No.2 婚約相手に勘違いされた
「セリーヌ、孤児院の場所をいくつか教えて。できれば、支援が急務なところを優先で」
「かしこまりましたっ! すぐに資料をご用意いたします!」
目を潤ませながら駆け出していく彼女を見送って、私は大きく息をついた。
……よし。まずは初動としては成功。
誰とも会わずに済んだし、評価もプラスになったはず。効率的に支援をしていくことで、孤児院の関係者からの評価もうなぎ登りなはずだ。そしていずれ、私がフラグ回避に失敗した時に、孤児院の子供たちか、孤児院のスタッフか。誰かは知らないけれど一助になってくれるはず。
と、私は非常に甘い。甘すぎる試算を立てていた。
けれど、心の中にはモヤモヤが残る。
やましさ? いや、ちがうな。
単純に、「全部バレたらどうしよう」という恐怖。
ぜんぶ計算していたとバレれば、偽善皇女とか呼ばれて、糾弾される。四方八方から白い目を向けられ、破滅の時が早まるのかもしれない。
いや、落ち着け私。大丈夫、大丈夫。勘違いであろうと、イメージを変えればいいのよ。そう簡単な話よ。
そう、自分に言い聞かせていると、部屋の扉がノックされた。
「ユリア様、謁見の許可をいただけますか。王太子殿下が……お見えです」
私は首を傾げた。
えーっと、うーんと。なにを仰ってますのぉ? と、心の中の令嬢が飛び出しそうになる。
「セリーヌ!? ティータイムはキャンセルしたんじゃ……!?」
「それが……殿下はお茶をいただく予定だった場所に現れなかったからと、心配して自らこちらへ……!」
いやいや、待っててよ。ほら、急に予定が入ってキャンセルになることだってあるじゃん。
どうにかしてこの場を回避。あわよくば顔すら見たくない。思考をぐるぐる巡らせるのだけれど、どうやっても正解は見えてこなくて。
「……入っていただいて」
諦めた。
言いたくないけど、言うしかない。まさか玄関前で追い返すわけにもいかないし。
そして、ドアが開き──
「ごきげんよう、ユリア」
ああ、いた。まさにゲーム立ち絵そのままの、完璧王子様。輝く金髪がまさに皇太子そのものであって、顔立ちもよく、民草のためなら命だって捨てられそうな高貴さもある。
それがセシル・フォン・アルセリアという男。王国第一王子。美貌と知性、剣の腕も一流、非の打ちどころのない王太子殿下。
──そして、将来的に私の婚約を一方的に破棄して、私の命を奪うことになる、ヒロインの攻略対象。私にとってのクソ男である。
「どうかされたのか? 急に予定を変更されたと聞いた。体調でも悪いのではと……」
うわ、やばい、めちゃくちゃ優しい笑顔。ゲームで主人公にだけ向けてたやつだ。
私にそんなの向けないで。怖い。怖いって。
しかもこの人すでに私にはマイナスな感情しか持っていないはずなのに。
どういうこと? 私を煽てて、悪者にして、気持ち良く殺そうってことなの?
「いえ、少し……急な用件が入りまして。些細なことですの。ええ、困っている孤児たちがいると聞きまして、どうしても支援を、と……」
そう言って微笑む。内心はドキドキバクバク。できるだけ善人の仮面を維持して。
「……熱でもあるんじゃないか?」
「……?」
「私の知っている君ではない」
「そうですか。私はいつもこうでしたわ。民を思いやり、自分のことは二の次。上に立つものとして至極当然のことですわ。ですから、本日のお茶会は大変に勝手ではありますがお断りさせていただきますわ。ドタキャンですわ」
だから早く帰れ。と、圧をかける。
なのにセシルは感動したような眼差しを私に向ける。
「私が君の真意を見誤っていたようだ。冷淡で身勝手だと思っていたが……深く考えていたのだな」
や、やめて。
その顔で信じないで。
この人に好感度なんて上げられたら逆にBAD ENDが近づくんだから! この人とは関わらない。私が生き延びるもっとも手っ取り早い方法だ。
「ああ……ユリア。君がそんなに民を思う方だったとは、気づけなかったことを恥じるよ」
え、ちょっと待って。これ……なんかフラグ、逆に立ってない?
──やばい、なんかセシルの目がすごい熱を帯びてる。
──完全に好感度上昇イベント踏んじゃってる!!
おかしい、おかしいって! 私、悪役皇女だ。この男に婚約破棄されて、ヒロインの当て馬にされる存在。なんでこんな流れになるの!?
あ、いや……違う。これは「チャンス」だ。
なんか好感度高くなったんならそれを使わない手はない。使えるものはぜんぶ使って、そして生き残る。
──勘違いが武器になるなら、それを最大限に活かす。
生き延びるために。
◆◇◆◇◆◇
ユリアの発した「ドタキャン」という言葉が後に、ポジティブな意味で予定をキャンセルする時に国で使われる、ある種の流行語になるのだが。ユリアはまだ知らない。