chapter12 桃色の刺客……?
ケルファ曰く、用意できる部屋の中で最高の場所を紹介され、ようやく一息つく事ができた。
最高とは言うが結局のところ穴蔵。リアルのホテルみたいなものでは決して無く、簡素な手作りベッドがあるだけの質素な部屋だった。
どうやら此処ではベッドがあるだけでも贅沢らしい。他の人狼の多くは雑魚寝との事で、実際にここへ案内される道中にその光景を目の当たりにした。
まぁ俺としちゃベッドでも雑魚寝でもどっちでも構わない。そもそもログアウトするからな。
「闇人様っ、食事をお持ちしました!」
「んー。……え、誰?」
腕によりをかけて食事を作ってきますと謎に意気込み、何処かへ行ってしまったケルファを待つ間、改めてスキルツリーの確認をしていた時。
不意に部屋の入り口から顔を覗かせた一匹の人狼。
ケルファではない。あいつよりずっと小柄で桃色の毛並み。手に持っているのはボロボロの器で、それに乗っているのは山盛りのキノコ……キノコ? いや何か足っぽいの生えてる気もするが……いや、まぁ、キノコか。何故キノコ?
「あの、入ってもよろしいですか!」
「いいけど」
「わぁっ。し、失礼します!」
妙に嬉しそうな反応をする人狼だ。ケルファや長、爺さんや他の人狼ともまた違った感じ。
喜びと緊張が混ざったような複雑な表情のまま器を手に部屋に入ってくるが、一定の距離を保って人狼は止まってしまった。
警戒されている訳ではないようだが、どうにも遠慮のきらいが見える、
「……」
「ぇと、あの……しょ、食事置いておきますね! それでは!」
特に何かを問われる事もなく、人狼は食事とやらを置いてそそくさと部屋から出て行ってしまった。
「何なんだいったい……。てかこのキノコどうしろと」
置いてけぼりにされたキノコを改めて観察してみると、見た目からして食ってはダメそうな雰囲気を醸し出している。
傘部分は真っ黒。そして何より、見間違いではなくガチで足が生えていた。しかも人間の生足みたいなの。キモっ。
『 暗黒キノコ 』
"生で摂取すると体力と空腹度を5回復する代わりに50%の確率で毒状態になる。調理を推奨"
「たった5回復するだけでワンチャン毒るのね。リスクたっか」
アイテム詳細を見た途端に食欲が失せた。いや見なくてもこんな怪しいの食わないが。
しかも1/2で毒って笑えないだろ。いくら俺が選んだ種族が状態異常への耐性が高いからって、進んで食うものでは決してない。
こんなのを笑顔で提供できるあの人狼、確実にドSだ。
「つっても捨てるのもあれだしな。後々何かに使える可能性を考慮してしまっとこう」
そう、もしかしたら今後、調合やら合成という要素が出てくるかもしれない。いざやろうと思って素材が足りないってのは極力避けたいところだ。
なので器だけ残してキノコのみをインベントリへぶち込んだ。
そういえば、このインベントリの最大容量はどれくらいなのだろう。無限……はまぁ無いとしても、そこそこ多いと思ってもいいのか?
「うーん……ま、何とかなるか」
今考えていても仕方のないことだ。容量がいっぱいになった時に考えよう。
そんな結論に至ったところで新たな訪問者。ケルファだ。
「お待たせしましたナナシ様! 某特製のキノコソテーになります!」
「何で揃いも揃ってキノコなんだよ!」
「えっ?」
無駄に元気な声を響かせてようやく戻ってきたケルファの手には、調理されてはいるが全く同じキノコが。暗黒キノコとかいう不吉極まりない名前のそれが、丸焼きの状態で鎮座していた。
『 暗黒キノコの丸焼き 』
"体力と空腹度を30回復する。極低確率で毒状態になる"
調理しても毒になるんじゃねーか! 何だこいつら本当は俺のこと殺しにきてない!? というか調理と言えるのかこれ!? 料理に詳しくない俺でももう少し手は加えるけど!?
「こちらのキノコは某達の主食故。味は保証いたします。あ、極たまに腹を下しますが」
「毒だからだよ。死者が出てないことにビックリだわ」
「いえ、毎年何人かは死んでおります」
「そんなもん客人に食わすな!」
見るからに強靭そうな人狼でさえ場合によっては命を落とすキノコが現在唯一の回復アイテムとか、何だその縛り!
背に腹は替えられないから貰いはするが、こんなの追い込まれた時くらいしか使い道ないじゃないか。
……いや、どの道空腹ゲージを回復するには今ここで食うしかない。駄々をこねても損なだけだ。
この肉体の状態異常耐性に賭けよう。頼むぜ闇人さん。
「はぁ……ほら、よこせ」
「ふふ、何だかんだと言いつつもお食べになるのですな」
「腹が減っては何とやらだ。これで毒になって死んだら末代まで呪ってやるから覚悟しとけよ」
「不吉なことを言わないでくださらぬか!?」
「殺さず呪うだけに留めてやるんだから、むしろ感謝するべきだぞ」
まぁ死んだところで全ロスするだけだろうし、また途中からやり直せばいいだけの事だ。
どの辺りでオートセーブが入ってるのかいまいち分からないが、こういうゲームは大体細かくセーブされてるもんだから気にするだけ無駄である。
ゲーマーなら誰しも考えるだろう当たり前の事を思いつつ、受け取った暗黒キノコの丸焼きの前に指を滑らせる。
ほとんどの場合、他のVRゲームでもこうすればアイテムを使用するかどうかの選択肢が現れる……筈だったのだが。
「あれ?」
「何をなさっているのですか?」
「いや……」
出ない。何度やっても確認画面が出てこない。
まさか、いやそんな……もしかして、そんなところまでリアルに作ってあるというのか?
アイテム使用すら簡略化せずに、リアルと同様に口に運んで食えと? そう言ってるのかこのゲームは?
違う。問題はそこじゃない。仮に咀嚼するのだとしても、まだ許容範囲だ。一番の問題は、味である。
「っ……あぐ!」
意を決してキノコを摘み、口の中へ放り込む。噛み締めた直後、ジュワッと口の中に広がるキノコのエキス。そして何よりも、香ばしさと甘さが俺に衝撃を与えた。
アノマス。いや、この場合はヨハネだ。あいつマジか……搭載しちゃダメな仕様のオンパレードじゃねーか。
「何で味まであるんだよ。しかも美味いし。世間にバレたら洒落にならんぞこれ」
「……? それはまぁ、味はするものでしょう?」
分かってないケルファは放っといて、とにかくこの仕様だ。マジでヤバい。何がヤバいって、当然ながら味覚が搭載されてるのがヤバいのだ。
フルダイブ型のゲームに味覚やら嗅覚やらを搭載した場合、ゲームに没頭し過ぎる危険性があるとして世界的に禁止されている。
要するに、リアルの飯よりこっちの方がって奴がゲームの中に引き篭もるアホみたいな事が起こりかねないのだ。
ゲームの中で美味いものをたらふく食べても、リアルで食べていないのだから当然体は衰弱する一方。それでもなお引き篭もり続け、極限まで続ければどうなるか……なんてのは子供でも分かることだ。
「恐怖に痛覚。フルダイブ型には搭載して当たり前の視覚、聴覚、触覚に加えて味覚と嗅覚まで。五感すべて搭載済みかよ。リアルでバレたら一発規制で即逮捕じゃねーか」
ホントになんつーもんをプレイさせてんだあの女。下手したらプレイヤーまで罰せられる可能性もあるだろこれ。
今からでも返却するべきか……いや、こんなもんを平気な顔して搭載する奴だ。拒否した場合どんな報復が待っているか分かったもんじゃない。
……チっ、高難易度の誘惑に負けて引き受けたのは誤りだったかもしれないな。確かに神ゲーの類ではあるが、あまりにもリスキーだ。
「ヨハネめ。明日辺り問い詰めてやる」
「またナナシ様が不穏なことを……うむ? はて、何故ここに?」
プレイし続けるべきか否か。そんなことを悶々と考えていると、不意にケルファが空になった器を拾い上げた。
「それ、さっき別の人狼が持ってきたぞ。ご丁寧にお前と同じくキノコ山盛りで」
「むむ、ナナシ様のお世話は某の役目であるのに……一体誰が」
「ガキか俺は……いや確かに高校生はガキだな。まぁいいや。名前までは知らないが、桃毛の人狼だったぞ」
「なんと、ではロロが此処に来たのですな」
「ロロ? それって確か……」
「然り。某の妹です」
耳を疑った。ケルファの依頼内容は、強過ぎる妹を負かせて娶り、生贄になるのを阻止してくれというものだった筈。
婿候補を差し向けても全てを返り討ちにすると聞いたものだから、てっきりとんでもない体格の奴を想像していた。が、実際に蓋を開けてみればケルファよりもずっと小柄で華奢な人狼。
それが件の妹だと実際に言われても、正直首を傾げざるを得なかった。
何せ、第一印象は小さくて元気、でも少し恥ずかしがり屋な人狼って感じだからな。余計にイメージとかけ離れてる。
「あれが強いって? にわかには信じられないな」
「見かけに騙されてはなりませんぞ。その身に秘める強さはまさしく強者のそれ故」
「そのお強い妹ちゃんがついさっき、食ったら死ぬかもしれないキノコを生のままで俺に提供してきたんだが?
毒殺しようって魂胆かよ。良い性格してんなおい」
「何を仰りますか! ロロはそのような姑息な真似は致しませぬ! そもそも人狼はどんな時でも真っ向勝負! これは鉄則でありますから!」
「じゃあ持ってきた毒キノコはどう説明すんだよ」
「あの子は他の人狼よりも色々とタフでして。本来であれば焼いて消毒を行うキノコを生で食べれる唯一の存在なのです。
おそらく、ナナシ様に提供したのはそれが関係しているのでしょう。自分が大丈夫なのだから、闇人様ともなれば当然大丈夫であろう、と」
「はた迷惑な話だ。あむ」
悪意が無いのがある意味で余計にたちが悪い。
他とはちょっと感覚がズレてるんだろうと俺なりに結論付け、再びキノコを頬張る。
確かにリスクはあるが、謎に美味い。近いもので例えるなら……エリンギ? いや、椎茸感もある。まぁとにかく、日本人の俺でも美味いと感じる程度には馴染み深い味だ。
毒さえ無ければ食料として重宝しただろうに。食べ過ぎると危ない銀杏みたいなもんだと思って割り切るしかないか。
「むぐむぐ……しっかし、何でまたキノコが主食なんだよ。見るからに肉食ってそうな姿してんのに」
「某が生まれた時から既にこれが主食でした。長老の話によれば、大昔は家畜の肉を主食としていたようですが……いやはや、某には想像が付きませぬな」
「じゃあ肉食ったことないのか」
「いえ、数年に一度、ご馳走として皆に振る舞われることがあります」
「数年って……。じゃあそれまでずっとキノコ生活?」
「然り」
うへぇ。年単位で毎日キノコだけとか考えるだけでも吐き気がする。飽きるとかそういうレベルじゃない。俺なら嫌いになるね。
「他に何か無いのかよ。野菜とか、魚とか」
「野菜はほんの少しであれば手に入ることはあります。が、魚は進んで食べませぬな。あれこそ腹を下すので」
「毒キノコの方がよっぽど嫌だよ俺は……。
んー……じゃあ敵とかは?」
「え、ねみー?」
「あー、モンスター、魔物。ここじゃなんて呼ぶんだあいつ等」
「ああ、魔物ですか。……って魔物!? 流石に某達でも魔物は食いませぬ! 食べたらどんな害があるか分かったものではありませぬ故!」
「毒キノコの方がよっぽど嫌だよ俺は。大事なことだから2回言いました」
とは言えケルファの気持ちも分からないことはない。俺だってスケルトンみたいな奴を食う気にはならないし。
でも、他ゲーでも意外と調理すれば食えそうな魔物が居たことも確かだ。アノマスにどれだけの種類の魔物が居るかなんて分からないが、リアルに作られている以上は食える可能性も捨てきれないだろう。
むしろそれこそアノマスにおいて空腹を満たす為の主な手段なのではないだろうか。ここから先もキノコだけというのは流石に考えにくいし。
「魔物食か。食えると仮定した場合、倒せばポイントも得られるし食材も得られる。一石二鳥で悪くないかもな」
どの道ケルファの依頼を達成するにも強化不足が足を引っ張りそうだった。よりアノマスについての知識を深める為にも、今後の方針はキャラを強化しつつ食材確保も視野に入れよう。
「よしっ、次にやるべきことも決まったことだし、俺そろそろ落ちるわ」
「落ちる? え? どこにですか?」
「リアルに。じゃあまた今度なケルファ」
残りのキノコも腹にぶち込み、空腹ゲージがある程度回復したところで手早くメニュー画面を開く。
俺が何を言っているのか理解できていないケルファを無視して、ログアウトの項目を選択。
『 セーフエリアです。ログアウトしますか? 』
表示された文章にホッと胸を撫で下ろした。
よかった。やっぱり此処は安全地帯扱いらしい。流石にこれ以上の夜更しはヤバかったからな。
現在時刻2時と少し。まぁギリギリセーフってとこだろう。
「あ、それと武器。見繕うの忘れるなよ」
「え、はぁそれはもちろん――って消えた!? ナナシ様! ナナシ様何処へー!!?」
ログアウトを選択した途端、意識が闇の中へ落ちていく。最後の最後まで喧しいケルファの声を聞きながら、薄れ行く感覚に身を委ねた。




