chapter21 蓋を開ければなんとやら
姉妹喧嘩……もとい、試合の開始を宣言した直後、俺は2人をほっぽって暗黒キノコの調理に没頭し始めた。
もちろん完全放置って訳じゃなく、時々様子を窺う程度に意識は向ける。ヤバくなったら止めると言った手前、最低限の役目は果たさねばならない。
(うーん……調理するとは言ったものの、このまま焚き火の中へポーンってのも味気無い。かと言って調理器具がある訳でもなし。どうするか)
「ぜあぁぁぁぁっ!!」
「おっそ。見え見えだよ姉さん」
(そこら辺に転がってる平べったい石をフライパン代わりに使うか? いや、確か火にかけると割れる危険性があるとかどっかのサバイバル番組で言ってたような……まぁ、流石にそんな細かいとこまで作り込まれてはいないと思うが)
「ぐっ……! この程度ぉ!!!」
「割と本気で殴ったのになぁ。相変わらず頑丈さだけはずば抜けてるわね。じゃあどこまで耐えられるか試してあげる!」
「おぶっ!? ぐ、が……はあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「っ!? くっ……普通その体勢から反撃する?」
「するとも! そうまでする理由が某にはあるのだから! お前を理解する為にも、簡単に倒れる訳にはいかぬのだ!」
「私を理解……? ほんっと、不愉快。それが出来てないから腹が立つのよ。いつもいつも私の道を邪魔してさ。
弱いくせに鬱陶しい。いっそこのまま本気で潰してあげようか?」
「その覚悟で来い! 今この場において甘さは邪魔になる! 本気で来るがいいロロ!」
(あ、そうだ。確かケルファが持って来た武器の中に刺突剣があったっけ)
「後悔しても……知らないから!」
「それでこそ!」
しかしまぁ熱血だこと。乗り気じゃなかったロロも、いつの間にかケルファの気迫に当てられてすっかりその気だ。
やはり人狼だからだろうか。インベントリから刺突剣を取り出しつつ、横目に2人の戦いを見てみれば、どう見ても本気の殺し合いである。あぁいや、爪や牙を使ってないから加減はしてる……のか?
だがロロが放つ拳には一切の容赦が無く、対するケルファも押されてはいるものの、一撃一撃の重さは確かに感じ取れる。
……焚き付けといてあれだけど、これ止められるか不安になってきたわ。
(まぁなるようになれだ。幸い、目論見通り拳を交えつつ心の内を吐露出来てるし)
殴って殴られて、言って言われて、まるでヤンキー同士の決闘だな。
などと暢気に思いつつ、取り出した刺突剣の刀身に暗黒キノコを刺し、そのまま火の上で炙り始めた。
程なくして香ばしい香りが漂い始め、暗黒キノコからジュワッと水が滲み出て来る。毒キノコの癖にとんでもなく美味そうだ。これで足が生えてなければ見た目は完璧である。
(ついでにグール肉も焼いとくか。自分が食う分だけ調理するってのもあれだし)
後でロロから抗議されでもしたら面倒くさいことこの上ない。なので、暗黒キノコと同じ要領で刺突剣にグール肉を巻き付けるように刺して、火のそばに立てかけた。
……何かケバブ作ってるみてーだな。食材がクソじゃなきゃ涎もんだ。
「ぬぅぅぅん!」
「そんな大振りな一撃!」
「がっ!!?」
(うわ、いったそ~)
激しい踏み込みからの右ストレート。当たったら卒倒もんだろうが、ロロはそれに合わせて見事なクロスカウンターを決めた。
これ以上ないってくらい完璧な一撃。美しさすら感じた程だ。……しかし、それで勝負が決まるとは限らない。
「ぐ、ぬ……ぬぅぅぅあ゛ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「ちょっ、はぁ!? あがっ……!」
頑丈さ故か、はたまた気合と根性か。ロロの拳が顔面に突き刺さっている状態で、ケルファは更に前進。
激しい咆哮と共にロロの拳を押し退けて、そのまま盛大な頭突きを食らわせた。
身長差を考えてもめちゃくちゃ効くやつだ。実際、真正面から食らったロロはたたらを踏みながら後退している。
別ゲーだったらクリティカルヒットの表記が出てんだろうなー。
「ぜぇ……はぁ……!」
ようやく一撃らしい一撃を決めたものの、肝心のケルファは追い打ちをかけようとしない。いや、出来ないのか。
見れば足はガクガクと震えている。さっきのカウンターがめちゃくちゃ効いてる証拠だ。
対するロロも、反撃どころか尻餅をついてどこかぼんやりとしている。さっきの頭突きで脳震盪でも起こしたか。
(そんなのまで再現? やり過ぎだろヨハネ)
NPCである2人にこの症状が出るってことは、当然プレイヤーである俺にも起き得る現象ってことだ。頭部への被弾は今後もなるべく抑えるべきかもな。ちと勉強になった。
「某はっ……某は! お前が、ただお前が心配なのだ!」
「っ……あぁもう。またそれ? いい加減にしてよね。私のことを分かったつもりで二言目には上から心配心配心配。うんざりなのよ!」
「……っ」
(お? 流れ変わったな)
お互い動けないから口での勝負……てわけでもなさそうだ。策と言うよりは、うーん……決壊? 我慢してたものが一気に噴き出したと言った方がしっくりくる。
「病弱だった私はもう居ない! 姉さんの助けなんかいらない! 人狼族の誰よりも強くなって、今ここに居るの!
長や長老も私の力を認めてくれた! 皆も認めてくれた! いつまでも過保護にしてるのは姉さんだけなのよ!」
「っ……」
ケルファは悲痛な面持ちでロロの言葉を受け止めている。いつかの母さんも、心無い俺の言葉にあんな顔をしていたのだろうか。そう思うと、無性に過去の自分を殴り飛ばしたくなった。
だが、ロロの言い分も分かる。頑張っても頑張っても、自分に一番近い存在が何一つ認めてくれない。相手がそれを良かれと思っていても、当の本人が求めていなければ単なる障害だ。虚しさすら覚えるだろう。
「今の私なら多くを実現できる! 人狼族の皆を救うことだって、姉さんを守ることだって――!」
「某、を……?」
「っ……!? あ、や……い、今のは無し! 間違えただけ!」
慌てて取り繕うような態度をするロロだったが、あんなに分かりやすい反応を見逃すのはアホである。もちろん俺は気付けた。しかし肝心のケルファは首を傾げて怪訝な様子。つまりアホ。
(その鈍さがあるからこんなにも拗れてるんだろうな)
おそらくロロは……いや、間違いなくロロは、ケルファを嫌っていない。むしろ好き寄りだ。
それを表に出さないのには色々な理由があるのかもしれないが、出さなくとも何となくは察しが付く。
そもそも本気で心の底から嫌悪しているならば、もっとえげつない態度を取ってもおかしくないのだ。俺が言うならと建前を掲げちゃいるものの、本音はきっとそうじゃない。
「とにかく! 私は私のやりたいようにやる! これ以上の口出しをするなら、いくら姉さんでも本気で潰すから! 大体何様なのよ! 何も理解しないで偉そうに! そういうところが――!」
「っ……たった1人の妹を心配して何が悪い!? そんなにもおかしいことか!!?」
「な、なによ……」
(おっと、こっちも限界か)
拳のダメージも回復してきたようで、ケルファが一歩一歩ロロへと近付いていく。本来ならば直ぐに迎撃態勢を……と言いたいところだが、先程までの比ではない気迫にロロは面食らっていた。
「お前が何をしようとしているのかは分からぬ。何を為そうとしているのかも分からぬ。
皆に認められるほど強くなったのは確かだろう。病弱だった過去を克服し、強い体を得たのも確かなのだろう。
だが、だがそれがどうした! お前がどれだけ変わろうと、ロロは某の妹である! 大切な家族なのだ! 決して失ってはならぬ存在が死地へと向かおうとしている事実を、それを心配するのがそんなにもおかしなことか!!?」
「……うるさい。うるさいうるさい! 心配なんてしてほしくない! 私は――!」
気圧されていたロロもまた、頭を振って前へと歩み出る。両者共に拳を握り締め、そして同時に駆け出した。
「ぐっ……!」
「……なんでよ。意味わかんない」
結果的に拳を叩き付けたのはロロの方だった。そっちの方が速かったわけじゃない。ケルファは振り上げた拳を、寸前になって下ろしたのだ。
真っ直ぐに迫り来るロロの一撃を腹で受け、そのまま力強く小さな体を抱き締めた。
綺麗に鳩尾へ入ったから相当効いている筈。だがそれでもケルファはロロを離そうとしなかった。
「……はは……重い、一撃だ」
「……当たり前でしょ。何度も言わせないで。私はもう弱かった頃の私じゃない」
「あぁ……そうだな。本当に、強くなった」
「っ……」
(お……?)
気のせいでなければ今、ロロの表情が柔らかくなったような?
「聞かせてくれ、ロロ。お前は、どうしたいのだ」
「……」
「血反吐を吐く思いで強くなったことまではいい。だが、某には分からぬ。何故そこまで強くなったにも関わらず、お前は生贄に前向きなのだ」
「……」
「やはり話しては、くれないか……」
だんまりを決め込むロロに、これ以上は無理かとケルファが引き下がろうとする。俺もまた、ここまでだろうと判断して止めに入ろうとしたその時、ロロが離れようとしたケルファの腕を掴んで引き止めた。
「ロロ?」
「御方……いいえ、人狼族を喰い物にしているゲス野郎のせいで、毎年意味も無く誰かが死んでる。
誰かが止めなきゃ、いつまで経っても私達は搾取され続ける。そう、誰かがやらなきゃ……いつか姉さんも、アイツに殺される日が来る」
「まさか――」
「言っておくけど私が強くなろうとした一番の理由は、闇人様に憧れたから。それは間違いないし譲れない。
でも……他にも理由はあるのよ。まぁ、どれだけ強くなっても、肝心の姉さんがそれを認めてくれなかったから私も意地になっちゃってさ」
「……その、理由とは?」
言おうか言わまいかと迷いを見せているロロが、チラリと俺の方を見てきた。
どう言えばいいのだろう。そんな言葉が伝わってきそうな面持ちのロロに、俺は不敵に笑ってみせた。
そこまで言えたなら、あとはもうなるようになれだろうよ。
「っ……あぁもう! 私はっ、姉さんの隣に立ちたかったのよ! 後ろで守られてる存在じゃなくて、一緒に脅威に立ち向かえるようになりたくて!
なのに姉さんはやれ心配だの、無茶をするなだの、他に任せろだの、そればっかり! いい加減私も腹が立って反発してたのよ! 何か文句ある!?」
「……ぇ、あ。では、今まで某に強く当たっていたのは――」
「~~っ! このニブチン! 過保護なのは百歩譲って許すとしても、もう少し実の妹を信じるくらいしなさいよね! 家族だって言うのなら尚更よ!
姉さんが初めから一緒に強くなろうと言ってくれれば、私だって変な意地張らなかったわよ!」
「……ろ、ロロぉ」
「なに泣いてっ、や、やめやめ! もうおしまい! お腹空いちゃったわっ」
まだ全てを吐き出し切ってはいないだろうが、お互い胸につかえていたものは取れた様子。落とし所としてはちょうどいいだろう。
これ以上やったら今度は別の意味で拗れそうなので、良い感じに焼けてきた暗黒キノコの串焼きを手に2人へと歩み寄る。
今にも感極まって泣きそうになっているケルファ。膨れっ面で恥ずかしそうに顔を背けるロロ。
そんな2人の間に暗黒キノコが刺さった刺突剣を割り込ませて、俺は試合終了の合図を告げた。
「そこまで。ほれ、こっちも準備できた。積もる話はまた今度にしとけよ」
「わ、わぁ美味しそうです! 流石闇人様! お料理もお手の物ですね!」
「取ってつけたような賛辞はいらんぞ」
羞恥心から逃れるために俺を利用しようとは良い度胸をしてやがる。飯抜きにしてやろうか、とそんな言葉を投げ掛ける前に腰付近に何やら衝撃。
何だと思い見てみれば、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしたケルファが抱き着いていた。
「な、ナナシ様ぁぁぁぁぁ! うあぁぁぁぁぁぁ!」
「何で俺なんだよ! そこは普通ロロに行くだろロロに! あ、こらテメェ! 服に擦り付けんなバカ!」
「なんと、なんとお礼を申じあげればよいのが……! 某は、某は嫌われてなどいなかったのです! 全て某が悪かったのです! うあぁぁぁぁぁぁんっ!!!」
「わかった! わかったからやめ……鼻水拭け!!」
「はぁ……ホントに姉さんは昔の方がずっと格好良かったのに。どうしてこう……ま、いいか」
「よくねーよ! いいから離れぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
何はともあれ、問題の一つは解消。したと思いたいなぁ。




