chapter17 誰にも獲物は渡さない
時間も限られているため、目的地へはダッシュで向かうこととなった。ケルファやロロのことなどまったく気にしていない全力疾走だったのだが、ピッタリと俺について来れてる点は流石人狼と言ったところか。
そうして墓所へ向かう道すがら、ケルファに墓所に生息してる敵の種類をそれとなく聞いてみた。
大きく分けてスケルトン、スライム、レイス、グール、無なる者。その上に所謂ボス個体も居るらしい。
大体が予想通りのメンツだが、また出てきた無なる者という単語に首を傾げた。
シャドダンでの激戦を聞かせてやった後にもケルファから同じ単語を聞いたけど、何やら特別な敵の気配。わくわくするね。
「居た居たぁ! 背後から失礼!」
「ア゛ァ゛ァァ!?」
墓所へと辿り着き、さっそく遠目から見えた敵めがけて更に加速。
右手に曲剣を装備して、そのまま通り過ぎざまに胴体を一刀両断。相手はグール。スケルトンの時とはまた違う、肉を斬った感触をダイレクトに感じて少し気持ちが悪かった。
「うげっ、グロ規制も無いのかよ。日本で出していいゲームじゃねーぞホントに」
斬り捨てたグールの胴体から流れ出る夥しい量の赤黒い血と、デロっと飛び出した内臓。海外なら普通かもしれないが、日本じゃ一発で規制対象だ。
リアル過ぎて耐性の無い奴が見たら嘔吐不可避だなこれ。小春とかどんな反応するのか見てみてぇな。
「だが残念。俺ってばグロには慣れてんだなぁこれが。おらおら! こっちだ死に損ない共!」
手にした曲剣でカンカンと地面を打ち鳴らせば、まばらに見えていたグール達が一斉にこちらへと振り向いた。
加えて、奴等の中には一際体格の違う個体も混じっている。察するにボス個体か。運が良いね。
「ナナシ様! 加勢いたします!」
「わぁ、獲物がたくさん……! 殺しがいがある!」
ようやく俺に追い付いたケルファとロロが隣に並び立つ。ぶっちゃけ全員俺が相手をしたいところなんだが、やる気の2人を押し留めると印象が悪くなるかもしれないよな……絆とやらを深める為にも突っぱねるのは悪手だ。
……どうでもいいが、何やらロロの様子がさっきまでと全然違う。どちらかといえば可愛らしい寄りだった印象から一変、今は牙を剥き出しながら口角を上げ、優しげだった瞳はギラギラと殺意を宿していた。
「お前の妹ちゃん怖くね……?」
「ロロは戦闘になるといつもこう故」
「参考までに聞くけど、お前がロロの旦那候補に選んだ奴等も例によってロロと決闘したんだろ? そいつ等どうなったんだ?」
「……き、聞かぬ方がよいかと」
マジかよ。流石に殺しちゃいないだろうが、ケルファの口振りから察するにエゲツない負かし方をしたのは確定的だ。
「闇人様! 何体か譲ってもらってもいいですか!?」
「あー、うん。とりあえず雑魚は好きなだけ。あのデカイのさえ残してくれれば」
「分かりました! では遠慮なくぶっ殺します!」
「あ、はい」
いや、ホントは雑魚も俺が……なんて言い出すのも憚れるほどの形容し難い形相を浮かべるロロ。
餌を目の前にして極限まで待てをされた犬の如く。殲滅許可を出した途端にロケットスタート。
目にも止まらぬ速度で次々とグールを薙ぎ倒していく。
爪で四肢を引き裂き、牙で喉を食い破り、持ち上げたグールを真っ二つに引き千切り……オェッ。
やり方は苛烈そのもの。返り血を浴びることなど微塵も気にした様子が無い。むしろ嬉々として赤いシャワーを浴びてご満悦である。
綺麗だった桃色の毛並みは瞬く間に鮮血に染まった。
「お前の妹ちゃん怖くね……?」
「心中お察しいたします」
まったく同じ言葉を投げかけてしまう程度には衝撃的だよ、お前の妹。
「あっはははははは!!! 弱い! 弱いなぁ! この程度か腐肉共! もっと私を満たしてみろっ!!」
なんかキャラも変わってるし。ってかどう見ても普通にグールの肉食ってる。
腹壊しそうだなとも思ったが、よくよく考えたら例の暗黒キノコを生で食う奴なんだった。グール肉くらい余裕なんだろう。
まぁいい。ロロが色々とぶっ飛んでるNPCなのは理解できたし、ひとまずそれは置いておこう。そろそろ本題だ。
今回の目的はもちろんポイント稼ぎである。肝心のポイントを稼ぐ為には当然ながら敵を狩る必要がある。
ならばロロに譲らず自分が狩って稼げばいいって話だが……その辺りの心配は無用だと今この瞬間に分かった。
何故なら、ロロがグールを倒す度にポイント獲得の表記が出ているからだ。
どうやらパーティメンバーが敵を倒しても、俺にもしっかりポイントが入る仕様らしい。これはかなり助かる。
グール1体のポイントは10pt。スケルトンよりも取得ポイントが大きいのは嬉しい誤算だ。更に――。
「8、9、10……11。表記なし。なるほど理解した」
密かにロロが倒したグールの数を数えていると、10体目以降のグールからはポイント獲得の表記が出なかった。
いくつか考えていた可能性の一つが的中した瞬間だ。おそらくアノマスには、同じ種類の敵からポイントを獲得できるのは10体目までという制限がある。
人によっては面倒な仕様だと吐き捨てるだろう。……だが、俺にとってそれは朗報でしかない。
「苦労して掴む勝利にこそ価値があるってな。ケルファ! 背後の雑魚を頼むぞ!」
「背後? なっ!? こ奴らいつの間に!」
物陰から音も無く現れたスケルトンの集団。その中に鉄のスケルトン級の奴は見当たらない。だから全部ケルファに丸投げして、俺は改めて奥に悠然と佇むボス個体に意識を向けた。
「まさかやれないとは言わないだろ?」
「当然です。スケルトン如きに遅れを取るほど柔な鍛え方はしておりませぬ」
「なら、ちゃっちゃとぶちのめしてロロに良いとこでも見せるんだな」
「し、承知!」
焚き付けてやった途端にケルファのやる気が上がった。ロロには劣るが戦闘態勢へと移行し、すぐさま駆け出す。
……さて、これで邪魔――じゃなくて、一対一の状況が出来上がった。正確にはロロが討ち漏らしたグールも居るが、些細なことだ。
正直なところグールのボス個体は鉄のスケルトンほどの圧力は感じない。が、油断は禁物。
スケルトン戦でもその油断で死にかけた。だから甘い考えは捨てる。
グールも奴と同じく隠し玉を持っている前提で戦うのだ。あぁ、そうだ。シャドダンでもずっとそうしてきたじゃないか。
油断はしない。今の俺に出来る全力を以て相手してやんよ。覚悟しやがれゾンビ野郎!!
「せー、のっ!!!」
((っ!? 速い……!))
姿勢を低く、足に力を込め、一気に解放する。
駆け出した瞬間に2人が酷く驚いていたような気もするが、そんなことはどうでもいい。
筋力のステータスを上げたおかげで曲剣の重さは一切苦にならず、走る速度も気持ち上がった感じがする。
まだ倒されていないグール共の首を斬り飛ばしながら前進。どこからともなく現れる新たな屍の群れに特攻をしかけつつ、僅かな隙間を縫ってひたすらに進んだ。
「凄い……あれだけ斬ってるのに返り血も浴びてない。それに、どんどん速く」
わらわらと一斉に群がってくるグールは、俺を捕まえようと必死に腕を伸ばしてくる。
ハッ、バカがよ。シャドダン最速の敵と恐れられた紅の暗殺者にさえ勝ち越した俺を、お前らみたいな芋虫共が捕まえられると思うなよ!
更に速く、もっと速く、どこまでも速く!
幾度も曲剣を振り続け、やがて耐久値は0に到達。根本から盛大に折れた曲剣をグールに投げ付けて、インベントリから更なる武器を装備。
今度は手甲だ。
「おぉぉらぁっ!」
「ヴガァ!」
「せいせいせい!」
「ギャア!」
「ア゛ァ……!」
「仕上げにぃぃぃぃ! 受け取れデカブツ!」
1体のグールを殴り飛ばして、転けたそいつの足を引っ掴む。筋力を強化したおかげで楽々と体を持ち上げれたことに笑みをこぼし、グールを武器として周りの雑魚共を殴る殴る。
最後にデカブツめがけてグールをぶん投げ、直撃を確認したところで一気に懐へと潜り込んだ。
「グヴァ!?」
「今頃回避行動か? 遅ぇよ三下ぁ! オラオラオラオラオラ!!!」
反撃も回避も許さねぇ! 全部ぶち抜く勢いで手甲によるラッシュ!
たまらずデカブツが後退するが、それだけ俺も前進して追撃! 奴が全身から血飛沫を上げ始めた頃、体勢を低くして右拳にありったけの力を込める!
「出直してこい!」
溜めた力を一気に解放して放つアッパーカット。手甲が砕けるのと同時に、奴の頭も丸ごと吹っ飛んだ。浮かび上がる50ptの表記にも反応しないまま、見事に決まったコンボに俺は酔いしれた。
「かぁぁぁぁ! きんもちぃぃぃぃぃ!
耐久値は低くても良い攻撃力だなぁおい! ケルファのおかげでまだまだ残弾は残ってんだ! どんどん来いやオラァ! ……てあれ?」
次の武器をコール。片手剣を装備して残ったグール達を煽りに煽りまくった。しかし、どいつもこいつもビビって俺に向かってこようとしない。
それどころか、ある意味で俺よりもヤバそうなロロ、そしてケルファの方へ殺到して行く。
やはり雑魚は雑魚なのか。リアル過ぎるが故に敵の思考も柔軟に変化するとか? 勝ち目のない俺より、少しでも可能性がある2人へと向かうのは賢い選択だが……俺の見立てではコイツ等じゃケルファ達には逆立ちしたって敵わないだろう。
ポツンと残された俺は小さくため息を吐いた。理由? そんなの、歯応えが無さ過ぎるからに決まってるだろう。
確かにボス戦に限れば恐怖や痛みによるデバフでシャドダン以上の難易度を感じられるものの、こと雑魚戦においてはこの有り様だ。
何がなんでもプレイヤーを殺しにかかってくるあっちの雑魚に比べて、目の前のグール共ときたらお粗末にも程がある。
リアル過ぎるのも考えものなんだなぁ……ちょっと勉強になった。
「おーいロロ~。手伝った方がいいか~?」
「ご心配なく! 闇人様のお手を煩わせる程のことでは――って汚い手で触るんじゃない腐肉風情がぁ!」
「こっわ」
ロロは相変わらず恐ろしい形相のまま無双してるし。
「フンッ!」
「ゴアァ!?」
「せいっ!」
「ギャアッ!」
ケルファの方も特に苦戦している様子も無く。堅実に一撃一撃を叩き込む戦い方は美しいとさえ言えた。
人狼姉妹に加勢は必要無し。なら終わるまでここで眺めておこうか。でもそれだとあまりにもつまらない……と、そう思っていた矢先、不意にロロに影が落ちるのが見えた瞬間、俺は弾かれたように駆け出していた。
グール共を押し退けて進んでいては間に合わないと考え、奴等の頭やら肩を足場に距離を詰め、一気に跳躍。
「闇人様!?」
ロロの体を抱きかかえてその場を飛び退いた、次の瞬間。墓所全体を揺るがしたのではないかと思うほどの衝撃が俺達を襲った。
爆風にも似たそれに俺の体は吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられる前に体を丸めたが、ケルファが俺達を抱き止めてくれたことで事なきを得た。
「っ!」
考えるよりも先に体が動き、すぐさま立ち上がって爆心地へと意識を向ける。片手剣を構え、黙々と土煙の上がるそこを睨み続けていると、ゆらりと何かが立ち上がる。
土煙を切って姿を現したのは、巨大な肉塊だ。まるで何十、何百の大量のグール達の集合体。肉団子という言葉が一番しっくりくる。
「うげ……キショイな」
血やら何やら汁が滴り落ちる様はどこぞのホラーゲームを彷彿とさせる。
「ボス、じゃないな。鉄のスケルトンみたいに名前が表示されてない。そういえばさっきのデカブツも名前表記が無かった。
てことはこいつ等、雑魚扱いかよ。雑魚の規模越えてるっつの」
シャドダンではこのサイズの奴は大体がボスか中ボスだったが、アノマスにその常識は通用しないらしい。
「グールイーター……!」
「知ってるのかケルファ」
「然り。主にグールを取り込んで成長する厄介な相手です。生半可な攻撃は通用しないと思った方がよいかと」
「グール以外にも色々と取り込んでるみたいだが? スケルトンやら瓦礫やら」
「グールを取り込む際近くに居ると巻き込まれます。過去、同胞達も奴に飲まれたことがある故」
「雑食性の大食いってことか。面倒だな」
「しかし、奴は基本的にグールしか狙いませぬ。なのでこちらに攻撃はしてこないはず――」
「離れろ!!!」
言ってるそばからグールイーターが俺達に向かって突進してきた。
ケルファとロロを突き飛ばし、俺も大きく跳躍。奴は石畳を派手に削り、残ったスケルトンもバラバラに吹き飛ばしながら、後方にあった建物に突っ込んでいった。
「な、馬鹿な……何故」
「おい! めちゃくちゃ攻撃してくるじゃねーか!」
「いえ、そんな筈は。あり得ませぬ!」
「じゃあ今のはどう説明すんだよ! 俺達のこともグールと勘違いしてんじゃ……あっ」
ケルファ、ロロと視線を移して不意に気づく。グールの血に濡れに濡れたロロの姿を確認した途端、俺はすべてを理解した。
「ロロだ! あいつグールの血を浴びたロロをグールと誤認してる!」
「なんと……!?」
「なるほど。そういうことですか。
闇人様! であればグールイーターは私が引きつけます! その間に逃げてください!」
「ああ!?」
「何を言っているのだロロ! そんなこと許容できる筈がないだろう! お前が残るのならば某も――!」
「姉さんの助けなんていらない! 邪魔だから消えて!」
「なっ……」ガーン
妹想いの発言にも辛辣な返答。酷くショックを受け、ケルファは表情を曇らせてしまった。
こんな時まで姉妹喧嘩とか勘弁してくれ。お前らの間にどんな確執があるのか知らねぇが、時と場合を考えろよ。
まぁ、それはそれとして。悪いがロロの提案は受け入れられないな。
「却下だロロ。俺は逃げねーよ」
「ダメです! グールイーターは決して倒せません! どんな攻撃を加えようと即座に再生する厄介な存在なんです!」
「倒せない? 再生する? ハッ、それがどうしたよ」
「えっ、どうって……」
「無限に再生する奴なんて珍しくも何ともねぇ。向こうじゃ雑魚の中にも山ほど居たぜ。そんで当然――」
インベントリに片手剣を収納し、代わりにナイフを取り出し構える。ゆらりと巨体を起こしたグールイーターがロロの方へと向き直るのを見届けて、俺は不敵に笑ってみせた。
「そういう奴等も数え切れないほどぶっ倒してきた! 今更再生持ちにビビってられるかよ!
ロロ! お前はケルファと一緒に雑魚処理だ! こんな状況で嫌とは言わせねーからな!」
「……わ、分かりました!」
「ナナシ様! グールイーターの相手をするのなら某も!」
「馬鹿言うな。あれは、俺の獲物だ」
足下に転がっていたグールの腕を拾い上げて、ナイフで肌を大きく切り開く。滴る血液をわざとたっぷり浴びてやると、グールイーターの意識が俺へと向いた。
血もリアル過ぎて心底気持ち悪いが、奴が向かってきてくれるならその程度は我慢できる。
「闇人様。勝算はあるんですよね?」
「無くても引っくり返す。試して試して試しまくって、見えた弱点ついてぶっ倒す。そうやって俺は数多のボスを攻略してきたんだ。任せろよ」
「……やっぱり、伝説の通りだ」
「あ? なんだって?」
「いえ、何でもありません。無事勝てたら是非お体を清めさせてください! 舌で!」
「やめろ。俺そういう趣味ねーから。それより自分の身を守れ。そんくらいやれんだろ、お強い人狼ちゃん」
「もちろんです! さぁグール共! 貴様等ごときが闇人様に相手をしてもらえると思うなよ!! ヴゥゥゥゥゥゥ!!」
「だから怖いて」
見た目愛らしい犬でも、いざ鼻にしわ寄せて牙を剥き出しにすると途端に怖ぇもんな。
って、そんなことはどうでもいい。今は。
「そうだ、こっち見てろ肉団子。美味そうな獲物がここに居るぜ?」
グールイーターからは何も感じない。鉄のスケルトン相手に感じていた恐怖なんて微塵も無い。得体のしれない存在に気持ち悪さは多少感じるが、デバフが無いなら恐れる必要も無し。
「どこを見ても肉、肉、肉。ところどころさっき取り込んだグールの顔やら手足やらが飛び出してる辺り、即座に飲まれる訳じゃないのか。
なら少しくらい無茶しても……いや、その油断が命取りだよな。楽観的な考えは通用しないとシャドダンで嫌ってほど学んだし」
モフモフのマスコットみたいな敵が、実はとんでもねぇボスだったとかな……ああ、思い出したくもない。他プレイヤーがバタバタと倒れていく光景はまさに地獄絵図だった。
そんな地獄を経験してきた以上、どんな見た目の敵が相手でも油断は禁物!
「時間も限られてるんでな。短期決戦でよろしく! 来いや!」




