悪役令嬢スカーレットの巻き戻らない報復〜リリアンヌの分まで覚悟はよろしくて?〜4
そうして、証拠とやらが次々否定され、彼らがしたことはただの言いがかりと成り果てた。
残ったのは、一年に一度、今年の三年生にしてみれば一生に一度の星降る宴を台無しにされ、偽証にまみれた証拠で一方的な暴言と婚約破棄。子爵令嬢への暴行。
国王両陛下が外遊から大急ぎで帰って来た頃には、王太子としての資格がないと廃嫡の声が大きく、第二王子オズモンドの婚約者としてアーランデからジュマーナ王女が留学することがほぼほぼ決定されていた。
あまりの惨状に、国王は帰国当日に疲れ切って寝込んだ。
「次の秋には魔王が復活するのよ!? 聖女の私をそんな風に扱っていい訳がない!」
マーガレットは退学を、ギルベルト殿下は神殿へという話が出たとき、彼女は立ち上がり叫ぶ。
「魔王が?」
ざわりと会議室の空気が揺れる。
「それは聖女の能力でわかったことか?」
フィニアスの声がとても冷たい。
すっかりスカーレット様の左肩あたりが定位置になっている私も、なんだか怖くなる。
「そ、そうよ。だから魔王に立ち向かうために――」
「やはり、魔導具の修理に精通した者をお借りできないか?」
「そこはグスマン伯爵と相談し、すぐにでも決めよう」
「よろしくお願いします。この女はもしかして役立つかもしれないから一時的に連れていきたい。用が済めばあとはどうとでも」
「フィニアス!?」
信じられないものを見る目で彼にすがるが、フィニアスはまったく心揺れる様子はなかった。
「イライジャ……」
「頑張ってね、聖女ちゃん」
イライジャはあくまでフィニアスのために動くのだ。
◇ ◇ ◇
夏なので、日が長い。
あれ以来スカーレット様は青いドレスを着ることがなくなった。
どんなに忙しくても毎日ベッドで眠る私のもとへやってくる。
部屋の中が夕暮れの色に染まる。
「リリアンヌ。やってやったわよ。全部始末してやったわ」
はい、スカーレット様。しっかり見ておりました。完膚なきまでに叩きのめした……というか、当然のことをしたまでです。
だって、スカーレット様は何も悪くないのですから。
もう少し、私たちの立ち回りがよかったら、ここまで酷い惨状にはならなかったかもしれません。
私はそこを後悔しています。
結局スカーレット様に全部お任せすることになってしまいました。
諫めたりしたことは、結果的にスカーレット様を追い込んでしまいました。
「あとは貴方の目が覚めるだけなのよ、リリアンヌ。なぜ起きてくれないの?」
また泣かせてしまった。
スカーレット様にはいつも笑顔でいていただきたいのに。
「リリアンヌ……早く……」
そう言って、スカーレット様は私の手を取る。その指先が手首にあるブレスレットに触れる。
それは最近スカーレット様が私にくださったものだ。スカーレット様からのプレゼントだと、嬉しくて常に身につけていた。
ピリリと、腕がしびれる。
スカーレット様の横で浮かんでいた私は、バンッと髪の毛を掴まれ引きずられたような衝撃を受けた。
何度触れようとしても触れられなかったスカーレット様の手の感触が、指先に現れる。
「リリアンヌ!?」
私はそのまま後ろに向かって引きずられ、闇の中に落ちていくような感覚に陥った。
あたりには星々が輝いている。
暗闇の中に、たくさんの星がこぼれ落ちている。
どこかで見たその光景を思い出そうとするが、そのまま落ちていく。
暗闇の中へ、星々の元へ。
「リリアンヌ!!」
目の前がグルングルンと回る。
「気がついた!」
スカーレット様が私の名前を呼ぶ声と、すぐそば、とても近くで響く低い声。
「フィニアス?」
ああ、と彼は安堵のため息を漏らした。
「リリアンヌ大丈夫? 気分は?」
「なんか……よく」
わからない。とてもおかしな夢を見た。
「変な様子はないわね、よかった」
スカーレット様の手で両頬を包みこまれる。そこからほんのりと温かい魔力が伝わってきた。
スカーレット様も魔力が増え、属性を増やした。光だった。
私は次第に自分の置かれた状況を把握する。
私を抱きかかえているのはフィニアスだ。
「お、起きます……」
スカーレット様の前で恥ずかしいと身を起こそうとするが、ぐっと腕に力がこもる。
「ダメだよ、倒れたんだ。しばらくはこのままだ」
「そうしていなさい。スカーレット、あれをこちらに」
ぐぬっ、偉そうに、スカーレット様に命じるのはメイナードだ。
「元はと言えばメイナード様の作った魔導具がっ!」
「それを言うか? 私とスカーレットの共同開発だ」
むぐぐぐぐ。
「やはり、私の魔力で仕上げたせいか? 反発だったな」
今日は、お願いしていた魔導具ができたと言うのでその試運転だったのだ。使うのだから私がと魔力を込めたら跳ね飛ばされた。
そして頭を打ったらしい。
「仕上げはそなたがせねばならないようだ」
「ずいぶんと無責任なお言葉ですね」
あっ……フィニアスちょっと怒ってる。これはマズイ。
私は彼の服をちょいちょいと引っ張る。
「フィニアス、お願いしたのは私なのです」
喧嘩はやめよう。へそを曲げて作ってくれないと困る。メイナード、実はけっこう子どもっぽいところがある。あと、基本自信家だから、たぶんこの失敗で機嫌が悪い。自分自身に怒ってしまってるタイプ。
「めまいも収まりましたから、大丈夫ですよ」
だから、やめてね? と目で訴える。
すると、フィニアスの空色の瞳が柔らかい色に包まれた。
「でももう少しこのままでいよう」
ここはメイナードの研究室だ。フィニアスは私を抱きかかえて立ち上がると、壁際のソファに座る。な、なんだこの体勢は、フィニアスの太ももに頭を乗せて寝かされた。
スカーレット様とメイナードはまた新しく魔導具を作り始めた。
作成をお願いしたのは確かに私だ。
二人の距離が近くて、そこ離れてと叫びたくなる。
まだね、まだ、婚約者だから。
ラングウェル公爵からも見張るよう言われてますから!!
「わたくしどのくらい気を失っていたのですか?」
「ん? そんなに長い間じゃないよ。一分もしなかった」
その短い時間で、私はあれを見たのか。
もし、ブレスレットの力で時を遡らなかったら、たぶんそうなったであろう未来。
楽しそうに語らうスカーレット様の姿に、私は改めてこれで良かったと思う。
あんなに悲しそうにして、あんなに怒っていたスカーレット様はもういないのだ。
そして――。
真上にあるフィニアスを見つめる。
あのもやもやぐるぐるした気持ち。
私は自分で思っている以上に、フィニアスのことを……。
「何? どうかした?」
彼が私の頬をすっと撫でる。
スキンシップが多いのが、困るけど。
「いえ……もう大丈夫ですから起きます」
今度は止められなかった。
フィニアスの隣でスカーレット様を見る。生き生きとして、魔導具作りが楽しくて仕方ない様子だ。
「リリアンヌ、仕上げの魔力を込めてくれる?」
笑顔で振り返るスカーレット様に私は頷き隣に立つ。
杖を取り出すと素材の魔石に魔力を通す。
出来上がった魔石の奥には複雑な魔術式がチラチラと見える。
「綺麗な、すみれ色ですね」
スカーレット様の瞳の色だ。
「あなたへのプレゼントがなかなか難しくなったのよ。これくらい主張させてくれてもいいでしょう?」
少しだけフィニアスを睨むスカーレット様に私は感激する。
え、これって、スカーレット様の独占欲ちょっと出てる?
わぁ……幸せー!
「わたくしはこれまでもこれからも、スカーレット様の手足です」
「あらそれは嫌よ。あなたは、リリアンヌは、わたくしの一番大切な友人よ」
さっきのよくわからない夢のような出来事の後で、これは反則です。
目が潤むのが恥ずかしくて、いっそのことと、スカーレット様に抱きつく。
スカーレット様の薔薇の香りが、ふんわりと私を包みこんだ。
了
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