知らざるを知る」
賢者は、己が知らないことを知っている。
今夜わかったのは、この学院が「個人の競争」ではなく「家の戦争」であること。
そして俺は今日、その戦争の最下位から始まるということ。
最下位から上がる方法は、一つではない。
しかし最初にやるべきことは構造を正確に知ることだ。
孫子は言う。
「敵を知り、己を知れば、百の戦いで危うくなることはない」
今夜は、それで十分だ。




