赤いレインコートの夜 ― 続き ―
彼女はもう一度、足を踏み出す。
風はまだ冷たく吹いていたけれど、不思議と怖くはなかった。
歩道の先、遠くにひとつだけ灯る小さな街灯があった。
その灯りに向かって歩くことに、理由はいらなかった。
ただ、「進みたい」と心が言っていた。
雨はまだ止まない。
でも、彼女の傘はしっかりと空を支えていた。
「風が強いなら、少し背を低くして、ゆっくり歩けばいい」
そう思って、肩をすくめて前を見た。
そのとき、背後から風がそっと押してきた。
さっきまで前に向かって吹いていた風が、今度は背中をそっと支えるように。
それはまるで、誰かが「大丈夫、行っていいよ」と言ってくれたような気がした。
赤いレインコートのポケットの中に、温かい何かを感じた。
それは、彼女の中の「前に進みたい」という想いそのものだった。
冷たい夜の中で、それだけが心をじんわりと照らしていた。
そして気づいた。
本当は、風が止むのを待つ必要なんてなかった。
前に進もうとする気持ちが、すでに風を変え始めていたのだ。
足元の水たまりに、赤いレインコートが映った。
それは、小さな火のように、暗闇の中で確かに光っていた。
彼女はそのまま歩き続けた。
自分のリズムで、自分の道を。
風の中でも、雨の中でも、
「わたしは、進んでる」
そんなふうに、はっきりと感じられた夜だった。