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chapter03 契約

 「人払いは済ませてある。1時間はここに誰も寄り付かないだろう」

 「連れと約束あんだけど」

 「諦めたまえ。こちらの方が重要事項だ」


 つれて来られた空き教室に入るやいなや、女性は直ぐに扉に鍵をかけた。その後は手早く椅子と机を用意し、俺を無理矢理に座らせて自らも対面に座り込む。


 俺はといえば既に諦めムードだ。ここに来るまでずっと抵抗をし続けていたが、全て無駄に終わった。悲しいことに力でどうこうできる相手ではないと悟ったのだ。


 これがシャドダンのキャラなら話は別だったんだけどな~。リアルでなければ窓から即脱出してやるのに。


 「で、何だよ。手短に頼むぞ」

 「そう時間はかからないさ。まず初めに、影の王ソロ討伐おめでとう。これは快挙だよ三春くん」

 「……?」


 何でいきなりシャドダンの話を? いや、それよりもソロ討伐したのが俺だって何で知ってる?

 オンラインランキングに載ってるのはあくまでもキャラ情報だけだ。リアルの個人情報は一切記載されてない筈。なのに、どうしてコイツはピンポイントで俺だと分かった?


 うわ、今更凄ぇ怖くなってきた。想像以上にヤバい奴かも。


 「疑いたくなる気持ちは理解しよう。でも私には分かるのさ。そういう立場だからね」

 「まさかシャドダンの運営とか?」

 「いやいや、そういうのではないよ。言ってみれば……そう、私は管理者だ」


 管理者? だとしたら何の管理者だよ。個人情報すっぱ抜けるって相当な立場の人間だろうし、もしかしてコイツ、国からの回し者? 一ゲームプレイヤーへ? アホくさ。ありえねーわ。


 「どこの管理者かは知らんけど、そんな人がただの学生に何の用だよ」

 「数え切れないほどのプレイヤーが挑戦するも誰一人として成しえなかった影の王ソロ討伐。

 事前情報有りだったとはいえ、それをたった一度の挑戦で叩き潰した君をただの学生と呼ぶには、些か不釣り合いだと私は思うがね」

 「……確かにな。そりゃ世界初の偉業だろうし、凄いことは凄いんだろう。俺だって達成した時は童心に戻ってめっちゃ喜んだよ。

 でも、結局はゲーム内での出来事だ。現実ではゲームみたいに強くもないし権力も無い。それなりの学校に通って、それなりの企業に就職する事を夢見る1人のクソガキ。それが俺だ」

 「慎ましいね。枯れてるとも言うが。

 自身の手柄をひけらかさず、多くを望まない。ゲームプレイにおいても力を過信し過ぎず冷静に立ち回る様は、まさに歴戦の戦士が如し。

 しかしそれだけの実力がありながら、何故それを武器に稼ごうとしないのかね?」

 「ゲームはゲーム。言ってみれば趣味の範囲だ。配信者やゲーム実況者はそれで飯食ってるのかもしれないけど、俺はあくまでもゲームを趣味の域から逸脱させたくないんだよ。

 娯楽にビジネスを持ち込むなんて無粋極まりない。その時その時を全力で楽しむのが俺のやり方だ。それを誰かと共有しようとも思わないし、金にしようなんて以ての外」

 「ふむ、なるほど。時に君は、ソロプレイが基本かね?」

 「まぁな」

 「理由は?」

 「敵との一対一、或いは多対一の戦いが好きだから。どっちも勝った時の喜びはマルチじゃ味わえない。

 まぁ気が向いたらフレンドと一緒にって時もあるが、大体はソロだな」

 「つまり仲間との連携も経験はあると。いいね。

 では、君がプレイしてきたゲーム全てにプレイヤー名を名無しと名付けるのは何故かね?」


 さっきから何だこの質問攻め。全部ゲーム関連だし、これのどこが極秘事項なんだよ。しかも俺がずっと同じプレイヤーネームなのもバレてるし。怖ぇなおい。


 俺も俺でペラペラと喋り過ぎだ。普段なら知らない奴相手にこんな事は無い筈なのに……何故だか、コイツの目を見てると喋らないといけないような、そんな不思議な感覚になる。催眠術の類か?


 「特別な理由なんてない。名前考えるの面倒くさいから毎回名無しってだけだ」

 「ふっ、はははっ。そんな奴に負けてしまうとは、影の王も浮かばれないね」

 「基本的にそういう部分は面倒くさがりなんでね」

 「しかしやる時はやる。そうだろう?

 ふふ、やはり君はいい。まさしく私がずっと探していた逸材だよ」

 「先に言っておくが、ゲームの試合に出てほしいだとか、そういう依頼なら断るぞ。見せ物になるのは好きじゃない」


 実際、過去に別ゲーでボスをソロ討伐しまくってたせいで目をつけられたことがある。

 やれ君には才能があるだの、やれ埋もれさせておくには惜しいだの、やれもっと上を目指すべきだのと。うるせーわ。俺には俺のプレイスタイルがあるのだ。


 誰かの良いように使われるなんて真っ平ゴメンである。


 「安心したまえ。ゲーム関連ではあるが、そういう依頼ではないよ」

 「結局何かしら依頼する気なんじゃねーかよ。もういいだろ無駄話は。とっとと本題に入ってくれ。

 サッサと断って帰らせてもらうからよ」

 「コミュニケーション能力は今ひとつだが……まぁそれは今後磨いていけばいいだろう。人とは成長するものだ」

 「本題に入れって言ってんだけど」

 「ずっと本題なのだがね。まぁいい。では単刀直入に伝えるとしよう」


 ようやく意味の分からない質問タイムが終わるのかとホッと一息吐く暇もなく、女性が懐から取り出したのは1枚のチップ。


 見間違いでなければそれはゲームチップで間違いない。昨今のゲームはVRゴーグルにゲームチップ内のデータをインストールし、その世界にダイブして遊ぶものが主流だ。

 例に漏れずこれも同じ物のようだが、本来ゲームのタイトルがプリントされている筈の部分が白紙のままなのは何故だろうか。


 「名無し……そうだね、じゃあこうしよう」


 何で白紙なのか、その疑問をぶつけようとした次の瞬間には、今の今まで白紙だった部分に文字が刻まれていた。

 一瞬ゲームチップをくるりと回転させた間に何したコイツ。


 「アノニマス・オブ・ヒーロー。うん、我ながらシンプルで覚えやすい」

 「ゲーム?」

 「うん、そう。君を訪ねてきたのは他でもない。このゲームを君にクリアしてもらいたいから。ただそれだけだよ」

 「はぁ?」


 もしかして自分じゃクリアできないから誰かにやってもらおうとかそういう感じ? 今時そんな代行、小学生でもやらないだろうに……というか、ソフトだけ渡されてもどうしろってんだ。

 セーブデータが入ってるVRゴーグルが無いと意味無いだろ。


 「その様子を配信してほしいとか、録画してほしいとか、そういったものは望まない。

 ただプレイして楽しんでくれたまえ。それが、君を訪ねてきた理由の全てさ。もちろん、クリアが絶対条件ではあるがね」

 「|アノニマス・オブ・ヒーロー《名無しの英雄》……何か、随分と俺に都合の良いタイトルだな」


 直ぐにスマホで検索しようとしたけど、まだ圏外だったので早々に諦めた。早く直ってくれよ電波障害。


 「検索しても出てこないよ。これはまだ世に出ていないゲームだし、タイトルも今付けたからね」

 「世に出てない? え、じゃあやっぱりアンタって、どっかのゲーム開発者?」

 「ん~、そうとも言うしそうでは無いとも言える」


 何じゃそりゃ。てっきりどこぞの大企業が俺に目をつけてきたのかと……それはそれでクソ迷惑だけども。


 「要するに俺にテストプレイさせようってか? デバッグ作業なんざやらねーぞ?」

 「いやいやとんでもない。そのゲームは既に完成しているし、万に一つもバグなんてあり得ない。

 100%完成品。どれだけ粗探ししても無駄と断言できる」

 「大口叩いていざバグ見つけられたら赤っ恥だぞアンタ」

 「あり得ないからね、心配無用」


 そうやってイキった開発者がネット民に袋叩きにされる事件も過去何度もあったってのに、よく言うわ。大言壮語って知ってるか?


 「学生相手に金銭を渡すのは流石に生々しいから、報酬はこれまでに無いゲーム体験という事にしておこう。どうかね?」

 「ゲーム体験、ね。そう言って大爆死したゲームが世に何千本あると思ってんだよ」

 「そこらの有象無象と一緒にされちゃあ困るね。これも断言しよう、君は必ずこのゲームにハマると。

 さてどうする? 君にとってのデメリットは時間を奪われることくらいだけど、ゲーマーにとってそんなのは日常茶飯事だろう?」

 「そりゃあな。……まぁ、興味が無いと言えば嘘になっちまうし、失う物が無いならやってみるのも悪くはない話だ」


 これでもゲーマーの端くれ。どこにも発表されていないゲームを、世界で誰よりも早くプレイできるなんて夢のような話だ。

 が、よく言うだろ? 上手い話には裏があるってさ。


 「で、これを受け取るにあたって何か規約くらいはあるんだろ? 何も無いってんじゃ、胡散臭過ぎて受け取れないな」

 「もちろんだとも。と言っても難しい事じゃない。一度このゲームのプレイを始めたら、いつか必ずクリアすること。そして、基本的には誰にも話さないこと。

 アノニマス・オブ・ヒーローの存在はもちろん、ゲーム内容も一切他言無用だ。これを破った場合、それなりの罰は受けてもらうと理解してほしい」


 そーら見たことか。まぁでも予想通りではある。そりゃ新作の情報なんて外部に漏らしたくはないだろうしな。そこについては何も問題ない。ダメだと言うなら守ろう。


 クリアまでやることについても特に問題はないかな。自慢じゃないが、クソゲーを除いてこれまで投げ出したゲームなんて一つも無いし、何なら骨の髄までしゃぶり尽くすまでやり込むのが基本だ。


 罰ってのが気になるが、まぁ規約を破らなければ関係のない話である。


 正直、この話受けてもいい気がする。何よりこれまでに無いゲーム体験とやらが非常に心惹かれるのだ。

 シャドダンもVRゲームの中ではかなりヌルヌルで高画質だったから、当初はそりゃ驚いた。でもコイツの言い方だと、それすら置き去りにする何かがこのゲームにはあるっぽい。


 そんなの聞かされて知らんぷりするのがゲーマーか? 否、断じて否である。


 「大体理解した。じゃあ一番重要なことを聞かせてくれ」

 「何なりと」

 「このゲーム……難易度は? 参考程度に教えてくれ」

 「ソロプレイ、マルチプレイ共にシャドダン以上と言えば伝わるかね?」

 「よし決まりだ。やろう」


 即決した。


 ぶっちゃけそこが俺の望むものならあとはどうでもいいまである。苦難の先に掴む勝利こそ唯一価値あるものなのだから。


 ここまでハッキリと理不尽ゲーを越えると言われて飛びつかないのは、もはや俺ではない。


 直ぐにゲームチップを受け取り、俺達はどちらともなく固い握手を交した。


 「交渉成立だね。それと一つ忠告がある」

 「おい、成立した後にすんなよ」

 「まぁまぁ。……ゲームを始めた時に表示されるテキストは、飛ばさずしっかりと頭に叩き込んでおいた方がいい。

 あくまでもクリアが目的なんだ。飛ばしてしまったら詰む可能性もあるからね」

 「要するにチュートリアルか?」

 「少し違うが、まぁそんなものだね。さて、交渉も滞りなく終えたところで、私はそろそろお暇させてもらうよ。まだまだ回る場所があるし、管理者がいつまでも席を外しておく訳にもいかないからね」


 ニコリと微笑み、女性が立ち上がる。そのまま扉へ歩みを進めるが、直ぐに立ち止まって俺の方へ振り向いた。


 「これも渡しておこう」


 そう言って投げ渡された物を慌てて受け取る。手の中に収まったそれは、どこからどう見てもスマホ。


 「何か聞きたいことがあればそれで私に電話をかけてくれ。そのスマホでしか繋がらないから気をつけてくれたまえよ?」

 「スマホまでほいほいと渡すなよ……」

 「たくさんあるうちの一台だからね。あぁ、すまない、すっかり忘れていたよ」


 まだ何かあるのかよ。なんて呆れ気味にジト目を送る俺に対し、女性は不敵な笑みを浮かべる。


 「ヨハネ。私のことはそう呼ぶといい。ではな、ヒーロー」

 「あっ、ちょっと待っ――!」


 そそくさと廊下に出て行った女性ことヨハネを追い掛けて、俺も廊下に飛び出した。だが、不思議なことにもうヨハネの姿はどこにも見当たらない。


 階段が近くにあるわけでもないし、ここは2階。まさか飛び降りたってこともないだろう。


 「狐に化かされた気分だ」


 案外ホントに狐が正体かもな。金髪だったし。ってそれは安直か。


 「アノニマス・オブ・ヒーロー、ね」


 改めてゲームチップを眺めると、内から湧き出て来る何かを感じた。

 この感覚を俺は知っている。待って待って待ちまくって、楽しみにしていたゲームの発売日を迎えたあの時の感覚。


 受け取ってしまったからにはもう後戻りはできない。いや、するつもりは無い。


 ゲーマーの魂に火がついちまったからには、最後まで遊び倒さなければならないのだ。

 いいぜ、やってやるよ。あの理不尽死にゲーを越えるゲームとやらの実力、見せてみやがれってんだ。


 「あ、ゲームジャンル聞くの忘れた」


 やる気に満ち溢れてニヤつく前に、とりあえずソッコーで渡されたスマホから電話をかけました。

解説コーナー


『シャドウダンス(通称シャドダン)』

言わずと知れた超高難易度理不尽大魔王死にゲー。名だたる猛者プレイヤーを尽く地獄へ叩き落としてきた確かな実績を持つ、ある意味で最強のクソゲー。

クリアまで到達した通常プレイヤーは例外なくプロゲーマーと呼ばれ、ごく一部のソロプレイヤーは敬意を込めて変態と称えられる。つまり三春は変態である。

アクションゲームとしての完成度は非常に高いものの、前述の通りえげつない難易度調整によりゲーム自体の評価は相当低い。

なお、どれだけプレイヤーが抗議の声を上げようと、運営が難易度を緩和したことはただの1度も無い。

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