chapter14 それは悪か否か
その日の放課後。いつも通り滞り無く授業を終えた俺達は、教室に残って作戦会議と洒落込んでいた。
もちろんクソみたいなコメントをしてる連中を黙らせる為の一手を考える為である。
と言っても既にその方法は思いついてるんだが、肝心要の協力者が居なければお話にならない。だから――。
「わり、ちょい電話してくる」
「三春ママ?」
「そんなとこだ」
本当は違うが、真実を話せば小春が吠え始めるのが目に見えているのでそういうことにしておいた。
会話が聞かれないよう廊下に出て、制服の内ポケットからスマホを取り出す。あの時、半ば無理矢理にヨハネから渡された物だ。
手早く電話帳を開いてみると、そこに登録されていた連絡先は相変わらず1件のみ。ヨハネとだけ書かれている。
特に悩むこともなく電話をかけると、すぐに繋がった。
『やぁ。そろそろ連絡が来る頃だと思っていたよ三春くん。調子はどうかね?』
「うるせー犯罪者」
『おや、随分なご挨拶だね。確かに清廉潔白とは程遠いけれど、限りなく黒な白ではあるつもりだよ?』
「それほぼ真っ黒じゃねーか。規制されてる要素ばっかりアノマスに詰め込みやがって。プレイしてるのバレたら俺だって逮捕されかねないんだぞテメー」
『アノマス? いいねそれ! 分かりやすい呼び方は私も大歓迎だ』
「呼び方なんざどうでもいい。どういうつもりかって聞いてんだ。こんなもん世に出ていい代物じゃねーぞ」
『そもそも世に出すつもりは無い代物だから、何も問題は無いね。君が余計なことさえ他に喋らなければの話だが。
まぁそうなっても制裁を受けるのは君1人。私は雲隠れが得意中の得意なのだよ』
「しれっとクズ発言どうも腹黒女。
はぁ……もういい。ちょい質問だが、アノマスのスキルツリーはリセット可能か?」
『不可能だね』
「ちっ。じゃあ蘇生アイテムについてだが、フィールドに落ちてるのか、敵からのドロップか、それとも店売りのみか。どれだ」
『基本的にはフィールド探索で集めるものだね。敵からのドロップもあるが低確率だ。店売りは……まぁ、されてないんじゃないかな』
「おい、何でそこは曖昧なんだよ」
『まぁまぁ細かいことは気にしないでよ』
「細かくねーわ。蘇生アイテムの有無で戦い方が大きく変わってくるんだ。勿体ぶってないで教えろ」
『うーん……教えてもいいけど、それは無粋じゃないかね? ゲームとはプレイヤー自身があれこれ模索しながら進めていくものだと私は認識している。
あれもこれもと質問していては楽しみが減ってしまうじゃないか』
「規制されてる要素てんこ盛りじゃなけりゃ、純粋に探りながら楽しんでたよ。で?」
『仕方ないねぇ。基本的に店売りはされていないよ。これでいいかい?』
「十分だ。……それと、NPCとの絆ってのは本当に必要なのか? ソロプレイが基本の俺には結構窮屈なんだけど」
『必須だ。アノマスを他のゲームと一緒にしないでもらいたいね。
君も実際に彼等と交流したのなら感じたのではないかね? これは単なるNPCにあらず。自分達と同じく感情を持ち合わせていると』
そこに関しては否定のしようも無かった。ケルファを始めとした人狼族のNPC。あまりにも自然な会話が成立していて、本当はプレイヤーなんじゃないかと疑うこともあった。
『人は1人では生きてはいけない。それはアノマスに於いても同じだ。どんなプレイスタイルを貫こうが君の勝手ではあるが、確実に後悔することになるだろう。
君のソロプレイ好きは尊重する。しかしこの忠告だけは聞いておいた方が良い。詰み、なんていう結末が一番くだらないだろう? ねぇ? 三春くん』
「……まぁ、そうだな」
てことは、やはりケルファの依頼を無視して探索し続ける選択はするべきじゃないか。蘇生アイテム確保の為にも墓所の探索はしておきたかったんだが、開発者に言われては我慢せざるを得ない。
幸い、武器はケルファが見繕ってくれるらしいから戦う術は確保できているとして……はぁ。仕方ない。依頼を進めつつの探索が一番無難だろう。
『質問は以上かね?』
「とりあえずはな。それと、一つ頼みがある」
『見返りは?』
「規制要素だらけのアノマスをプレイしてやってるだろ」
『冗談さ。現状君は良い働きをしてくれている。その報酬として私にできることはしようじゃないか』
そう言われて少しホッとした。頼みを聞いてくれなければアノマスの存在を世界にバラすぞと脅すつもりだったんだが、さっきのヨハネの口振りから察するにそれすら痛くも痒くもないようだったからな。
すんなりと受け入れられたのは上出来だ。
「あんた、シャドダンの運営に働きかけることって出来るか?」
『おや、今になってシャドダンかね?』
「ちっとばかし……いや、かなりムカつくことがあってな。それ対策にシャドダン運営の力を借りたいんだが、無名の高校生が何言ったところで絶望的だ。
だから同じゲーム業界に居るっぽいあんたに橋渡しをお願いしたいんだよ」
『……別に業界には居ないのだが』
「あ? なんだって?」
『いやいやこちらの話さ。では、詳細を聞こうか』
「ああ。実は――」
――事の経緯を話し終えると、ヨハネは楽しげにカラカラと笑い声を上げた。人の不幸を笑う様には少しばかりカチンと来たが、ここは我慢。機嫌を損ねては面倒だ。
『いやはや、なんとも家族思いなことだ』
「うるせ。誰だって身内バカにされたら多少なりともムカつくだろうが」
『くふふ、そうだね。まぁ事情は理解した。それくらいなら容易いことさ。これでも私は顔が広いのでね』
「交渉成立でいいのか?」
『そう捉えてもらって構わないとも。……ただ、手を貸す代わりに条件が一つ』
「おいっ」
『無茶振りをするつもりは無いよ。君、今アノマスで人狼族から受けた依頼の真っ最中だろう?
期限も短いんだ。先にそちらを終えてから改めて連絡してくれたまえ。それならば喜んで手を貸すとも』
言われてみれば、ケルファの妹ちゃんが生贄にされるのは3日後とか言ってたな。こうしてヨハネが急かしてくるってことは、ログアウトしててもアノマスの時間はリアルタイムで経過し続けてるのか? だとしたら面倒だな……。
「まぁそれくらいなら……ん? っておい! 何でお前がこっちのプレイ内容把握してんだよ!」
『観察してるからさ。私は君が言うところの開発者だからね』
アノマスにログインしてる間のことも全部お見通しってか? データ取りか何かしてるのかもしれんが、気持ち悪ぃなクソったれ。
『返事を聞こうか』
「っ……はぁ。どの道お前の手を借りなきゃ話にならないからな。やれってんならやる。それ以上の要求は無いんだろ?」
『もちろんだとも。さぁ、これで正式に交渉成立だね。……ああそうだ。三春くん、君はその書き込みをした奴……いや、奴等をどうしたい?』
「あ?」
不意に声のトーンを落として聞かれた。思わずゾクリとしてしまうような声だ。電話口からでも、ヨハネの機嫌が悪くなったことだけはなんとなく分かった。
俺のせいと言うよりかは、件の書き込みをした奴に対してっぽいが……。
「別にどうもしねーよ。ただ認めさせるだけだ」
『お優しいことだね。でも、そうか……君がそういう対処ならば、私側で干渉するとしよう』
「どういうことだよ」
『私は君ほど優しくはないってだけの話さ。それじゃ、良い報告を待っているよ三春くん』
意味深な言葉を残して一方的に通話を切られた。余計な一手間は増えたものの交渉自体は成立。
良いことだ。なのに何故だろう、謎の悪寒を感じてしまうのは。
特に最後に聞いたヨハネの声。胡散臭い奴程度の認識でしかなかったが、あの声を聞いた時に感じたもの。それは、アノマスの中で鉄のスケルトンと対峙した時に感じた恐怖とあまりに酷似していた。
「死の恐怖……はっ、バカらしい」
電話してるだけでいちいちそんなものを感じていてはキリがない。きっと連日の夜更しが祟って風邪を引きかけてるのだと、俺はそれで納得することにした。
――……。
三春くんに聞いたシャドダンの記事。更に影の王に関する物で絞り込めば、問題のそれは直ぐに検索に引っ掛かってくれた。
記事内容などどうでもいい。すぐに三春くんの言っていたコメント欄へ目を通してみると、醜い愚か者共のコメントが出るわ出るわ。
本当に度し難いほど滑稽だね。彼の言う通り、持たざる者の嫉妬溢れるバカ発言ばかりだ。
「さて、見つけたよ」
今は大多数のコメントに用は無い。目当ては、三春くんがキレたという問題の一文。
スマホに手をかざし、管理者権限を使用。手のひらから伝わってくる明確なイメージ。頭の中で構築されていくのはコメント主の正確な個人情報。
管理者という立場をフルに活用して搾れるだけ搾り取らせてもらおう。それこそこれまでの人生すべてを丸裸にするつもりで。
私にとって他者からの救援要請などどうでもいいことだ。どんなに胸糞な内容でも、どんなに立派な目的の為でも、等しく全てがどうでもいい。
だから、本来であれば三春くんの頼みも突っぱねるところだった。
……だがね。私の最重要目的。それを達成する為に必要な現最高の三春くんが、有象無象の馬鹿共に邪魔をされてアノマスどころではなくなっている。
この事実を看過するわけにはいかないのだよ。私の復讐を邪魔する奴は、誰であろうと等しく抹殺対象なのだから。
「復讐、か。ふふ、いいね。三春くんもまた、こいつ等に復讐しようとしている。大いに結構。
同じ復讐仲間として、少しばかりサービスしようじゃないか」
少なくともこのコメント主は、今後二度と君を惑わすことは無くなる。人知れず、誰にも存在を覚えられることなく消えるのだ。
文字通りの抹消。管理者である私にはそれが出来る。出来てしまう。あの頃の甘かった私では決断することすら出来なかったそれを、今の私は躊躇しない。
「小宮山 透。38歳無職。現実から逃げ続けて早20年の引きこもり名人。親の脛齧りを極めた典型的な社会不適合者。
生活費の一切を高齢の親が負担し、挙句自分は家事の手伝いすらせずゲーム三昧。ゲーム内においても自分勝手なプレイが目立ち親しいフレンドも居ない上、女性が相手だと露骨に態度を変える。
立場が悪くなれば直ぐに雲隠れし、ほとぼりが冷めるまでは決して姿を現さない……くふっ。これでよく三春くんのことを責められるものだ。
お前というゴミの方がよほど卑怯な生き方をしてるじゃないかね。反吐が出るよまったく」
叶うならば今すぐにでも手を下してやりたいところではあるが、これは三春くんの復讐だ。彼がやり遂げるまでは、そのくだらない命を放置しておいてあげるとも。
もちろん、コイツだけで済ませるつもりは無い。今後、三春くんの活動に悪影響を与える可能性のあるバカは片っ端から消していく。
不安要素は少しでも無くさなければ。彼には、あくまでもアノマスに集中してもらわないと困るのだから。
「根拠も無く他者を扱き下ろし、貶めようとしたのだ。当然、相応の報復を受ける覚悟がお前達にはあるのだろう?
光栄に思うといい。この世界の管理者たる私が直々に手を下すのだから。せいぜい残された時間を無駄に過ごしてくれたまえよ」
そうして私は笑みを浮かべた。自分自身ですら不気味に感じる深い笑みを。
解説コーナー
『管理者権限』
ヨハネが持つ特殊能力。
彼女が管理する世界限定ではあるものの、大抵のことは実現可能な超常の力。個人情報だろうが何だろうが、問答無用で盗める程度にはろくでもない。
乱用した場合、本来であればその世界を統べる神による罰が与えられることとなっているが、先代の神のやらかしを盾にヨハネが現神を脅しているため、神は見てみぬ振りしか出来ない立場にある。やはりろくでもない。




