第13話 ルシアン、初めてのケガ
本日も2話更新させていただきます。
よろしくお願いいたします。
昼下がりの中庭。
陽光が石畳をやわらかく照らし、噴水の音がかすかに響いていた。
魔王城の庭は意外なほど穏やかで、花々の間を小さな影がいくつも駆け回っている。
そこにはルシアンと、数人の子どもたち。
彼らは皆、城に仕える将官や貴族の子――魔族でありながら人間の子と変わらぬ笑い声をあげていた。
「ルシアン、こっち! 次は俺の魔法見てて!」
「わかった、でもちゃんと威力調整ってやつしろよ!」
「へへ、平気平気!」
赤い髪の少年が、楽しげに両手を掲げる。
その隣で、角の小さな少女が両手を胸に当てて心配そうに見守っていた。
彼女の翼が小さく震えるたびに、羽音が涼やかに響く。
ルシアンは彼らの輪の中にいて、一番大きな声で笑っていた。
白銀の髪が太陽を弾き、紅の瞳が生き生きと光る。
(あの子、本当に魔王の息子なのかって思うくらい……普通の子どもだ)
私は廊下から、その様子を眺めていた。
授業の合間の一時――ほんの短い時間だけど、ルシアンが心から笑っている姿を見るのが好きだった。
「ルシアン! 見てて! 俺のメテオだー!」
「いや、それ絶対メテオじゃなくて火の玉だってば!危な――」
ボンッ、と乾いた爆発音。
空気がはじけ、光が弾けた。
「っ、熱っ!!」
その叫びが耳に届いた瞬間、思考が真っ白になった。
全身の血が逆流し、歩いていたはずの足が気づけば勝手に走り出していた。
胸の奥が焼けるように熱い。
背中を氷の爪でなぞられるような感覚のまま、廊下を駆け抜けた。
メイドたちがざわめく声が遠くで聞こえる。
「ルシアン様……!」
断片的な言葉が耳を刺す。
中庭に飛び込んだ瞬間、視界の中央――ルシアンが倒れていた。
片腕を押さえ、痛みに顔を歪めている。
その周りで、他の子どもたちが真っ青な顔で立ちすくんでいた。
「ルシアン!」
声が掠れていた。
膝をつき、彼を抱き起こす。
指先に伝わる感触は、熱い。
腕から肘にかけて赤く腫れ、皮膚がところどころ焼けている。
焦げた匂いが、微かに鼻をつく。
――火傷。軽いものじゃない。
冷静に判断しようとするのに、手が震えて止まらない。
子どもの体温が高すぎる。
呼吸が浅く、肩がひくひくと動いている。
「大丈夫、落ち着いて……」
そう言い聞かせながら、背を支えた。
けれど、心臓が痛いほど速く打っているのは、私の方だった。
(……手が、冷たい)
その瞬間、遠い記憶が脳裏を突き抜けた。
――戦場。
爆音に煙、焦げた鉄の匂い。
焼け焦げた肌を掴んで泣く兵士の姿、誰かの腕の中で息絶えた仲間の顔。
あの時も、こうして――私は手を伸ばしていた。
間に合わなかった命に、必死に。
息が、うまくできない。
胸が詰まり、喉が焼けるように熱い。
(また、守れなかったら……)
(また、誰かを失ったら――)
視界が揺れ、息が詰まった。
頭の奥がじんじんする。
「……いやだ……もう、いやだ……」
かすれた声が勝手にこぼれた。
涙が滲み、自分の指が震えてルシアンに触れられない。
その時、すっと肩に温もりが触れた。
静かに、確かに。
その気配だけで分かる――ルゼリウスだ。
彼は何も言わず、私の隣に膝をつく。
そして、そっとルシアンの額に手をかざした。
薄く青白い光が、少年の体を包む。
その光は柔らかく、冷たいはずなのに、不思議と温かく見えた。
光が消える頃には、腕の赤みが薄れ、皮膚のただれも消えかけていた。
息も整い、ルシアンの肩がゆっくりと上下する。
「……っ、う……」
かすかに目を開け、彼が私を見た。
「……ママ……」
その一言で、私の胸の奥が、音を立てて崩れた。
息が詰まった。
もう抑えきれなかった。
いつの間にか私の両目から涙が、溢れた。
音もなく、ただ頬を伝う。
戦場では泣かなかったのに、仲間を失った日でさえ、泣けなかったのに。
今はもう、どうしても止まらなかった。
「ごめん……」
掠れた声が、震えた。
「ごめんね、ルシアン……私が、もっと早く気づけば……」
目の前の小さな手を握りしめる。
その指が、私の指を弱く握り返した。
「ママ、もう大丈夫……あったかいよ」
その言葉に、胸の奥で何かがほどけていくのを感じた。
ああ、守れた。
この手が届いた。
それだけで、息ができるようになった。
その傍らで、ルゼリウスが低く言った。
「過去に囚われていたようだな……大丈夫か?」
皮肉でも慰めでもない。
ただの、静かな理解だった。
私は顔を上げ、彼の瞳を見た。
冷たい紅の光の中に、確かに人の温度が宿っている。
「……大丈夫。少し、落ち着いた。」
「それならいい……ただ、無理をするな。」
「……うん。」
ルゼリウスの声は低く、静かだった。
その響きが、胸の奥にゆっくりと沁みていく。
さっきまであんなに早鐘を打っていた鼓動が、少しずつ落ち着いていくのがわかった。
私は小さく息を吐き、ルシアンの髪を撫でる。
その額に、そっと唇を寄せた。
「――もう大丈夫、痛くないからね。」
指先に感じる体温が、確かに生きている証だった。
ルシアンはかすかに目を細め、こくんと頷く。
瞼がゆっくりと閉じ、安らかな呼吸が胸の上下に伝わった。
その寝顔を見つめながら、私は静かに目を閉じた。
(……ちゃんと、守れたんだな)
あの日の戦場では、届かなかったこの手が――今は、確かに届いている。
あの時みたいに、もう誰かを失いたくない。
この手で、ちゃんと守りたい。
そう思えた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。
――守れる、今度こそ私の手で。
この世界で、ようやく心からそう思えた。
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