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ディベート対決

ディベート対決は、大ホールの中央で行われた。

20名の受験者が同時に、それぞれ別の議題で、全員が一斉に始まった。

他の受験者の声が四方から聞こえる。

しかし今は、俺の正面だけを見る。


俺の議題は「国家は個人の自由を制限する権限を持つか」だった。


上級生代表の5名が、俺の正面に横一列に並んだ。

1人ずつ交代するのではない。

5人が、同時に俺の前に立っていた。


5対1だ。


周囲の新入生たちが、その光景を一瞬見た。

自分たちの前にも同じ構図が広がっているはずだが、俺の前の5人の圧は、明らかに他と違った。


1人目が口火を切った。

「国家は個人の自由を制限する権限を持つ。個人の自由が他者を傷つけるとき、国家の介入は正当化される」

2人目が続けた。

「法がなければ社会は成立しない。制限は秩序の根拠だ」

3人目。「正統性は多数の合意が決める。それが民主の原理だ」

4人目。「制限なき自由は、力ある者による支配を生む。国家の介入こそが平等を守る」

5人目。「個人の権利は、社会契約によって初めて保護される。制限はその前提だ」


5人が、矢継ぎ早に主張を積み上げた。

圧があった。

声の量が、空気を変えた。


俺は、1秒待った。


「5点、整理します」

俺は静かに言った。


「第一に、制限の正当化条件、他者への危害。これは認めます。ただし『危害』の定義を誰が決めるかが問題です。その決定過程に正統性がなければ、制限は支配になります」


「第二に、法と秩序、法は必要です。ただし法の内容と、法の制定過程は別問題です。悪法も法であることは、歴史が証明しています」


「第三に、多数の合意、多数決は少数派の権利を保護しません。歴史上、多数派による迫害は、すべて正統な手続きを経ていました」


「第四に、平等のための介入、力ある者の支配を防ぐために国家が介入するなら、その国家権力が最大の力を持つことになります。監視なき権力は、問題を解決しません」


「第五に、社会契約、契約の内容と範囲を誰が決め、誰が変えられるか。その仕組みが担保されていない契約は、契約ではなく強制です」


5人が、沈黙した。


周囲の声が聞こえた。他の受験者が詰まっている。

俺はそちらを見なかった。


クレアが採点票に何かを記録した。

速く、感情なく。


しばらくして、クレアが、上級生代表に向かって短く言った。

「採点完了。第二フェーズに移行」


第二フェーズ?


5人が、顔を見合わせた。

それから全員の目が、俺に向いた。

先程とは違う目だった。


1人目が口を開いた。

「国家の権限への監視と制御の仕組みが必要だ」


それは、俺が言った言葉だ。


2人目が続けた。

「多数決は少数派を守らない。合意の正統性には条件がいる」

3人目。「悪法も法である。法の内容と制定過程は分けて考えるべきだ」

4人目。「監視なき権力は問題を解決しない。権力にも制限が必要だ」

5人目。「契約の内容を変えられる仕組みが担保されていなければ、それは強制だ」


全員が、俺の答えをそのまま自分の主張として語った。


そして5人が一斉に俺を見た。

声の温度が、下がっていた。

「では聞こう。お前自身は、どちらの立場を取るのか」

「これだけ答えておきながら、お前は何も断言していない」

「問いから逃げているだけではないか」

「5歳の子供が、答えを持っているふりをしているだけだ」

「答えてみろ。国家は制限する権限を持つのか、持たないのか」


5人の視線が、一点に集中した。

威嚇だった。

議論ではなく、圧力だった。


静寂があった。


俺は、動かなかった。


1秒。

2秒。


それから、口を開いた。


「5人全員が、今、私の言葉を使いました」


5人が、止まった。


「私が第一フェーズで述べた内容を、そのまま自分の主張として語った。それは何を意味するか」


「あなた方は今、私の論理が正しいと認めました。それでも『断言しろ』と迫るのは、論理の問題ではなく、心理的圧力の問題です。私はその圧力に答える義務がない」


「そして断言について言えば、私はすでに断言しています。『制限の正当化条件』『権力への監視の必要性』『多数決の限界』この3点は、私の確定した立場です。断言を避けたのは、『持つか持たないか』という二択の問いが、問い自体として不正確だからです」


「二択を強要することは、思考の精度を下げます。それは議論ではなく、誘導です」


「以上です」


5人が、沈黙した。


周囲の新入生の声が、止まっていた。

いくつかの試験が終わっていたのか、周囲に視線が集まっていた。


クレアが採点票に記録していた。

感情のない動作で、速く、正確に。

しかしペンが止まった瞬間、クレアの口元が、ほんのわずかに動いた。


微笑だった。

1秒にも満たない。すぐに消えた。

しかしそれは確かにあった。

特務機関の人間が、感情を見せた。

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