第三問 ー 王、現る ー
20名全員の試験が終わった。
採点の集計が始まり、しばらくの静寂があった。
総長が壇上に立った。
「集計の結果を…」
そのとき、ホールの扉が開いた。
足音がした。
一歩、また一歩。
ゆっくりと、しかし迷いなく。
エドワード三世が入ってきた。
会場が静まり返った。
上級生が膝をつき、教官たちが頭を下げた。
総長もまた、深く礼をした。
父王は、そのどれにも応えず、真っすぐ歩いてきた。
その目が、一点だけに向いていた。
俺だ。
父王は俺の前に立った。
距離は3メートルほど。
会場の全員が、その光景を見ていた。
「ルーク・レギナルド」
父王が名を呼んだ。
偽名だ。
しかしこの場では、俺はルーク・レギナルドだ。
「第三問を出す」
会場が、もう一度静まった。
総長が固まった。
クレアは、固まらなかった。
ただ、静かに採点票を持ち直した。
一瞬の騒然が会場を襲った。
「第三問」という概念は、この試験に存在しない。
前代未聞だった。
序列決定試験に、王が介入する、そんな前例はない。
しかし特務機関の人間は、王命を前にして動揺を見せなかった。
父王は構わず続けた。
「王が間違った決断を下した。臣下はそれを知っている。しかし王は撤回しない。このとき、真に王に仕える者は何をすべきか。答えよ」
制限時間は告げられなかった。
俺はその問いを、頭の中で解体した。
表面の問いは「臣下は何をすべきか」だ。
しかし本質は「真に仕えるとはどういうことか」だ。
いくつかの答えが浮かんだ。
「諫言すべきだ」しかし王が聞かないなら?
「従うべきだ」しかしそれは「真に仕える」ことか?
「記録に残すべきだ」記録は何のためにあるか?
俺は答えた。
「真に王に仕える者は、王が正しい判断を下せる状況を作ることが仕事です。王が間違えたとき、その責任の一端は仕えた者にもある。なぜなら、正しい情報と選択肢を王に届けるのが、臣下の役割だからです」
「王の決断が誤りであるなら、それを告げます。ただし感情ではなく、根拠をもって。そして告げた後は、王の決断に従います」
「従う理由は、服従ではありません。仕組みを守るためです。王が常に正しいとは思いません。しかし、臣下が各々の判断で王の命を覆す社会は、法ではなく力が支配する社会になります。それは、どんな正しい判断よりも危険です」
父王は黙っていた。
しばらく、静寂があった。
俺は父王の目を見た。
何かを計っている目だった。
正しいか誤りかを判断しているのではない。
もっと別の何かを見ていた。
父王が口を開いた。
「不合格だ」
会場が、微かにざわついた。
「お前の答えは、仕組みを守ることを優先した。それは正しい。しかし…」
父王は一歩、前に出た。
「王が間違えたとき、臣下が記録に残し、告げ、従う。その先に何が残るか。間違えた王の決断が、実行される。民が傷つく。それを止める手段を、お前の答えは持っていない」
「仕組みを守ることは必要だ。しかし仕組みは人を守るためにある。人を守れない仕組みは、仕組みではなく枠だ。お前はまだ、枠の中でしか考えていない」
俺は何も言えなかった。
反論が浮かばなかったからではない。
父王の言葉が、的を射ていたからだ。
「マイナス100点を課す」
父王はそれだけ言って、踵を返した。
足音が遠ざかった。
扉が閉まった。
会場が、再び静まり返った。




