chapter19 憧れの人
私が初めてその話を聞いたのは、同じ人狼族の2人組の会話をたまたま聞いてしまった時だ。
戦いよりも遊びたい欲が勝っていた当時の私を変えるきっかけになった、本当に偶然の出来事。
それはまさに英雄譚だった。影人、闇人と呼ばれていた人物が歩んできた、壮絶な戦いの記憶。100年以上も前の話なのだから、話を盛っている部分も多々あるだろうことは幼いながらも理解できていた。
だけど、それでも私はその話に夢中になっていた。どんなに追い詰められた状況でも決して退かず、幾度となく人狼族を勝利へと導いてきた伝説の指導者であり最強の戦人の物語。
惹かれない訳がなかった。それは人狼としての本能か、話を聞き続けているうちに胸の内から湧き上がる興奮と衝動。それらが私を熱い程に焦がしたのを今でもよく覚えてる。
単なる作り話だ。そう切り捨ててしまおうという考えすら浮かばないまま、私はその足で真っ直ぐに長老の元へと向かっていた。
真実を聞きたかった。与太話なのか、はたまた本当にあった出来事なのか。知りたくて知りたくて仕方がなかった。
長老の答えは……否定だった。そんな事実は無いと言われ、私は酷く落胆した。
だけど、落ち込む私に長老はこう続けた。
「ほっほっ。影人様がその程度の器なものかね。お主が聞いた話より、もっと、ずっと、とんでもない御方じゃよ」
その言葉にどうしようもないくらい興奮した。聞いた話だけでも物凄い存在なのに、更にその上を行くと他でもない長老が断言した。そんなの、喜ぶなと言う方が無理な話だ。
その日以来、私は取り憑かれたように戦いに身を投じた。同じ人狼相手や墓所を彷徨くバケモノ達と幾度も戦った。
戦って戦って、戦い続けて。やがて最年少で人狼族最強格にまで登り詰めた。
私は強くなった。強くなり過ぎてしまった。
同じ人狼族の中では他に敵無しと断言できる程に。もしかしたら、あの物語に出てくる闇人様すら越える日も近いんじゃないかって。
だけどそんな妄想は、今日この日、打ち砕かれた。
戦いで傷付き、深い眠りについたとされる伝説の闇人様が突然私達の前に姿を現した。
長老曰く、全盛期に比べれば遥かに弱くなってるという話だったけど……私は今その言葉を疑っている。
自惚れだ。闇人様を越えるなんて、それこそ夢物語じゃないか。だって、だって今、絶対に倒せないとされていたグールイーター相手に、あの方はたった1人で挑み、そして圧倒している。
奴の突進攻撃だって決して遅くはないし、何なら私じゃ全てを避けきるのはまず無理な速度なのに、闇人様は常に余裕のある動きで避け、攻撃すらも加えていた。
これで弱くなった方なんて何の冗談だろう。
激しい戦いの末にグールイーターと共に何処かへ行ってしまったけど、あのお方ならきっと大丈夫。そんな確信に似た何かを感じながら、私は任された仕事に専念することにした。
「チマチマと鬱陶しい! まとめてかかって来い雑魚共が!」
「ロロ! あまり突出するな! いくらグールが相手とはいえ油断すれば――」
「姉さんが私の戦い方に口出ししないで!」
「なっ……」
本当に耳障りだ。いつもいつも、毎日毎日、ロロ、ロロと鬱陶しい。私は望んでいないのに余計なことばかりして。
止めようとしてくる姉さんの手を振り払い、私はその顔を恨みがましく睨みつけた。
「私はもう子供じゃない。姉さんよりもずっと強い。いつまでもそうやって保護対象扱いしないで。鬱陶しいのよ」
「ろ、ロロ……某はただ」
「良かれと思って? とんだ勘違いだわ。そういうのをありがた迷惑って言うのよ。
私の道を、他人の姉さんが勝手に決めないで。血が繋がってようが関係ない。私は私が決めた道を行く」
話は終わりだと、背後に迫っていたグールを殴りつけて吹き飛ばした。姉さんからの返答は無い。あったとしても聞く気なんて無い。
本当に……ああ、本当に、私は今の姉さんが大嫌いだ。
「おーい、おまた~」
わらわらと絶えず現れるグールを蹴散らし続けることしばらく。不意に私の耳が声を捉えた。
聞き間違える筈がない。このお声はまさしく!
「闇人様! ご無事で!」
「だー! 引っ付くな! 血で汚れるだろ! ……って俺も血まみれだったわ」
ひょっこりと現れた闇人様に勢いよく抱き着いた。言葉では嫌がってても、決して私を突き放そうとはしない。
その事実に思わず尻尾を振ってしまいそうになったけど、すぐにグールイーターの存在を思い出して警戒した。
「闇人様お怪我は!? それにグールイーターは何処に!」
「してねーよ。この血もほとんどグールのだし。肉団子のことなら心配すんな。きっちりぶっ倒した」
えっ……今、なんて……? グールイーターを倒し、た……?
「……す、凄い凄い! 凄いです! 本当にあのグールイーターを倒してしまうなんて! 人狼族がどれだけ束になってかかっても倒せなかった相手なのに! やっぱり闇人様は凄いです!」
「凄い、ねぇ。ぶっちゃけ拍子抜けだったけどな。今まで戦ってきた奴等の中でも、下から数えた方が早いくらいには弱かったぞアイツ」
弱い。あのグールイーターを弱いと言い切った。私でさえも負ける可能性の方が高いのに、闇人様は一切の澱み無く言い切ってみせた。
嫌でも見つめてしまう。私は今、生ける伝説と同じ場所に立っているんだ。ああ、なんて光栄なのだろう。
「しっかし全然減ってねーな。もう倒したところでポイントも入らねーし、戦うだけ損な気もするが……」
「おそらく近くにグールの巣があると思われます。そこを潰さない限り終わることはないかと」
「巣ぅ!? え、何こいつ等腐ってるくせに繁殖すんの? うげぇ」
「繁殖期になると母体となるグールが次々に産み落とすんですよ。放っておくと墓所がグールで溢れ返ってしまうので、定期的に人狼族で始末しているのですが……今年は例年より多いみたいです」
「シャドダンとはだいぶ違うな。んー、でも母体か。別個体扱いならポイント貰えるかもだし、倒す価値はあるかもな」
闇人様は時折私の知らない言葉を口にする。きっと私なんかでは到底理解の及ばないことなのだろう。
だから口は挟まないし余計なことも聞かない。全ては闇人様の成されるがままに。
「……」
「あ? ちょ、おいケルファ! 後ろ!」
「えっ、あっ! ぬぅん!」
ボケっとしていた姉さんの背後からグールが忍び寄ってきていたけれど、闇人様がいち早くそれに気付いて警告を発した。
それが功を奏して寸前で撃退。闇人様がホッと息を吐く隣で、私は呆れ顔で姉さんを睨みつけた。
「め、面目ありませぬナナシ様。助かりました」
「どしたよボーっとして。戦闘前の意気込みはどこ行った?」
「そう、ですな。ははは」
「ふん。闇人様の足を引っ張るなら帰ってくれる? 邪魔よ。弱い奴は弱いなりの身の振り方ってものがあるでしょうに」
「……はぁぁ。マジで前途多難だなこいつ等」
「何か言いましたか? 闇人様」
「いんや。とにかく面倒なグールイーターは片付けたんだし、サッサとその巣とやらを潰すぞ。これじゃキリが無ぇ」
「承知です」
「ケルファもシャンとしろよ。自分の身は極力自分で守れ」
「肝に銘じておきます」
「ふん、どうだか」
本当に、どうして姉さんはついて来たのだろう。居たところで足手まといにしかならないのに。
何かを訴えかけるような視線を私に送る姉さんを一瞥して、それでもなお心は動かず。直ぐに顔を背けて私は闇人様の手を取った。
「では参りましょう闇人様! わ・た・しと共に!」
「いや動きづらいから離せ」
繋いだ手は即座に解かれてしまった。きっと闇人様は照れ屋さんなのだろう。あんなに強くても可愛いところがあるのはキュンとくるものがあるわ。
まぁ、ひとまずそれは置いておいて。まずは目の前のお役目から果たさないと! まだまだ闇人様にいいとこを見せ足りないもんね!
「……」
「ケルファ?」
「あ……いえ、何でもありませぬ」




