始まりのトビラ
ナイフを拾った。
普段と何も変わらない帰り道を歩いて帰宅中のことだった。
違和感を感じてふと左手を目にすると、そこには刃渡り10㎝もない小ぶりなナイフが握られていた。
それも、結構しっかりと。
突然のことで俺は驚くこともできずに、そのナイフをじっと見つめながらだらだらと閑静な住宅街を歩き進めた。
「なんなんだ? これ」
だんだんと自分の状況が不気味に思えてきて、自分でもわかるほどに早歩きになる。
早く家にたどり着きたくて、通学路を必死に歩いた。
交番に届けようか?
いや、そもそもなんで俺はナイフなんか持ってるんだ?
うーん、落とし物かも知れないが、見つけたときにはもう左手の中にあったしなぁ……。
そう思うとなぜか、自分がこのナイフの持ち主であるという気分になる。
それは違う。
俺はナイフなんか買ってないし、友達などからもらったこともない。
きっと無意識のうちに拾ったのだろう。
やっぱり、
「交番行くか」
俺には友達がいない。
もちろん、自慢ではないが。
学校で会話する人などいるにはいるが、それは例えばグループワークで課題に取り組むときだったり、落とし物を拾ってもらってお礼を言うときだったりと、そこに友情や特別な感情があるわけではない。
幼いころから一人だったんだ。
でも、別にそれが苦ってわけじゃ、無かった。
昔から影が薄かったんだと思う。うん、多分。
だから誰からも気づかれなかったし、気づかれようともしなかった。
幼稚園の遠足で俺一人、家から徒歩30分のちょっと大きめな公園に取り残されたのは、今となっては良い思い出だ。
なんなんだ。
さっきから視線を感じる。
俺は普段人からあまり見られないから、こういうのに敏感になっているのかもしれない。
誰かに見られているような感じがする。
それにこのナイフを見ていると、なんだか俺のココロの友のような、あるいは頼れる相棒のような、そんな親しみ?みたいな感覚に囚われて……。
しばらくして、俺はおもむろに、何も考えずに、それを宙へ振るった。
「うおぁ!」
裂け目??
目の前に現れたのは、宙に浮かぶ線だった。
隙間からは通学路と別の景色が見える。
驚きのあまり変な声が出てしまったが、とにかくとんでもないことが起きている。
それはゆっくりと開いていき、
____あれは…………
『お~い!!』
突然、後ろから大声をかけられる。
その声は住宅街に響き渡る。
『待ってくれ~い!!』
振り返ると、そこにはナイフを持った男がちょうど五軒ほど離れたところから、走ってこちらに向かって来ていた。
『すまないが!今からこれで君を刺~す!!!』
!?!?!?
混乱焦り恐怖。
脳がフル回転するのを感じた。
ヤバい。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
男はもうすぐ目の前まで迫ってきている。
選択肢はない。
『本当に待ってくれ~い!!お互い困ったことになる!!!!』
今はただ、逃げるのみ。
俺はその裂け目に飛び込んだ。
『あ~~~しまったなぁ』
完全に逃げられた。
先ほどのトビラも閉じてしまった。
戸桐は肩を落とした。