chapter20 不器用なすれ違い
あれからしばらく経ち、俺達はロロの言っていたグールの巣を難なく破壊することに成功した。
廃墟の中で天井に張り付きながらグールを産み落としてる母体の気色悪さを除けば特に苦戦することもなく。倒した時のポイントも15ptとショボいもんだった。
その後、血で汚れた体を清める為とロロの案内のもと辿り着いた地底湖。と言うよりデカい水溜りか。墓所の真隣に位置する其処は、どういう訳かセーフエリア扱いだった。
徒歩で直ぐの場所にあったし、マジで小一時間かけて人狼族の住処に行った時の労力よ……。
まぁ、NPCのケルファにセーフエリアが何処かなんて分かるはずないもんな。責めるのは筋違いだ。
水質に問題もなさそうだったので、盛大に水へ飛び込んで血を洗い流した。ついでに乾き値を回復させる為に水も飲んだ。
ロロとケルファもそれに続いたが、相変わらず2人の間には微妙な空気が漂っている。
NPC相手に気を遣うって妙な気分だが、リアル過ぎるアノマスがそうさせてしまう。何となく聞きづらくて特に深く知ろうとはしなかった。
そうして淡々と汚れを流し終え、濡れた体を乾かす為にと慣れた手つきでケルファが火を起こしてくれた。
3人揃って火を囲む……が、相変わらず微妙な空気は健在である。
どうにも居心地の悪さを払拭できず視線を彷徨わせていると、ふと空腹ゲージがそろそろ無くなりそうなことに気付いた。
「腹減ったな」
「でしたら! 私が食料を取ってきますね!」
何となしに呟いた言葉に即座に反応したのはロロだ。
暗黒キノコという名の食料はインベントリに入ってるから、わざわざ集めて来てもらう必要は無いのだが……これはケルファに話を聞くチャンスかもしれない。
「んー、じゃあ頼むわ。出来るだけじっくり厳選して持ってきてくれ」
「……? はい、分かりました。では、少々お待ちを!」
妙な言い回しに少し訝しんではいたようだが、ロロは言われた通りに脱兎の如く去ってしまった。あいつもズブ濡れだろうに……まぁ、走ってれば乾くか。
「さて、ようやく2人になれたなケルファ」
「そう、ですな? ……ハッ!」
何を勘違いしてるのか両手で自分の体を抱き締めて後退りするケルファに、思わずズッコケそうになった。
せめてそういう姿は普通の人にやってほしかったよ。人狼がそれやって反応する奴はほんの一握りだっての。
「俺にそんな趣味は無い」
「そ、そうですか。いやしかし、ナナシ様が求められるならば某も吝かではない故。あっ、もちろん一度本気の試合をして某が敗北すればの話ですが! であれば好きなだけ――」
「同じことを二度も言わせんな発情狼」
「発情狼……」ズーン
本当に浮き沈みの激しい奴だ。そもそもの話、他の種族との恋愛なんて成立するもんなのかね。人間✕人狼で、産まれるのは獣人とか? ハーフ設定の時に試してみればよかった。
ま、どっちにしろ俺はお断りである。盛るなら獣萌えの特殊性癖持ちにお願いしてくれ。
「で、真面目な話ロロとの間に何があった?」
「っ……や、やはり気になりますか」
「当たり前だろ。てっきり俺は姉妹仲は良好だと思ってたのに、いざ蓋を開けてみればこの有り様だ。気にするなってのが無理だっつの」
「……どこから、話したものか」
「ロロが戻ってくるまでだからな。出来るだけ簡潔に、且つ分かりやすい説明を求む。嘘や誤魔化しは余計な混乱を招くだけだから吐くな。理解したか?」
「し、承知」
これだけ釘を差しておけば虚言を吐くこともないだろう。まぁ、ケルファに限ってそれは無いと思いたいが、保険は大事である。
しばらく考えた後、意を決したようにケルファが顔を上げる。姿勢を正すその姿に、俺もまた真っ直ぐに受け止める形で視線を送った。
「数年前までのロロは、戦いとは無縁の病弱な存在でした。それこそ人狼族に産まれてしまってはいけないと言われる程、か弱かった」
「いきなり信じられない話が飛び出してきたな。あれだけの戦いぶり且つ毒キノコを生で食べても問題無いんだろ?」
「然り。疑われる気持ちも理解できます。
某とて今でも信じられないくらいなのです。よく笑い、よく遊び、そしてよく体調を崩す子だった。
しかし、ある時を境にロロは戦いに興味を抱き始めたのです。人狼故に必然と言われればそれまでではありますが、それにしてはまるで何かに取り憑かれたように闘争を求め、己を鍛えることに躍起になっていった。
無論、病弱の身でそんなことをすれば倒れるもの。何度もそんなことを繰り返し、某はその度に付きっきりで看病しておりました」
取り憑かれたように、か。ゲームとして考えたら、理由は文字通り何かに取り憑かれているか、或いはロロの生き方を大きく変えてしまう何かが起きたのかと考えるのが自然だが。
どっちにしても病弱の身を克服できる理由とは思えない。いやこれゲームだからって言われてしまえばそれまでだけども……。
「こんな無茶はもうしないでほしいと何度も言い含めて来たのですが、ロロは一向に聞き入れようとせず。それどころか気付けば某を避けるようになり、今では言葉を交わすこともほとんど無くなってしまいました」
「ケルファが何か余計なこと言っちゃったんじゃねーの?」
「そんなことは! ……無いと、思います。某はただ、急速に変わっていくロロが心配で」
「……ふーん」
話せば話すほど落ち込んでいくケルファには悪いと思いつつ、何となく原因が分かってきた。
仮にそれが当たっているとしたら、なんてことはない。リアルでもよくあることだ。まぁ、それだという確証はどこにも無いが、今の話を聞いてるとどうしてもそこに行き着いてしまう。
しかしそれをここで指摘するべきなのか。下手に干渉したらしたで悪化しましたでは笑い話にもならない。家庭事情に第三者が首突っ込むんじゃねぇ! 的な。
「ま、大体原因は分かった。たぶんな」
「っ!? ほ、本当ですか!? 一体何が原因だと!?」
「教えてやりたいのは山々だが、おそらくそれじゃ何も変わらねーよ。肝心のロロがケルファに歩み寄らなきゃな」
「そんな! お願いします! 教えてくださいナナシ様!」
「ダメ。言ったろ、変わらねーって。意固地になって突き進んでるロロもロロだが、お前にも非があったからこそこうなってるって自覚しろ。
そこに自力で辿り着けないようじゃ、俺がどれだけアドバイスしても根本的な解決にはならねーよ」
「某にも、問題が……?」
シンプルな話、年頃の子供は必要以上に構われたり過保護にされると鬱陶しく感じるものである。たぶんロロもちょうどその時期だと思うんだよ。
俺も経験あるから何となく分かるんだよなぁ。あの頃は母さんにも姉貴にも悪いことしたわ。
もちろん他にも要因はあるかもしれないが、はてさてどうしたものか。
「参考までに聞くが、お前普段からロロにどういう接し方をしてるんだ?」
「どう、と申されましても。相変わらず戦いに赴こうとするのを心配するのが常ですが」
「戦い以外では? 日常を過ごしてる時とか」
「同じく、考えを改めるようにと言い含めております。あまり戦いに身を置くな、と。最近では生贄について強く説得することも多いですな」
「……はぁ」
「何故ため息!?」
あぁ、これはもう確信だな。7:3くらいでケルファが悪い。
きっかけが何だったにしろ、ロロは自分の意志で戦いに興味を持ち、自分の意志でその道を歩もうとしている。実際その成果はあったらしく、今では俺でも引く程の戦闘大好きっ子みたいになってるしな。
過程や結果はどうあれ自分が選んだ道。……にも関わらず、いくら家族だからって横からあれこれ口出しをされれば、そりゃあ誰だってそいつを苦手に思うものである。
俺だって真剣にゲームをやり込んでる時に邪魔が入れば怒るだろう。それが小春ともなれば容赦の無いアイアンクローを食らわせる自信がある。
「お前ら、元々は仲良かったのか?」
「そ、某の勘違いでなければ、昔は仲睦まじく過ごしておりました」
最初から嫌われていた訳ではない、と。はい王手。やっぱりケルファの行き過ぎた心配が原因でロロの心が離れた線が濃厚っぽいな。
つーか何で俺がここまで頭を悩ませねばならんのだ。いやまぁNPCとの絆を深める為には、こういうデリケートな部分も聞き出していかなきゃならない訳だけども……それにしたってなぁ。
「……あぁ、そうか。そういう意味でも高難易度なのか」
「ナナシ様?」
別に難しいのは戦闘だ、なんてヨハネも言っていなかったし。やっぱ依頼引き受けたの早まったかもしれん。今更言っても後の祭りだが。
うーん……しかしどうしたもんか。別にケルファ達はこのままでもいいっちゃいいんだけども、それだとちょいちょい生まれる気まずい空気に押し潰されそうになるんだよなぁ。
何が悲しくてギスってる姉妹に挟まれながらゲームをせにゃいけないのか。ケルファが謝ってハイ解決ってのも、ロロからの嫌われ具合を見たら望み薄なのは誰が見ても明らかだ。
何かきっかけでもあれば……そう、きっかけ……姉妹……人狼……強さ……ははーん?
「お待たせしました闇人様! 食料を調達して来ました!」
人知れずニヤリと笑っていると、去って行った時と同様に慌ただしくロロが帰ってきた。その両腕いっぱいに暗黒キノコとグールの肉(内蔵付き)を抱えて。
「何でグール肉まで持ってきたし」
「やだなぁ闇人様ったら。グール肉はお腹も膨れるし栄養価も高いんですよ? 長老がかつての闇人様からそう聞かされたと言っていたので間違いありません!
それに闇人様は好き嫌いもなく何でもたらふく食べていたとも聞いています! 毒キノコでも毒水でも生肉腐肉骨さえも! それに習って私も見境なくたくさん食べて強い体を得ました! やはり闇人様の教えは偉大なのです! ふんす!」
(いや病弱克服したの俺のせいかよ!)
たぶんあれだ。積極的に毒物やら腐肉やらを摂取し続けたことにより、ロロの体内で抗体やら何やらが超頑張って、結果的にそういう物に対する耐性が付いちまったとか、きっとそんなオチだ。
別ゲーにあった鑑定スキルで今のロロを覗けば、きっと毒物耐性はカンストしているに違いない。
つーか今現在俺が操作してるこのキャラが、かつてそんな食生活を送っていたことが衝撃だわ。そんなことをしてたから状態異常耐性があるのか? ……何かしょーもねぇな。
「あ、姉さんは自分で自分の分を取ってきてくれる? これは私と闇人様の分だから」
「む……分かった」
「いやそこで受け入れるなよ。ロロもそんなくだらねーイジワルすんな。ケルファに分けないってんなら俺の蓄えを出すからな」
正確には人狼の住処でロロが持ってきた山盛り暗黒キノコだけど。まぁ今はインベントリにぶち込んでるのだから、俺の物ってことに間違いはない。
「や、闇人様の物をなんて畏れ多いです! ……分かりました。姉さんにも分けます」
「よろしい」
本当に渋々といった感じで持っていた食料を置いていくロロ。生足の生えた暗黒キノコも大概キモいのに、ちぎりたてホヤホヤのグール肉まで食卓に並ぶ光景なんて見たくなかったな。
「先に言っとくが俺はグール肉は食わんぞ」
「えぇ!? で、ですが闇人様はかつて食していたと」
「過去の俺はそうだったんだろうが今は違う。それ食うくらいならケルファが作った暗黒キノコの丸焼きの方が万倍マシってもんだ」
「ね、姉さんの方がマシ……?」ガーン
低確率で毒になることを除けば、いっちょ前に美味かったしな。
仮にアノマスが他ゲーと同じく項目を選択してアイテムを使用するシステムなら、くだらない躊躇は無かったかもしれない。しかし、このゲームでは食料を直接口に運び、尚且つ咀嚼して飲み込むまでが完全再現されている。ご丁寧に規制されてる味覚まであるのだ。
想像してみてほしい。食事がリアルそのものなゲームで、いくら調理をしたからと言ってグールの肉を……腐肉を自らの口に運ぶその恐怖と嫌悪感を。
この体なら大丈夫かもしれない。だけどこれは、気持ちの問題である。キモいのである。敢えて言おう、ゲテモノであると。
『 グール肉 』
"摂取すると空腹度を50回復。体力を30失う。生及び調理後でも100%毒状態となる。食料には不向きである為、摂取は最終手段であることが望ましい"
そしてゲーム側の説明ももれなく容赦の無いものであったとさ。うん、知ってた。
「んー、グール肉はロロが食うとして……ちょうどいいから調理の練習でもしとくか。この先も食事は不可欠になるだろうし、慣れておくに越したことはない」
「ナナシ様、調理でしたら某が」
「それじゃ意味が無いだろ。心配しなくともケルファとロロには仕事を与える」
「仕事?」
「ですか?」
「お前等、今から戦え」
「「……はい?」」
突拍子も無い指示に2人がポカンと呆ける。当然の反応ではあるが、このままギスギスプレイを強要されるこっちの身にもなってほしいので取り合わない。
本来であればちゃんとした話し合いの場を設けて、お互いの胸の内を吐露させるのが順序としては正しいのだろう。
しかしこいつ等は人狼だ。聞く限りでは力こそ正義な種族なのだから、話し合いはむしろ悪手。ならば?
「避けて避けられて、そんなんじゃいつまで経っても何も変わりゃしないもんだ。時には正面からバチバチにぶつかって、物理で訴えかけるのも一つの手段。特にお前ら人狼はそっちのが遥かに分かりやすい」
「……ナナシ様、そうすれば先程話していたことの解決に繋がる、と?」
「確証は無ぇ。やるかやらないかの最終的な判断は任せる。が、よく言うだろ? やらない後悔よりやる後悔だ」
「えっと、どういうことですか? 闇人様」
「お互い溜め込み過ぎってことだ。ほれ、分かったら立った立った」
幸いにもここはセーフエリア。やり合いの最中に敵が乱入してくる心配も無い。思う存分暴れて、言いたいこと全部言ってスッキリしてもらう。他ならぬ俺の為に。
ケルファは鼻息荒くやる気十分に立ち上がり、ロロは渋々ではあるものの、他ならぬ俺の言葉だからとその後に続く。
両者が向かい合う。戦いからロロを遠ざけたいケルファが、そのロロと拳を交えんとしている光景は矛盾しているのかもしれないが、それ以上に答えを見つけたいのだろう。
「言っとくが変に手抜くなよ。力も、腹の中に溜まってるもんも、持ち得る全てをぶち撒けていけ。ヤバくなったら止めてやる」
「承知」
「……まぁ、ちょうどいい機会かな。これで姉さんを叩き潰せば、鬱陶しい言動も無くなるかもだし」
理由は歪であるものの、ロロもやる気になってくれた。深く腰を落として構えるケルファに対し、ロロは余裕の表情で両手をだらりと垂らしているのみ。
明らかにケルファを格下扱い。まぁ、グールとの戦いを見る限りじゃ、実際にケルファの方が実力的には劣っているし、そうしたい気持ちも分かるっちゃ分かる。
……だが、そういう奴ほど足元を掬われる。実際俺は別ゲーで相手を下に見てしまい、結果として痛い目を見たことがある。だから分かるんだ。
本当に屈辱的な気分だった。しかし同時に自分の愚かさも理解した。認識が甘かったのだと。
あの時、ゲームを始めて僅か1ヵ月の小春にしてやられた日のことは、この先ずっと忘れることは無いだろう。
「ナナシ様、合図をお願いします」
「はいよ」
それくらいならばと立ち上がり、片手を上げる。両者の準備が万全なのを改めて確認して、俺は手を下げ声を張り上げた。
「始め!」




