12月、ふたご座の約束
――流れ星に願うより、確かなこと。
【登場人物】
• 蒼空:高校三年生の少年
• 凪咲:クラスメイトの少女
冬の空気は、吸い込むだけで胸がきゅっと締めつけられるようだった。
教室の窓ガラスが白く曇り、日が落ちるにつれて静けさが染み込んでいく。
授業が終わって何十分も経っているはずなのに、その部屋にまだ残っていたのは、蒼空と凪咲のふたりだけだった。
シャーペンの芯がノートを滑る音だけが、静寂の中に微かに響く。
凪咲はその音に耳を澄ませながら、そっと口を開いた。
「ねえ、そらくん。……12月14日って、何の日か知ってる?」
蒼空は手を止め、眉をひそめた。
「……え? クリスマスの10日前?」
「ぶっぶー。違います」
凪咲は小さく笑い、ちょっと得意げに答える。
「正解はね、ふたご座流星群」
「流星群……?」
「うん。一年で一番、流れ星がたくさん見られる日なんだって。……だから、よかったら、今度一緒に見に行かない?」
その言葉に、蒼空は驚いたように目を見開いた。
「……いいの?」
「もちろん。勉強の息抜きにもなるし」
凪咲の声は、冬の空気のように澄んでいて、それでいてどこか切なげだった。
展望台へ向かう帰り道。ふたりは並んで歩いていた。
街灯の光が凪咲の髪に反射して、淡くきらめいている。
蒼空は、手に持っていた缶ココアを一口飲んでから、口を開いた。
「……なんで、そんなに好きなの? 流星群」
凪咲は足元を見つめながら、少し間をおいて答えた。
「誰かと一緒に空を見てるって、それだけで嬉しくなるからかな。……わたし、同じ空を見ていた、っていう記憶が好きなんだ」
蒼空は、彼女の横顔をそっと見た。
そこに映っていたのは、普段より少しだけ大人びた凪咲の表情だった。
「……願いごと、するの?」
「それもあるけど……今日の星は、願うんじゃなくて、約束するために見るのかもね」
彼女の言葉が、蒼空の胸の奥に、静かに降り積もっていくようだった。
そして、12月14日。空は澄み切っていて、星々が美しく輝いていた。
ふたりは展望台に立ち、言葉少なに空を見上げていた。
「あ……また流れた」
蒼空の声に、凪咲が隣で顔を輝かせる。
「今の、見た? 長かったね……」
ふたりの間に、穏やかな沈黙が流れる。
風が頬をかすめていく音だけが、静かな時間を引き裂くように鳴った。
そのとき、凪咲がぽつりと言った。
「ねえ、そらくん。……春になったら、わたし、この町を出るの」
蒼空の時間が止まった。隣の彼女の声だけが、現実を引き戻す。
「……え?」
「東京の大学。推薦で、もう決まってたの。ずっと言えなかった……」
しんとした空気が、ふたりの間に重くのしかかる。
「でも今日、一緒に来れてよかった。……そらくんと流れ星、見れて」
その声に、蒼空はかすかに震えた。
「……凪咲」
「わたしね、流星群を一緒に見た人と、来年もまた、見たいって……ずっと思ってたの」
しばらくの沈黙のあと、蒼空は強く、けれど優しい声で答えた。
「来年、俺が行く。……東京でも、同じ空は見えるよな?」
凪咲は、涙を浮かべたまま、笑った。
「……うん。約束、してくれる?」
「するよ。……流れ星に願うより、ずっと確かな約束を」
一年後の夜。東京。
凪咲はベランダに出て、空を見上げながら震える携帯を手に取った。
「……もしもし?」
「空、見てる?」
通話の向こうから、蒼空の声が聞こえる。彼の声は、冬の星空みたいに透明だった。
「うん。今……また流れた。一つ、二つ……」
「俺も、見てる。約束、果たしに来たよ」
その言葉に、凪咲の頬を一筋の涙が伝った。
だけどその涙は、どこか温かかった。
「……ありがとう」
流れ星は、ほんの一瞬で消えてしまう。
だけど、
あの夜交わした想いと約束は、今でもずっと胸の中で、輝き続けている。
それはきっと、流れ星よりも確かな、ふたりだけの光。