逆転令嬢リリアンヌのもっと楽しい!?義実家訪問〜アーランデ国でも暴れちゃいます〜6
「異議を申し上げます!!!」
あー聞いたことのある声だ。
会場内は急な展開にざわつく。
少しだけ視線を前に向けると、……ラーヴェリヒ陛下、ちょっと笑ってらっしゃる。どっちの笑みだろうなぁ。自宅謹慎というか軟禁で外に出るなんてもってのほかって聞いていたんだけれど、よくここに来られたなぁ。
「何をしている、即刻つまみ出せ!」
宰相が怒鳴ったところに、声が上がる。
「異議申し立ては受け入れなければならないだろう!」
と言ったのはターネル。ここはグルのようだ。
扉の外を守っていたはずの騎士たちの姿は消えていた。
動き出した騎士たちもターネルの言葉に次の行動をためらう。
異議申し立ては受け入れなければならないのか??
フィニアスに聞いてみたかったが、まだカーテシーを崩すわけにはいかない。後ろの騒ぎは私にはまだ、関係のないものだ。
「異議を申し上げます、陛下。フィニアスの婚約者はこのような他国の女ではなく、わたくしであるべきです」
「……」
ラーヴェリヒ陛下はそれには応えない。ジュマーナは言葉を重ねるしかない。
「カスクーチ公爵もまだお認めになっていないはずです!」
ざっとそちらへ視線が集まる。カスクーチ公爵、つまりアイリーンの父、フィニアスのお爺様だ。今回挨拶は婚約式後という話になっていた。一応贈り物は届けてある。
「陛下」
礼をとっていたフィニアスが声を上げると、陛下は頷く。
「リリアンヌ、立ってくれる?」
手を差し伸べられたので私は顔を上げた。
「リリアンヌの耳飾りはカスクーチ公爵家に代々伝わる物です。カスクーチ家の女主人に与えられます。カスクーチ公爵家には男子が生まれず、母とマクブーレ様のみでしたので、カスクーチ公爵夫人であるお祖母様から母に渡っておりました。それを先日、母からリリアンヌに贈られました。つまり、リリアンヌはカスクーチ家に認められているのです」
ジュマーナは私より後ろにいるので振り返ってその顔を見ることはできない。
だが、マクブーレの顔は嫌でも目に入った。
大変ご立腹のご様子。
というか、そんな大切なものを、アイリーンはあっさり手放したのか。
いや……そもそもそれすら気にしていなかったのか。
カスクーチ公爵は軽く目を開いていたが、口を引き結び、しかつめらしい態度のままだった。
「嘘よ!」
「いい加減にしろ、ジュマーナ。だいたい君は屋敷から出ることを禁じられているはずだ。このような公の場にいていいはずがない」
立たされたことでようやくそちらを見ることができた。
相変わらず黙っていれば儚げな、誰でも手を差し伸べ守りたくなるような容姿をしている。口を開くと苛烈な性格が露わになるのが面白い。あと、こんな時でもけなげに空色のドレスを着ている。私とはちょっと色味が違う。
目が合い、ジュマーナは拳を振るわせた。
「決闘を申し込む!」
指で真っ直ぐ私を指して、そう宣言した。
おおおおお、と貴族の間から、低い声が漏れる。
「決闘はすべての者に与えられた権利だ!」
さらにおおお、と声が上がった。
ラーヴェリヒ陛下の、先ほどまで少し笑みをたたえていた唇が、今度は一転不機嫌なそれへと変えていた。
第一妃は無表情。アイリーンはなんだろうよくわからない、ぼんやりとした目をしている。そして、マクブーレは歓喜していた。とても嬉しそうに、笑顔を隠そうともしていない。
フィニアスを見ると、怒っていた。
怒りを隠す気すらないようだ。
「フィニアス、状況を説明してくださいます?」
「……魔族の決闘は、生涯で一度だけ認められた権利だ」
「あらまあ、一度しかダメなのですね」
「その代わり、勝てば望みを叶えることができるものなんだ」
「それはそれは……ジュマーナさん。貴方が決闘を申し込んだのは、わたくしですか? フィニアスにですか?」
「はっ!? フィニアスに決闘を申し込むわけがないじゃない! あなたよ、リリアンヌ・クロフォード。フィニアスの妻の座をかけて!!」
「それは違うのではありません? わたくしまだフィニアスと正式な婚約を結んでいない状況らしいですよ。婚約式を邪魔されましたから。つまり、フィニアスの婚約者の座は空いてますから、彼の婚約者の座を手に入れたいのならフィニアスに決闘を申し込まなくてはならないんじゃなくて?」
「っ!?」
まあ、戯れ言なんだけどね。
「いや、フィニアスとリリアンヌは書面上は婚約を取り交わしているはずだ!」
またもやターネル。邪魔だなぁ……。あと、呼び捨てにするな。
ジュマーナはそれを聞いて持ち直し、私を睨み付けた。
「貴方に決闘を申し込むわ」
「その程度の調べもしてないくせにのこのこと、よくも来れましたね、ジュマーナさん」
煽っておこう。彼女結構煽られることになれてないから、感情ぐちゃぐちゃの方が魔術の扱いがおかしくなるので。
目の奥がちらちらと赤くなりだす。
やっぱり、赤目はすごいなと思う。
一属性しか持っていない魔力量でもここまでがらりと変わるのだから。
しかし、赤目の力は魔力の放出でしかないのだ。前回は食らうのが目的だったが、その真っ直ぐな力を食らわなければいい。なんなら利用する。
赤目が最強というならば、聖女たちは魔王に勝ててはいないのだから。
となるとここからは私の利を引き出さねばならない。
「陛下、わたくしが勝った場合の報償は何になるのでしょう?」
「何を言っているのだ! そなたは決闘を受ける側だろう! 報償など何もない」
ターネルの目的はなんなのだろう? 単にフィニアスを貶めたいだけ?
「いえ、魔族のルールにわたくし人族が従ういわれはないのですが……」
「フィニアスに嫁ぐのではないか」
「まだ嫁いでおりませんから。婚約のみです。それに、嫁ごうが嫁ぐまいが私は人族ですので、魔族のルールに従う気はあまりないのです。根本的に違いますからね」
「戯れ言を!!」
「黙れターネル」
それまでことの成り行きを見ていたラーヴェリヒ陛下がそう言うと、場は静まりかえった。
「リリアンヌは人族だ。我々のしきたりに従えというのは無理な話だ。大体お前は何を勝手に話を進めているのだ。何か? お前も代償を差し出すというのか? 関係のないものは口を閉じていろ」
いやほんとそれよ。
ターネルの狙いがわからない。
フィニアスが臣籍降下したことによって、敵は第四王子。ああ、ジュマーナの望みを叶えることでフィニアスからの第四王子への支援を切ろうとしているのか? それだけにしてはやたらと肩入れしているが。
「とはいえ、先ほどの口ぶりだと、勝利した場合の条件によっては決闘を受けてもらえるということか?」
「そうですね。わたくしにも勝負を受けるだけの利があるのならばと思います。アーランデ国のこと、魔族のことはフィニアスの婚約者となるにあたってたくさん学びました。決闘が魔族にとって根幹を支える大切な物だと言うことも、すべてではありませんが理解しているつもりです」
そうです。決闘知ってました。フィニアスも私が知っているのを知っていた。知っててあのやりとりなのだが気づいてるかな?
「本当に……努力家な女性だな。何かあるか?」
「そうですね。……フィニアスとの婚約はそのままでよろしいのですよね?」
「もちろん、それはそなたの元からの約束だ」
「ならば……こちらに遊びに来たとき、今泊まっているフィニアスの元宮殿をそのまま使えるよう、いただきたいのと、王都の一等地に店舗を開く許可をください。できれば陛下の支援が欲しいです」
あの宮殿本当に素敵だったのだ。
今ジュマーナは王女の座を剥奪され、カスクーチの離宮に幽閉されているという話だった。つまり、こちらに遊びに来たときカスクーチの屋敷にお泊まりしたら出会う可能性があるということ。それは御免被るのでせっかくだから欲を出してみた!
一等地と王族の支援は、カスクーチに事業を乗っ取られないため。
「いいだろう。それがリリアンヌが勝利したとき得るものだ」
「ジュマーナはフィニアスの婚約者の座。それでいいな?」
とても不満そうな彼女は小さく頷いた。
「リリアンヌ……家なら別に建ててあげるから、そんな決闘受けなくてもいいのに」
「だってあそこはフィニアスが幼少期を過ごした思い出の場所でしょう? それに、お庭の姿も、とても素敵だったし」
「ああ、リリアンヌ、君はなんて可愛いんだ」
と、ぎゅっとね、ぎゅっと抱きしめられました。
や、やめてー。せっかくセットした髪の毛が崩れるからっ!
ふふふと笑ってたからこれ、わざとだ。
案の定隙間から見えたジュマーナの顔色がとんでもないことになっていた。
さすがに訓練用の服は持ってきていなかった。ドレスしかないって!
ということで、騎士の服を急遽用意してもらったのだ。
護衛の女性騎士とは体格が違いすぎたというか、うん、私小さいのよ……。ドレスのときは頑張ってヒールの高い靴を履いているが、普段の服だとフィニアスとかなりの身長差があるのだ。ちょっとそこは劣等感を抱いている。
王宮の一室で、私に合う服や靴を揃えてもらっている間に、貴族たちは広間で待機。少し早めに飲み物や軽食が出されているという。
家族は状況を見てくると意気揚々と完全戦闘モードで出て行った。
怖いわ……。
フィニアスとは話がしていたかったので、着替えは仕切りのこちら側ですませることにして、準備が出来るまで一緒にいてもらった。
「ターネル様の目的は何でしょう」
「リリアンヌを側妃にと言っていたのだろう? エブレン様に対抗するためにしてもおかしいんだ。エブレン様への私の支持を、ジュマーナを妻としたときに取り下げるよう約束しているとしてもな」
「マクブーレ様のお子様が男児でも対抗せず支持はターネル様へ、とか? でもターネル様って、王位継承権を今はお持ちでないんでしょう?」
「そうだな……正直、とっとと臣籍降下しろという話もあった人だ。それが嫌で、臣籍降下しないで王族であり続けるための立ち位置作りか?」
「ジュマーナ様は単にフィニアス様のことが好きだからというだけな気がしますしね」
うーむ、と私が悩んでいたら、フィニアスにまたもやぎゅっとされた。
「私は彼女のことは本当に、なんとも……いや、むしろ今は嫌悪感まである」
「わ、わかってます。その、フィニアスがわたくしのことを想ってくださっているのは、十分すぎるほど、わかってますから」
「本当に? もっともっとわかってもらわないとと思ってたんだが」
もう、十分!!
「リリアンヌの実力はわかっているから、心配はないとは思うんだが、怪我のないよう。お願いだから気をつけて」
「はい。これは、正式に、公に、ジュマーナさんをぼっこぼこにしていい機会がやってきたということだと正しく理解していますから大丈夫ですわ」
「リリアンヌ、ジュマーナのこと……」
「いい加減にうっとおしいので、出る杭は、出てきたことを後悔させ、二度と出てくる気になれぬよう、徹底的に叩きのめしておきます」
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