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侍女は見た~白い結婚宣言した旦那様が、どうやら奥様に恋をしたようですよ?~

作者: 八重
掲載日:2025/11/22

以前投稿したものを改稿してあげました。

「悪いが、君を愛することはない。互いに自由に生きよう」

「……かしこまりました、旦那様」


 初夜のお部屋支度を整えて退室したすぐ後、わたくしの耳にそれが届きました。

 本日、旦那様の奥様になられたアイナ様の専属侍女を任されたわたくしは、その冷え切った会話を聞いてすぐにその場を後にしました──。



 お二人は、いわゆる「政略蹴婚」でございました。

 我がクヌート王国の筆頭公爵家であるエルヴェスタム公爵家のご当主ラカーシュ様は18歳にしてこの家をお継ぎになられました。

 それは、先代ご当主でありラカーシュ様のお父様、そしてその奥様は事故で帰らぬ人になったからです。


 他国留学中であったラカーシュ様は急遽帰国。

 その日から当主としての勉強を再開し、寝る間も惜しんでお励みになりました。

 そして、20歳として成人された年に国王陛下に認められ、公爵位を継ぐこととなったのです。

 筆頭公爵家の当主として立派に勤めを果たされる中、国王陛下からの勧めである伯爵家のご令嬢との縁談が決まりました。

 そのご令嬢こそ、アイナ様でございます。

 眩いほどの黄金の髪に青い瞳を持っていらっしゃる彼女は、可愛らしい顔立ちでまるでお人形のような愛らしさでありました。


 そんな二人がついに本日ご結婚式をされたわけですが、先程のようなお言葉が聞こえてしまったわけです。

 今まで何度もラカーシュ様への縁談はありましたが、全てお断りしておりました。

 わたくしの把握する限り、今まで婚約者はおろかお付き合いをなさっている方もいらっしゃらないのではないでしょうか。


 ……わたくしの先輩侍女からの申し送り事項にはそのように記載がなされていました。

 ラカーシュ様はとても美麗で頭の良い方ではありますが、無口で少々とっつきにくいところがございます。

 無口なのは実はただの口下手なだけだと、屋敷の使用人たちは皆気づいているのですけれどね……。



 翌朝になり、わたくしはアイナ様に呼ばれてお二人が過ごした寝室へ向かいます。


「おはようございます、アイナ様」

「おはようございます、リザ様」


 アイナ様は伯爵家のご令嬢で専属侍女もいらっしゃったとのことですが、わたくしたち使用人にも丁寧なお言葉で接してくださいます。

 わたくしはアイナ様の長く美しい髪を梳きながら、朝食について尋ねます。


「朝食の準備ができておりますが、召し上がりますか?」

「ええ、いただきます」


 アイナ様はご実家でよく東国の食事を好まれて召し上がっていたそうです。

 どうやらお仕事で忙しいご両親の代わりにアイナ様のおばあ様がよくお屋敷にいらっしゃって一緒に過ごされていたようで、このおばあ様が東国出身の方なのです。

 おばあ様っ子とは珍しいですが、それもあってアイナ様の歴史重んじる行動やお心遣いが生まれたようにわたくしは思いました。


「アイナ様はおかゆを朝召し上がると聞きまして今朝は準備をしておりますが、よろしいですか?」


 わたくしの言葉を聞いたアイナ様はパッと明るい表情をなさって、顔を綻ばせて頷きます。


「ええっ! ありがとうございます! 嬉しいです!」

「とんでもございません。食事に関わらずご不便などございましたら、いつでもお声がけくださいね」

「とてもよくしていただいています。ありがとうございます!」


 わたくしはアイナ様のこの太陽のような笑顔の虜になってしまっており、この眩しい笑顔に弱いのです。

 お仕えしている方の笑顔を見られる──。

 なんて素晴らしい誉れでしょうか。



 こうしてアイナ様がエルヴェスタム家にやってきて、一ヶ月が経ちました。

 初夜を過ごしてから一度もお二人は床を共にしておりません。

 ラカーシュ様は王宮で国王陛下のご公務の手伝いに加えて、半年前からは王宮騎士団の取りまとめも任されております。


 先代ご当主が剣の腕が立つお方でいらっしゃいましたし、ラカーシュ様も幼い頃より剣の稽古を欠かしませんでしたから、その実績もあっての登用だと思われます。

 15歳で初陣を飾ってから何度か戦遠征に向かわれてますが、武功を立てて戻って来られております。


 そんなことを思いながら、庭のガゼボでアイナ様に給仕をしていると、アイナ様がわたくしに声をかけてくださいました。


「リザ、旦那様は甘い物はお好きでしょうか?」

「ええ、とってもお好きですよ。勉強をなさっていた時に地理がなかなか覚えられずにご苦労なさっていましたが、家庭教師の方が旦那様のお好きなお菓子の名産地をお教えになったのです。そうしたらみるみるうちに覚えてしまい、世界についてどんどんお詳しくなられました」

「まあ! では、東国のお菓子もお好きかしら?」

「お菓子はどれもお好きですよ。アイナ様は東国のお菓子にもやはりご精通なさっていらっしゃるのですか?」

「祖母より教えてもらいました。よかったら、今度一緒に作っていただけませんか?」

「もちろんでございます!」


 こうしてお菓子作りをお約束したすぐ後、玄関のほうが騒がしいことに気づきました。


「何があったのか見てまいります」

「リザ、私も行きます」


 アイナ様と共に玄関のほうへ向かうと、なんとそこには旦那様がいらっしゃったのです。


「旦那様!」


 その両腕の中には小さな子犬がいて、泥だらけでやせ細っており、今にも危ない状態でした。


「リザ、子犬を頼む」

「かしこりました!」


 わたくしは旦那様からそっと子犬を引き取ると、近くにあった毛布でくるみます。

 急いで呼吸を確認して心臓の動きを確認した後、風呂場からお湯を汲んで少しずつ泥を落としていきました。


「私も手伝います!」

「いけません! 野犬ですから病に感染する可能性があります。奥様に触れさせるわけには……」


 ですが、わたくしの制止も構わずにアイナ様は子犬に触れて泥を落としていきます。

 馬を御者に預けた旦那様も急いで戻ってきて、子犬の体を拭いてくださいました。


 替えのお湯を持ってきてくれた侍女に礼を言って、三人で子犬を洗っていきます。


「アイナ、ドレスが汚れる」

「構いません! 今は子犬の命のほうが大事です!」


 旦那様の言葉にそうお答えなさったアイナ様の瞳は目の前の小さな命を救おうと必死でした。

 そのご様子に旦那様も驚いたようで、目を丸くしています。


 ようやく綺麗になった子犬を毛布でくるみ、ミルクをあげていきます。

 すると、旦那様からわたくしに指示が飛びました。


「ミルクをもう少し温めてくれないか。これだと母犬の体温より低い」

「かしこまりました!」


 旦那様の仰る通りに台所でミルクを温めていると、お二人の会話が聞こえてきました。


「アイナ、手が疲れただろう。代わろう」

「いえ、旦那様こそお疲れでしょう。私は大丈夫ですから」

「そうか…………君は犬は平気なのか?」

「飼ったことはございませんが、お散歩している近所のワンちゃんをよく触らせてもらっていました」

「そうか…………どんな犬だったんだ?」

「その子は小さなワンちゃんでした。でも、この子は大きい……ですよね?」

「ああ、恐らく大型犬の子犬だろう。この大きさだと生後一ヶ月ほどだ」

「お詳しいのですね。もしかして、飼っていらっしゃったのですか?」

「ああ、昔小さい頃。同じ犬種を買っていた。その子は灰色の毛だったがな」

「このワンちゃんは真っ白ですね!」

「そうだな。綺麗で美しい毛並みのはずだ。耳もしっかり立っていて凛々しくなるだろう」

「ふふ……」

「なんだ」

「いえ、旦那様のそんな顔初めて見ました」

「……変だったか」

「いえ、とても素敵な笑顔とお優しい顔だなと」

「そうか…………」


 お二人のあんなに楽しそうな姿を初めて見ました。

 旦那様もご両親がいた頃のように嬉しそうに、そして恥ずかしそうに笑っていらっしゃいます。


「悪かった。これまで君と向き合おうとせずに。陛下からの勧めだったから断れず、私自身前向きでないまま結婚したゆえ、あのように冷たく突き放してしまった。リザから聞いている、あの後泣いていたと」

「いいえ、私もお家との結びつきのための結婚と割り切りすぎておりました。愛されなくても仕方ないと。でも……」

「でも……?」

「さっきの笑顔を見て、あなたを可愛いと思いました」

「なっ!」


 わたくしはそんな会話を微笑ましく聞いた後、真っ赤な顔をしている旦那様のもとへミルクを届けました。


「旦那様、こちらで温度はいかがでしょうか?」

「あ、ああ……このくらいでちょうどいいだろう」


 ラカーシュ様はそう言ってミルクを子犬にあげていきます。


「あ、飲みましたね!」


 アイナ様の嬉しそうな声が部屋に響き渡りました。

 どうやら子犬は幸いにも怪我がなく、お腹を空かせていただけのようでごくごくとミルクを飲んでいきます。

 あっという間に飲み干した子犬は、ラカーシュ様に身体を寄せてうとうとと眠りにつきました。


「眠ってしまいましたね」

「ああ、これならすぐに回復するだろう」


 わたくしがミルクの瓶を片付けに行って振り返ると、お二人は寄り添うように子犬を見つめていました。

 ラカーシュ様のお優しい顔とその顔をじっと見守るアイナ様のお姿は、とてもお似合いの恋人のように思えました。


 その晩、お二人は一カ月ぶりに一緒のベッドに入られました。

 ラカーシュ様とアイナ様の間にはすやすやと眠る子犬の姿があり、そんな光景をわたくしは微笑ましく眺めました。


 しばらく経ってお二人のお部屋の灯りが消えないのを心配して見に行くと、お二人ともすでにお眠りになっていました。

 子犬に寄り添って眠るアイナ様には毛布がかけられており、旦那様の背中は毛布から出ています。


 わたくしが灯りを消しに向かうと、テーブルの上には一枚の紙とペンがありました。


「おや」


 そこにはいくつもの名前が書かれていました。

 そして、紙の端のほうに丸で囲まれた名前が一つ。



『ユイ』



 この『ユイ』が東国の言葉で「結ぶ」の意味があるとこっそりアイナ様から伺ったのは、アイナ様が初めて旦那様に「いってらっしゃいませ、ラカーシュ様」と言った朝のことでした──。


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