岡本浩一②
眩しさが消えた時、世界は音を取り戻した。
風の音、鳥の鳴き声、そして――ざらついた土の感触。
気がつけば、俺たちは草原の真ん中にいた。
高く伸びた草が風に揺れている。
見上げた空には見たこともない月が二つ、並んで浮かんでいた。
「……夢か?」
思わず口をついて出た言葉に、凪が首を振る。
「うん、めっちゃ痛い……さっき転んだ時、膝怪我したな、これ」
膝に擦り傷ができている。
血が滲んでいて、どう見ても夢ではなかった。
胸の奥が、じわりと冷たくなった。
(ここは……どこだ?)
見渡す限り森も山も見えるが、人工物はない。
車の音も、電線も、ビルの影もない。
代わりに、遠くの丘の上で巨大な石造りの城のようなものが見えた。
城壁に囲まれ、旗のようなものが翻っている。
「……おい、見ろ。あれ……人、じゃないか?」
凪が指さした先、黒い影が三つ。
人間のように見えるが、耳が長く手には槍を持っている。
こちらに気づくと、三人のうちの一人が叫んだ。
言葉は――聞いたことがない。
まるで外国語でも古語でもない【響き】だけで胸に響く言葉。
「くそ……何言ってるのかわからん!」
とっさに、澪を背中にかばう。
だが、その瞬間――胸の奥が、どくんと熱くなった。
心臓じゃない。もっと内側。
魂そのものが、燃えるように熱い。
「パパ、手が……!」
澪の声に目を落とすと、右手の甲が淡く光っていた。
青白い紋様のようなものが浮かび、脈打つたびに光が広がっていく。
「……なんだ、これっ!」
次の瞬間、影の一人がこちらへ駆けた。
槍の穂先が閃く。
条件反射で、俺は腕を振り上げた。
――光が弾けた。
眩い衝撃波のようなものが走り、敵の槍が粉々に砕け散る。
空気が震え、風が爆ぜる。
あまりの事に、俺自身が動けなかった。
「……パパ?」
「今の……俺が?」
敵は何かを叫びながら退いていく姿。
その背を見て、凪が小さく呟いた。
「父さん、魔法、使った?」
「そんなバカな……俺がそんなもん使えるわけ……そもそも、そんな非科学的――」
けれど、手の甲の光はまだ消えない。
淡く、規則的に鼓動している。
光の中に、確かに見た――美咲の横顔。
(……美咲?)
一瞬、彼女の声が耳の奥に響いた気がした。
――浩一、お願い。子どもたちを守って。
息が詰まる、叫びそうになった声を押し殺し俺は二人の肩を掴んだ。
「走るぞ。とにかく離れる。」
「でも――!」
「いいから!」
森の方角へと走り出す。
背後では、追っ手の声が遠く響いている。
足元の草が切れ、枝が顔に当たる。
息が荒く、けど、止まる事が出来なかった。
ようやく木々の陰に身を潜めた時、凪が息を切らせながら言った。
「なぁ、父さん。あの人たち、人間じゃなかった。」
「……見りゃわかる。だが、今は考えるな。」
そう言いながらも、俺の頭の中は混乱していた。
異形の兵士、光る紋章、二つの月――この状況が夢でも幻でもないのは明らかだった。
「澪、怪我は?」
「……大丈夫。けど……ママの声、聞こえた気がする」
その言葉に、凪が顔を上げる。
「俺も。なんか【守って】って……」
双子の言葉が、空気を震わせた。
俺は思わず息を呑む。
「二人とも……本当か?」
「うん。夢じゃないと思う。すぐ近くで、ママの声がしたの」
「俺も聞いた。父さんの名前も呼んでた。『浩一』って」
胸の奥が熱くなった。
嘘をついているようには見えない。
澪の手が震えていて、凪の目が真剣だった。
――美咲、本当にお前なのか?
「……わかった。なら、まだ生きてる。きっとどこかで」
「ほんとに?ママ、生きてるの?」
「当たり前だ。あいつが簡単に死ぬかよ」
言い切ると、澪の目に涙が浮かんだ。
凪も、わずかに唇を噛む。
「パパ……ママに、会えるよね?」
「ああ。絶対に会う。どんな場所だろうと父さんが見つける」
自分でも驚くほど、声に力があった。
不安よりも、胸の奥に灯ったのは確信だった。
あいつはこの空の下にいる。
この風の匂いのどこかで、生きている。
「……よし、行こう」
「どこに?」
「わからん。でも立ち止まったら死ぬ。動けば、何か掴める」
凪が小さく笑った。
「パパ、ちょっとカッコいいな」
「今だけだ、すぐ疲れるぞ」
そんなやり取りに、澪がくすりと笑う。
その笑顔に少し救われた気がした。
俺は二人の肩に手を置き、しっかりと前を見据える。
「行くぞ。もう迷わない。父さんが、母さんのところまで連れてく」
「うん!」
「了解」
三人の声が重なった。
夜風が吹き抜け、木々がざわめく。
二つの月が、冷たい光を落としている。
その光の下で――俺たち三人の運命が、確かに動き始めた。
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