岡本浩一①
本日も2話更新します。
よろしくお願いいたします。
16時、19時に投稿します
――藤堂美咲が行方不明になった。
その知らせを聞いたのは、三月の終わり。
外は、桜が咲き始めた頃だった。
『……美咲さんの携帯、繋がらないんです。最後の勤務先を出てから連絡が――』
そう言ったのは、美咲の職場の同僚だった。
離婚して三年。
もう【他人】のはずだったのに、
あの名前を聞いた瞬間、心臓がぎゅっと掴まれたように痛んだ。
「警察には……?」
『届けは出してます。でも、何の手がかりもなくて……』
通話を切った後もしばらく受話器を握ったままだった。
何も考えられなかった。
(あいつが、美咲が……いなくなった?)
事故?事件?それとも――頭の中で、いくつもの可能性が渦を巻く。
けれど、どれも現実味がなかった。
美咲という人間は、そう簡単に消えるような人じゃない。
あいつは強い。
どんな時も自分の足で立ってきた女だ。
それを、俺が一番知っている。
――だからこそ、怖かった。
強い人間ほど、限界を越えたとき、脆い。
そのことを、俺は嘗て隣で見ていた。
『浩一……ごめん』
離婚したあの日、泣きそうな顔で謝る彼女が静かに浮かんだ。
どうしてあの時、手を放してしまったのか――今更後悔しても、遅かった。
▽
一週間後、俺は正式に警察へ捜索願を出した。
だが、一カ月経っても、何の音沙汰もなかった。
「パパ……ママ、本当に見つからないの?」
リビングで、娘の澪が不安そうに言った。
長い黒髪をかき上げる仕草が、美咲に似ている。
隣で、澪の双子の兄、凪が無言のまま腕を組んでいる。
高校一年生になったばかりの双子。
まだ幼さが残るのに、どこか大人びて見えた。
「警察も探してる。でも、今のところ情報は……」
言いかけて、言葉が詰まった。
何もないという現実が、あまりに重い。
澪が小さく唇を噛む。
「ママ、喧嘩してたのかな……誰かと」
「違うだろ。母さんそういう人間じゃねぇ」
凪が静かに否定する。
その声音には、確信があった。
(あの子たちもわかってるんだ。母親が逃げたりなんかしないことを。)
俺たちは、リビングのテーブルを囲んで黙り込んだ。
時計の針の音だけが響いている。
沈黙が痛かった。
「……なぁ、父さん」
凪がぼそりと口を開いた。
「母さん、どこか遠くに行ったんじゃない?仕事とかじゃなくて――もっと遠い場所に……ほら、軍人辞めたら旅したいって連絡していた事あったじゃん」
その言葉は、妙に胸に刺さった。
まるで、どこかで何かを感じ取っているような。
澪も、小さく頷く。
「そうだよ!もしかしたらどっかに旅行に出かけているとか……」
俺は、子どもたちの言葉を否定できなかった。
根拠なんかない。
でも、美咲という人間なら――不思議と、ありえる気がした。
出会う前、よく旅行をしていたと写真を見せてもらった事がある。
行方不明になる前に簡単な連絡があった。
『どこか行ってのんびりしたいな』
そのように、LINEで連絡を簡単にしていた。
しかし、それでも俺は自分の胸騒ぎが気になってしょうがない。
どくんっ、と胸に苦しさを感じながらも、二人に心配をかけさせないように静かに笑うしかなかった。
▽
その夜、久しぶりに家族で同じテーブルを囲んだ。
会話は少なかったけれど、澪が淹れたココアの香りが少しだけ昔を思い出させた。
――あの頃、美咲はよく笑っていた。
任務から帰ると、子どもたちを抱きしめて、「ただいま」って、必ず言ってた。
俺は、その言葉を聞きたくて家に帰ってたんだ。
けれど、【あの事件】があった日――彼女は戦場を離れられず、俺は置いていかれた側になってしまった。
(……美咲との離婚は、俺たちを守る為だったんだよな)
【あの事件】が家族全てを変えてしまったのだから。
ココアの湯気の向こうで、澪と凪が笑っている。
その笑顔が少し眩しかった。
「ママが帰ってきたら、今度こそちゃんと伝えようね。」
澪の言葉に、俺は小さく頷いた。
「そうだな……ちゃんと、謝らなきゃな。」
その瞬間――部屋の中が、まばゆい光で満たされた。
「っ――なんだ!?」
目を開けていられないほどの閃光。
空気が震え、床が揺れ、重力が消えたように、体がふわりと浮き上がる。
「パパ!眩しいっ!」
「澪!父さん!」
「澪、凪!離れるな!」
叫びながら、二人の手を掴む。
だが、光はどんどん強くなり声が遠のいていく。
視界が白く、世界が音を失った。
次の瞬間――冷たい風が、頬を打った。
草の匂い。異様な空気。
気づけば、見知らぬ荒野に立っていた。
「……どこだ、ここは……?」
そして、手を握る。
その温もりだけが現実だった。
「パパ……?」
「……大丈夫だ。俺がいる。」
そう答えながらも、胸の奥に広がるのは――美咲の名を呼びたくて仕方がない衝動だった。
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