"Insane"
『かつて、「魔女が箒で空を飛ぶ行為」は』
『男根を跨いでトリップする事のメタファーとされて居た』
『私生児は「箒を跨いだ子供」とも呼ばれ』
『淫猥な悪徳の象徴として、魔女の絵は必ず箒を跨いで居た』
僕は魔女でも無ければ、女でも無い
しかし行っている行為自体には、幾つかの符合が有った
刃を昏い部屋で、うっとりと眺めて居た
ナイフによる刺突は、ある種の性交を思わせる要素を含んでいるが、この刃物は銃刀法に違反して居ない
この刃の銀色は、あらゆる無辜の他人を傷付けて居ない
いま流れ落ちて居るのは、全くの合法なる出血なのだった
最初の悪魔は、誰よりも神を愛したが故に悪魔となったのだと言う
僕も神を愛している
愛し方が神の望んだ方法ではないというだけだ
また一つ左腕に刃を突き立てる
湖面に立つ波のように血が液体の王冠を宙へと描き、真赤な肉の繊維一つ一つに、ナイフに塗られた痺れ薬が染み渡っていく
快楽だった
既に腕のあちこちが穴だらけだったが、もう痛みは無かった
薬液が血中に浸透し終えた為だろう
「血が足らない」
僕は誰にともなく呟いた
『失血で血が足らない』という事では無い
この視界に映るすべてに、血の赤が足らないと強く感じて居た
この世界は汚れて居る
塗り直す為には、美しいものを使わなくてはならない
肋骨の合間を眼掛けて、僕は自分の左胸をしたたかに突き刺した
ようやく切っ先が動脈を捉えたらしく、かつて無い程の血が撒き散らされる
それは、手で触れると暖かかった
僕は思った
『総ては善いのだ』と
ナイフの鋭い面を嘗める
舌が刻まれて、新しく血が流れ出す
舌が紅いのは血の色だ
吐瀉物の様な血の濁流が、口から止め処なく溢れ出る
綺麗だ
それでもまだ、この世界を塗り替えるには全然足らなかった




