chapter02 不審者来訪
翌日。母親から文字通り叩き起こされる形で朝を迎えた俺こと鷹島 三春は、あくびを噛み殺すこともしないままダラダラと通学路を歩いていた。
ちょっとだけゲームショップに寄ろうかなという悪魔の囁きを跳ね除けて、今日も今日とて学校へ。道中、特にテンプレ通りな出来事も起こる事なく学校の教室に辿り着くと、俺を盛大に出迎えてくる奴が1人。
「み~は~る~!」
「はよー。朝からテンション高ぇな小春」
周りの目なんて知ったことかと言わんばかりに俺の腹に顔を埋めてきたアホほど長髪のチビっ子。名前は織音 小春。所謂幼馴染ってやつで俺と同じくゲーマーである。
本日も相変わらずの低身長っぷりで何より。毎度の事ながらホントに高校生かよって疑いたくなるわ。
「今日も仲良いね~春春コンビは。微笑ましいぜ、付き合っちまえよ」
「うっせ。もぐぞ山田」
「怖っ! 何を!?」
いつも見ている光景だろうに茶化してきたクラスメイトの山田をビビらせつつ、いつまでも引っ付いてる小春を力ずくで引き剥がす。
「離れろ暑苦しい」
「うぶぶ、やはり三春に力では敵わんか!」
「体格差考えろよ。こっちは寝不足で構ってやる余裕なんて無いんだ、とっとと離れろ」
「あっ! 寝不足ってやっぱりあれだよね!? シャドダン!」
「そんなとこだ」
ようやく離れた小春を尻目に、そそくさと自分の席に着いたが、悲しいことに小春は俺の前の席。どの道逃げられる筈もなく、椅子の背もたれを抱き込む形で対面に座られた。
「何時までやってたの?」
「4時。寝たのはもうちょい遅いな」
「うは~。うちじゃ絶対起きれないや。それで旦那、成果の程は……?」
「スマホで調べてみろよ。それで分かるだろ」
「確かに!」
一言伝えれば終わるのに、眠過ぎてそれすらも億劫だ。シャドウダンスの討伐記録くらいスマホ一つで調べられる時代なのだから自分でやれと小春に投げ、俺はささやかな仮眠でも……と、顔を伏せた瞬間に小春の大声が木霊した。
「えぇーーーー!!!? 凄い! 凄いよ三春! ホントにソロ討伐しちゃったの!? あのバグボス!」
「何だよバグボスって……」
「見たい! 録画してないの録画!? どうやって勝ったのー!?」
「してねーよ。別にゲーム実況で稼ごうなんて気もねーし。勝った証が残ってるだけで十分だろうが」
「もったいないよ! 世界初だよ世界初! せーかーいーはーつ!」
「あーもう! うるせーな!」
「へぷぅ!?」
子犬の如くキャンキャン吠える小春の頬を掴み上げて黙らせた。
まったく、別に自分の事でもなし何がそんなに嬉しいんだか。俺だったら先越されたって数日は寝込むぞ。
「なになに? どしたの春春コンビ?」
「おー清鷹、はよー。いやいつも通りコイツが騒いでるだけだよ」
騒ぎを聞きつけたクラスメイトの1人、涼瀬 清鷹が徐に近付いてきた。
顔面偏差値高めの金髪野郎。しかし中身はめちゃくちゃ良い奴。中学からの付き合いで、コイツも同じくゲーマーだ。
これで本日も二春ニ鷹が揃ったわけだ。同じ漢字が使われてるってだけで、いつからかそんなグループになっちまった。まぁ悪い気はしない。
「ひぃへよひよはは! ひはふはへのほうほほほうはふひはんはっへ!」
「ん~、悪い、流石の俺でも解読不可だわ。ミニハルなんて言ってんの?」
「俺に聞くなよ。だっ!? テメェ舐めんなよ汚ぇな!」
力では敵わんと理解した小春が、俺の手を舐め上げる暴挙に出やがった。これにはたまらず手を離してしまう。
くそったれ。文字通り汚ぇ手段に出やがって。
「成長してるなミニハル。ほい、ハンカチ」
「サンキュー。ってどこが成長だよ。幼児が取る手段だろ」
「うにに……ねぇこれ顔の形変わってない?」
「そこまで馬鹿力じゃねーよ。粘土かテメェの頭は」
「はははっ。それで、さっきは何を言おうとしてたんだ?」
「それ! 実はね実はね! 何とうちの三春が影の王をソロ討伐したのであーる!」
「へ~、流石だなハル」
「反応うすっ! ソロ討伐だよ!? 世界初だよ!? もっと何かあるでしょ清鷹!?」
清鷹の反応が薄いのは予想できてたことだ。過剰なリアクションを取らないところがコイツの良い点であり悪い点でもある。
「そう言われてもなー。むしろハルなら討伐も時間の問題だって思ってたし。俺は最初から確信してたぜ」
「聞き捨てならな! 三春のこと一番分かってるのはうちだかんね! 譲んないから!」
「はいはい取らない取らない」
「もちろんうちだって確信してたし! だって三春だからね! なんたって三春だから!」
「だからうるせぇ!」
「へぷぅ!?」
ちょっとリードを離しただけでキャンキャンキャンキャンと! 今度は両手を使って両頬を拘束だ! これなら姑息な手段も使えまい!
「でもどうやって倒したのか気にはなるな。俺も何度かソロで挑戦したけど、30分粘れば上出来って感じだった。
正直、他のプレイヤーがクソボスって言いたくなる気持ちも分かる」
「マルチでもクソって言われてるくらいだからな。よっぽどだ」
「それで? ハル詳しく」
「別に特別なことは何もしてねーよ。アイテムを惜しげもなく使いまくって真正面から勝った。
おかげで資金やら何やらもスッカラカンだけどな。ほれ、これが討伐の証」
小春を解放し、一応って意味も込めてスマホでシャドダンのランキング表を清鷹に見せた。
「ソロで真正面からってのがそもそも神――って5時間? 相変わらずよくこんな長時間も集中力持つな、ハル」
「自慢じゃねーが脳の回路焼き切れるかと思ったぜ」
「ホントに自慢にならないって。でもまぁ、おめでとう。流石は俺達のハルだ」
「ねー? 鼻が高いようちは!」
「へーへー。光栄ですよお二方」
褒められて悪い気はしない。いや、これだけの偉業を成し遂げたのだから少しくらい持ち上げられてもいいだろう。あとでジュースでも奢ってもらおうかな。
「で、最終目標を倒した今、シャドダンは卒業か? 他ゲーやるとか?」
「それなぁ……実を言うと清鷹の言う通り、影の王を倒したら他のゲームに移ろうと思ってたんだが、ちょっとした懸念があってな」
「懸念?」
「知っての通りシャドダンは世界でもトップレベルの超高難易度ゲームだ。そんなゲームに裏ボス含む全ボスをソロ討伐するまでどっぷり浸かってた俺が、今更他ゲーに移ってみろよ。
あまりのヌルゲー具合にソッコーで飽きちまいそうだ」
シャドダンは俺にとって確かに神ゲーだった。これまで味わったことのない理不尽過ぎる戦闘バランスに鬼畜仕様の数々。
プレイヤーをトコトン不利にさせたがるドS運営に怒りを覚えたことも多々あるが、そんな緊迫感溢れる戦闘はシャドダン以外ではまず体験できないだろう。
ぶっちゃけ卒業ってのは時期尚早かなとも思ってる。今後追加コンテンツが配信される可能性もあるからな。……まぁ、既に半年近く運営から何の発表も無いけど。それでも、もしかしたらっていう思いが俺を踏み止まらせていた。
「それならさ! うちがやってるグロリアス・オンラインやらない!?」
「グロランか。いいんじゃないかハル」
グロリアス・オンライン。通称グロラン。
確か最近になって発売された有名タイトルだ。内容的にはロボを操作して異星人、プレイヤーと戦うPvPvE型だったかな。
SNSでも話題になってて、タイムラインにもちょくちょく流れてきてたから何となく覚えてる。……が。
「悪いパス」
「えぇ~! なんでさー!」
「だってあれガチもん過ぎる操縦席に座って戦うやつだろ? 俺そういうのじゃなくて直接自分の体を動かすタイプのゲームにしか興味無いんだわ」
「三春男の子でしょ! ロボとか興味惹かれるもんでしょ!」
「野郎が全員ロボ好きだと思うなよ」
「むー!」
まぁ嫌いってわけでもないけどな。でも普段遊ぶゲームと勝手が違い過ぎるのが問題だ。変にグロランに慣れちまうと、いざ別ゲーをやった時に勘を取り戻すのが大変そうだし。
「じゃあやっぱり、まだしばらくはシャドダン?」
「だなー。せっかくだし無限塔で影の王がドロップした武器使ってみるわ」
「おーいホームルームすんぞ~。席付け~」
未だに小春は唸ったままだが、タイミング良く担任が入ってきたことで話は有耶無耶になった。
一度言い出したらなかなかしつこいから、たぶん今日一日は勧誘されまくるだろうな。しゃーない、俺がジュース奢って黙らせよう。
そんなことを考えつつ、担任にバレないように俺は仮眠タイムへと突入していくのだった。
その日の放課後。特に問題も無く一日を終えて、さぁ帰ろうというところで何やら廊下が騒がしい事に気付いた。
「なんだ?」
「さぁ? なんか人だかり出来てるけど……」
「ふっ、ついに皆うちの魅力に気づいて見学に来たってとこかな」
「「それは無い」」
「ひどい!」
小春は黙ってれば、ちんまい小動物感で一部の紳士達に人気出そうなんだけどな。如何せん躾のなってないワンコロみたいにうるせーから、いつまで経っても子供っぽい。
なんて、同じガキの俺が言っても説得力皆無だが。
「それよか早く帰ろうぜ。あ、ついでに飯食って帰んなきゃだ」
「三春ママ今日は夜勤?」
「ああ。早めに出勤するから飯は済ませて帰れとさ」
女手一つで俺と姉貴を育て上げてくれた母親には頭が上がらない。いつかちゃんとした形で恩返ししないとと考えている。
てなると、いつまでもゲームにうつつを抜かしてる訳にもいかないし……悩みどころだ。
「ほほーう? ならば今夜は三春1人って訳だね。泊まっていい?」
「いや姉貴居るし」
「そうだ琴姉の存在忘れてた……お邪魔虫め!」
「それ聞いたら泣くぞ姉貴」
鷹島 琴葉。今年で大学2年になる俺の姉貴だ。別に詳しく語る必要も無いのでこれ以上は何も言わない。ただの姉、それ以上でも以下でもないのだから。
「ミニハルの空回りはいつ見ても最高だな。で、飯はどこで食う?」
「好きで空回ってるわけじゃないよ!」
「駅前に新しいラーメン屋できたじゃん? 気になってたからそこ行こうぜ」
「りょー」
「聞いてよ! もー!」
プンスカ怒る小春を適当にあしらいつつ、目的地も決まったところで俺達は廊下に出た。
謎の人だかりを押しのけて進もうと足を踏み出し、ようやく抜けれそうって時にそれは起きた。
不意に、グイッと袖を引っ張られる感覚。
「あん?」
反射的に振り向くと、そこには金色が居た。
いや、もっと正確に言うなら、金髪ロングでどこまでも赤い瞳を宿した美女がそこに居た。
この学校の生徒ではない。タイトスーツの上から白衣といった妙な出で立ちの女性の手は、間違いなく俺の袖を捕まえている。
女性に注がれる視線の嵐に、この人だかりの原因を即座に理解。皆この人に注目していたのか。……で、誰?
「鷹島 三春くん、だね?」
「……人違いです」
何故だろう。理由は分からないが嫌な予感をビンビンに感じた為、咄嗟に嘘を吐いてしまった。ゲームの中ならまだしも、リアルでの厄介事は御免被りたい。
「おかしいね。ではこれは、誰の生徒手帳だろうか」
(は!?)
そう言ってこれ見よがしに女性が胸ポケットから取り出したのは、生徒手帳。開かれた中には俺の写真が。
って何で持ってんだ!? 鞄の奥深くに眠らせていた筈なのに……まさか盗んだ!? いやそれはそれで何のために? 生徒手帳なんて盗んでも仕方なくない?
「ち、ちょっと三春、知り合い……? 誰この美人さん。モデルかな」
「意外と隅におけないな、ハルも」
「ばっか知らねーよ。初対面だ初対面」
「すまないね。チビっ子とヤンキー君。少しだけ彼を借りるよ」
「ち、チビっ子……!?」ガーン
「ヤンキー……!?」ガーン
嗚呼、言葉の刃が2人の心を抉ったのがハッキリ見えてしまった。でも言われたこと自体は事実なんだからそんな蹲る必要も無いだろうに。つーか、当たり前のように俺を連れ去ろうとするこの女性は、結局何者なんだよ。
俺を引っ張ってどこぞに行こうとしてるが、当然、訳もわからないのにホイホイついて行くほどアホの子ではないつもりだ。
「待てよ。あんた誰だ。俺に何の用がある」
おそらく相手は年上。目上の者には敬意を払うものだろう。しかし、現状コイツは不審者だ。
年上だろうが何だろうがそんな事は関係ない。怪しいならトコトン疑ってかかるのが俺である。その疑り深さでどんな鬼畜ゲームも制覇してきたのだ。
「極秘事項だ。少なくとも第三者には聞かせられない」
「それを聞かされてはいそうですか、なんて俺が言うと思うか? 生憎と知らない人にはついて行くなってガキの頃から教育されてるもんでね」
「そうか。確かに事を急いてしまったね。自己紹介はまた後でするとして、私は別に怪しいものではない。これが証拠だよ」
そう言って女性が掲示したのは、来客用のプレート。正式な手続きを経て校内に居るってことらしいが……何故だ、それでも嫌な予感が拭えない。
「校長先生にも許可は得ている。別に取って食おうという訳じゃないんだ。少しばかり……そう、話をしたくてね」
「何故俺と? 若い男目当てならそこら中に吐いて捨てるほど居るだろ」
「用心深いね。だが好印象だ、そうでなくては。少なくとも君でなくてはならない理由がこちらにはある。
騙されたと思ってついてきてくれたまえ」
「俺にメリットが無い」
「私との会話がメリットになるかデメリットになるか、それも話せば分かるよ。さぁ、こっちだ」
話は終わってないってのに、無理やり連れて行こうとしやがる。もちろん抵抗してやろうと力を込めた。しかし。
「はっ? ちょ、なっ……!?」
「急ぎたまえ。時間が惜しい」
確かに俺は特別体を鍛えたりだとか、体力づくりをしているわけではない。だけど、れっきとした男だ。それなりに力もある。
なのに、服の袖を掴む細腕に一切抵抗できなかった。どれだけ力を込めても、問答無用で体を引っ張られてしまう。
両足を踏ん張らせても意味が無い。振り解こうとしてもビクともしない。相手は人差し指と親指しか使っていないのに、どんな馬鹿力してんだ!?
「既に空き教室を手配している。なに、時間は取らせないさ。2人きりで話そう。とても魅力的な話をね」
「そんなのに興味ねーっつの! ってか離せ通報すんぞ!」
「したければしたまえ。無駄だがね」
「言ったなこの野郎――は!? 圏外!?」
フリーな片手でスマホを取り出し、画面を見て驚愕した。電波障害? こんなタイミングで? ふざけんなよクソったれ!
「言っただろう、無駄だと」
「クッソ……! 離せ! はーなーせーっつのぉぉぉぉぉ!!!」
最後の最後まで抗おうとしたが、結局そんな努力も報われず、為す術なく俺は空き教室へと押し込まれてしまった。
解説コーナー
『鷹島 三春』
本作品の主人公。根っからのゲーマーであり、高難易度ゲームをこよなく愛する変わり者。
ヌルゲー死すべしと公言する程度には筋金入りである。その拘りぶりは「アイツ実はドMなんじゃね……?」というあらぬ誤解を生むほど。
『織音 小春』
本作品のヒロイン……に、なれるかなぁという存在。
主に三春の影響で同じくゲームの世界にどっぷり浸かってしまった悲しき小動物。
自ら三春ガチ勢と認める程度にはご執心。他の女の影が見えると凄まじい嫉妬心を抱くが、見た目がガ――ミニサイズなのでまったく怖くない。
『涼瀬 清鷹』
三春及び小春の良き友人。見た目も中身も無自覚イケメン。しかし恋愛は苦手。
例に漏れずゲーマーであり、その実力は三春も認めるほど。地毛にコンプレックスがあり、いつも染めているが、そのせいでヤンキーに間違われることもしばしば。




