銅貨1枚の用心棒 前編
番外エピソードです。
王都での修行が始まって1ヶ月、やっと3日間の休暇をもらえた3名。
今回と次回は、テッセン街に戻ったミア姉様の視点でお届けします。
メインストーリーから少し離れて、街の人たちとの話です。ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
王都での修行が始まって、1ヶ月が経った。
フリッツから「7日間、自由にしていい」と言われた時、私は一瞬、聞き間違えたかと思った。
「……自由、ですか?」
「そうです。但し、体を壊すような自由は禁止でございます…」
「それは自由と言いませんよ…」
「……そうで、ございますか?」
フリッツが── 珍しく、少し笑った気がした。
ルークは「テッセン街に戻る」と言った。エドも黙って頷いた。
私も異存はなかった。
王都からテッセン街まで、馬車で半日。
私は馬車の中でずっと眠っていた。
眠れる時に眠る。
それが王都の1ヶ月で学んだ事のひとつだった。
テッセン街に着いたのは、夕暮れ時だった。
街の入口にドラクが立っていた。
腕を組んで、仁王立ちで。
後ろに部下が5名。全員が同じ顔をしていた。
「……ボス。お帰りなさい!!」
ドラクが── 頭を下げた。
私は馬車から降りた。
ドラクを見上げた…相変わらず大きい。
「ただいま。街は大丈夫でしたか?」
「……問題ありません!」
「ラウルは?」
「グレーヴェ卿の補佐で動いています。今日は帳簿の整理で夜まで戻らないかと…」
ドラクの後ろの部下たちが、チラチラとこちらを見ていた。
全員が、何か言いたそうな顔をしていた。
「……何ですか」と私は聞いた。
「い、いえ! 何でも!」
1番右の男が、直立した。
名前はガッツといって、元赤牙のドラクの古参だ。
拳が顔より大きい…
「……本当に何でもないんですか?」
「……ボス」とドラクが言った。
「少し、話があります…」
街の外れの詰め所に通された。
ドラクが珍しく、言いにくそうにしていた。
私はお茶を一口飲んで待った…
「……子供が、います…。」
「子供?誰の?違うの?」
「2人。兄と妹です。兄が6つ、妹が4つ」
ドラクが机の上に、銅貨を1枚置いた。
「……三日前から、毎日来るんです。この銅貨を持って俺たちのところに…」
「……何のために来るんですか?」
「用心棒を頼みたい、と言っています…」
私は銅貨を見た。
1枚だけ、小さかった。
テッセン街で銅貨一枚で買えるものは、パンが半分くらいだ。
「……何から守ってほしいと言っているんですか?」
「……路地の奥に住んでいます。夜になると、酔っぱらいが絡んでくると。妹が怖がっているから、守ってほしいと…」
ドラクが、少し間を置いた。
「……兄の方が言うんです。『これしか持っていないけど、お金が貯まったら必ず払いますから』と…」
私は、少し黙った。
「……親は?」
「……いません。先の北部の戦争で父親が兵士でした。」
北部の戦争。
シオン兄上が率いた、二年前の戦。
私は学院にいたから詳しくは知らない。
しかし沢山の死者が出たことは知っている。
「……それで、どうしたんですか?」
「……受けました」とドラクが言った。
私は── 顔を上げた。
「銅貨1枚で?」
「……ガッツが受けました。俺はやめろと言ったんですが…」
ドラクが、少し咳払いをした。
「……ガッツが。毎晩その路地に立っています。もう三日で…」
その夜、 私はガッツに会いに行った。
テッセン街の東の外れ。
石畳が途切れて、土の道になるあたり。
古い建物が並ぶ路地の入口に、ガッツが立っていた。
腕を組んで、仁王立ちで、ドラクと同じ立ち方だった。
「……ガッツさん?!」
「…!、ボ、ボス! なんで……」
「少し話を聞かせてください…」
ガッツが頭を掻いた。
大きな手だった。
指の節が太かった。
「……俺、別に大したことしてるわけじゃなくて、あのその…」
「毎晩立っているんですよね…」
「……まあ、その、なんというか…」
ガッツが、視線を路地の奥に向けた。
奥に小さな明かりがあった。
窓から漏れる灯りだった。
「……あの子らの、親父さんが兵士だったんです。北部で死んで…。母親はその前から病気がちで。それで今は二人きりで…」
ガッツが、腕を組み直した。
「……俺も昔、似たような感じだったんですよ。まあ俺の場合は戦争じゃなくて、ただ捨てられただけですけど…」
さらりと言った。
私は、何も言わなかった。
「……兄ちゃんの方がですね、真剣な顔して銅貨1枚持ってくるんですよ。『お願いします』って…。その顔がなんて言いますか、ちゃんと受けなきゃいけないって顔してて…」
ガッツが、少し笑った。
「……銅貨1枚で受けるなんてバカだろって、ドラクさんには言われましたけど…。でも俺、受けて良かったと思ってますよ。ボス。」
路地の奥の明かりが、揺れた。
窓から小さな顔が、こちらを見ていた。
男の子だった。
暗くてよく見えなかったけれど、私と目が合った気がした。
すぐに、引っ込んだ。
「……あの子、毎晩ここからちゃんと見てるんですよ。」とガッツが言った。
「ちゃんと立ってるか確認して、それから寝るんです。」
翌朝、私は路地に行った。
昼間のテッセン街は明るかった。
路地の奥の建物は古かったけれど、きちんと掃除されていた。
扉の前に小さな花が一輪、置いてあった。
扉を叩いた。
しばらくして、扉が開いた。
男の子だった。
ぼさぼさの茶色い髪、大きな目、ガッツよりずっと小さいのに真剣な顔をしていた。
「……誰ですか?」
「ミアといいます。ガッツさんの知り合いです。」
男の子が、少し考えた。
「……中に入りますか?」
「いいんですか?!」
「……お客さんを断ってはいけないって、父さんが言ってました。」
中に入った。
小さな部屋だった。
しかし、整理されていた。
2つの毛布が、きちんと畳まれていた。
毛布の陰から、小さな子が顔を出した。
妹だった。
栗色の髪、兄と同じ大きな目。
私を見て、すぐに兄の後ろに隠れた。
「……名前、聞いていいですか?」
「……レン」と男の子が言った。
「妹はリナ」
リナが、兄の袖を掴んだまま、こちらを見ていた。
「……ガッツさんに、用心棒をお願いしたんですね?」
「はい」とレンが言った。
「銅貨一枚しかなくて…、でも、必ずお金が貯まったら絶対払います。」
真剣な顔だった。
6歳の子供が、こんな顔をするのか、と思った。
「……ガッツさんは、ちゃんと来てますか?」
「……毎晩来てくれます。すごく大きくて、最初はリナが泣いたんですけど…」
レンが、 少し笑った。
「……でも、怖くないよって言ったら、リナも慣れて…。昨日は手も振ってました。」
リナが、兄の袖を放した。
そして私を見た。
「……おねえちゃん、きれい!」
小さな声だった。
私は少し、びっくりした。
「……ありがとう。」
「……ガッツのおにいちゃんみたいな人?」
「……少し違いますけど、仲間ですよ。」
リナがぱたぱたと駆けてきた。
私の手を、両手で掴んだ。
小さな小さな手だった。
とても温かかった。
「……仲間なら、一緒にいてくれる?」
私はレンを見た。
レンが、少し目を細めた。
何かを我慢しているような顔だった…
6歳の子供がずっと、妹の為だけに我慢してきたのだと思った。
「……いますよ」と私は言った。
「今日は一緒にいます!」
リナが笑った。
夕方、詰め所に戻ると、ドラクと部下たちが全員いた。
私が入っていくと、全員が微妙な顔をした。
「……ボス」とドラクが言った。
「何か、決めましたか?」
「決めました!」
「…な、何を?」
「レンとリナを、しばらく街で預かります。ラウルに頼んで宿を手配してもらいます。ガッツさんには引き続き用心棒をお願いします。銅貨1枚の依頼は受けなくていいです。」
全員が、黙った。
「……ただし」と私は続けた。
「お金が貯まったら絶対払うと、レンが言いました。だからそれは、受け取ってください。」
ガッツが、目を赤くした。
「……ガッツ、泣いてますか?」
「な、泣いてません!! 目にゴミが!!」
「この部屋にゴミはないですよ。」
「ありますよ!! 絶対あります!!」
ドラクが盛大に溜め息をついた。
「……お前はガキの頃から変わらんな…」
「ドラクさんだって、さっきまで目ぇ赤かったじゃないですか!!」
「…う、うるさい!!」
詰め所が少し、騒がしくなった。
私は窓の外を見た。
テッセン街の夕暮れが橙色に染まっていた。
街の荒くれ者たちが、こんな風になるとは…
1年前には思っていなかった。
でも、こうなった。
銅貨1枚を真剣な顔で持ってきた6歳の子供に、誰も何も言わずに動いた。
それがこの街の、今の形だと思った。
「……みなさん!」と私は言った。
「はい! ボス!!」
全員が、一斉に返事をした。
うるさかった。
「……ありがとうございます。」
静かになった。
ドラクが── 少し間を置いてから言った。「……俺たちの方こそ。」
それだけだった。
それだけで、 十分だった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
ガッツというキャラクターを書いていて、思ったより好きになってしまいました。
拳が顔より大きい大男が、6歳の子供の「ちゃんと受けなきゃいけない顔」に負けて3日間路地に立ち続ける。
そういう人間が、この街にいる。
レンが銅貨を数えていた場面は、書きながら少し止まりました。
父親の言葉を守るために荷物を運んでいた、というだけのことですが、6歳がそれをやっていると思うと…
次話で決着です。よろしければブックマーク・評価・感想をいただけると大変励みになります。
「ガッツが好き」「レンが健気」「目にゴミが!は笑った」など、一言でも嬉しいです。




