悪役令嬢スカーレットの巻き戻らない報復〜リリアンヌの分まで覚悟はよろしくて?〜2
第一の犠牲者。
アーノルド・ヘルキャット。
彼は父親を伴いラングウェル公爵家の応接室にやってきた。
どちらも大変難しい顔をしていた。
「忙しい中ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ愚息が多大なる迷惑をおかけしました」
それにスカーレット様は応えず、二人を椅子へ座るよう促す。
この応接室は、ソファとローテーブルのような話し合う場所ではない。どちらかというと会議をするための部屋だ。今はテーブルの上に資料が山ほど乗っている。
「さて、星降る宴でアーノルド様が読み上げた、わたくしが行った悪行とやらを精査したものです。そちらから述べた文章を提出していただきたかったのですが、拒否されたので、その場に居合わせた令息令嬢からの聞き取りで、皆の覚えていたものを書き出したのですが、これで合っていますでしょうか? もし間違っている部分があれば是非教えてください。ええ、人の記憶は曖昧ですから、間違ったことも多々あるでしょうから」
アーノルドのこの顔は、どういった感情なのだろう?
「沈黙は正しく書かれていると受け取ることにします」
「私もそう理解することをここに宣言します」
どうやらヘルキャット伯爵は、息子の味方ではないらしい。
「……書かれていることに表現の違いはあれ相違はございません」
「いくつか確認したいことがございます。答えたくないのであれば、口を閉じていても構いません」
スカーレット様の美しい筆跡がつらつらと並ぶ。その書面にアーノルドは目が釘付けとなった。
「いくつか挙げられていたわたくしが行ったという聖女マーガレットへの攻撃。その証言が誰からもたらされたもので、誰がそれを支持したのかという一覧ですわ」
ふよふよと宙に浮く私も、アーノルドの後ろからその書面をしっかりと確認する。
まず、陰口、いじめ。誰の口からどんなものがと並べてある。
あれがいじめられるようなタイプに見えないんだが……?
植木鉢事件は、完全なる言いがかり。なんで彼女がその時間に私たちがお茶会をしている下を通ると? わざわざ通ってくれたのか? しかもそこは私たちが普段から使ってる談話室なので、お茶会開催を知っていれば通るのは容易いだろう。だが反対にマーガレットがその下を通るなんて、呼び出しでもしない限り無理だ。
そうなると、植木鉢事件目撃者が誰かということになるが、悲鳴を聞いた生徒が駆けつけ、割れた植木鉢と、震えるマーガレットを目撃したところから話が始まっているのだ。
その駆けつけた生徒たち一覧。
次に突き飛ばし事件。
これも悲鳴を聞いた生徒が駆けつけるところから話が始まる。
「このころになるといつも誰かとご一緒なさっていたマーガレットがなぜ一人で歩いていたのかが謎なのですが、そこら辺はお聞きになって?」
「……」
「わたくしきちんとお話を伺いました。普段マーガレットと行動をともにしている生徒たち一人一人にね」
わたくしもその場に居合わせました。今日の午前中です。全員屋敷に呼びつけたんですよ、スカーレット様。聞く案件の一覧を作り、全員から。ラングウェル公爵と並んで座るスカーレット様の前に、伯爵以下の両親と生徒は立たされて、ただ、淡々と事実確認がなされてました。
あんな面接怖くて絶対受けたくない。
ちなみに、その呼び出しメンバーは取り巻きメンバー。私が一覧表にして以前渡したものが活用されたようだ。
スカーレット様のお役に立てて光栄です!
「少し一人で考えたいことがあるからと、マーガレットはちょうどこの二つの件の時には皆を遠ざけていたとか。人を遠ざけると何か事件が起こるらしいですわね」
「その件については我々の方でも昨日確認済みです。こちらに証言の資料が」
ヘルキャット伯爵様が差し出した紙の束。
同じじゃん!!!
やば、え、グスマン伯爵と、ベルジーク騎士団長も同席からの署名。
……三人から圧迫面接受けたの?
宰相と、魔塔主と、騎士団長から? ご愁傷様です。あー、だから、スカーレット様とラングウェル公爵様の前に並んだ彼らの顔面が、疲れ切っていたのか?
「さて、細々した件も目を通してくださいね。この、噴水に突き飛ばされた件とか、ゴミが降ってきた件とか。全部、マーガレットが人を遠ざけ一人のときに起きたことだと、証言が一致しております」
つまり、一人にならないと事件は起きない。
「なぜこれだけ、被害に遭っているという認識があって、屋外で一人きりになるのか、正直彼女の考えがわかりませんわ……アーノルド様。なぜこれを、さも、わたくしが指示したような言い方をしたのか教えてくださいます?」
膝の上に並んだ彼の両こぶしがブルブルと震えている。
「将来の宰相と言われている貴方が、このような証言であそこまで言い切るとは思えないのですよ。……つまり、彼らの証言が翻された、と言うことでよろしいでしょうか?」
アーノルドは沈黙を貫いている。つまり、イエスだ。
「ヘルキャット伯爵様。もう少し、証拠の取り方を学ばせた方がよろしいのではないでしょうか?」
「私の指導不足でございます」
「父上!?」
「事実です。アーノルド様。この程度で翻されるような証言など、証言とは言えないのですよ。これは国内のことですが、これが国外とのやりとりであったとしたらどうするのです? 証拠というのは、まず文章。魔導具をもってしての記録、保証。偽証による罰則の提示。仲間だ友人だですべての事柄を鵜呑みにする愚か者に国の重役など任せてはおけないのです」
まだ学生だからとは、とうてい言えないだろう。
今回は王太子の婚約という国の大事が関わっているのだから。
子爵男爵あたりの令息令嬢など、圧力さえあればすぐ証言は変わる。特に今回のような、事実ではないことを証言していた場合、事実を口にするのは容易いことだ。
ずぶ濡れのマーガレットを前にして、突き飛ばされた、確かあれは、スカーレット様の取り巻きの令嬢……などと言われ、それが伝達されていく上で簡略化されて聞いたことが事実にすり替わることなどいくらでもある。
改めて聞かれて、スカーレット様のとりまきの令嬢だと【思う】と言われたと、一番最初の証言に戻すのは簡単だ。
「今後もし、同じような杜撰な証拠集めで冤罪が生まれたとき、貴方はどうなさるおつもりですか? その証言を言った者が悪いとおっしゃるつもりですか?」
引き結んだ口は、開くことはない。
「もう一度お勉強をしなおしてくださいね、アーノルド様」
にっこり笑ったスカーレット様に、アーノルドは酷く傷ついた顔をしていた。
◇ ◇ ◇
第二の犠牲者。
クリフォード・ベルジーク。
「うちの愚息が――」
同じようなやりとりが行われる。
クリフォードは……ほっぺた腫れてらっしゃいますね。治癒すらしてもらえなかったのか、それともベルジーク騎士団長のパフォーマンスか。
「クリフォード様は、聖女の騎士を宣言していたとか……それは任命された騎士のお仕事ですわね。クリフォード様はまだ学生ですし、女性を護るとなればまずは婚約者でらっしゃるコリンナ・シェラード様をお守りすべきかと。もしかしてそちらも婚約を破棄されたのですか?」
「まさか、シェラード家とは今でも婚約者としてのお付き合いをさせていただいております」
「あら、そうでしたの。それにしては、婚約者でもない女性の周りをうろちょろと、見苦しいですわね」
スカーレット様の言葉に、クリフォードは鋭い眼差しを向けてくる。
おうおう、良い度胸だ。
返り討ちですわよ?
「言いたいことがあるならはっきりと言うべきですわ。クリフォード様。ここでの会話は記録されておりましてよ」
それは最初に宣言された。魔石を山ほど使う大変高価な魔導具を、魔塔主が持ってきましたね。
「聖女を妬んだあなたたちが、マーガレットを攻撃するから護り手が必要だったまで」
「妬んだ?」
妬む?
「彼女のどこに妬む要素があるのでしょう?」
結局クラスもCのまま、勉強が出来るわけでもなく、魔力もそう大して多いわけでもなく、単なる聖属性でしかなく、卒業後は神殿に所属し、魔王がいなくなった今の世では、日々結界に魔力をこめるしかない。
「勉学という点において、特別な成績を残すわけでもなく、誰もがうらやむ魔力量を誇るでなく、単なる聖属性持ちというだけです。神殿に所属し、日々結界に魔力をこめて暮らすのでしょう? つまらない人生ですわ」
完全にシンクロしましたね、スカーレット様!
「何やらわたくしのせいにされている事柄の数々は、証言者がその証言を翻しました。すべて、わたくしや、わたくしのとりまきにされたというマーガレットの証言のみです。だいたい、わたくしまったく別のところで目撃されておりますからね、わたくしが彼女を突き飛ばしたという時間」
そう、見られていた。
私とスカーレット様が一緒にいるところを見ていた生徒がいた。ただ、時勢に乗るため黙っていただけ。最終的にこちらに乗る方が利になると、証言を携えやってきた。
「それよりも貴方の行動ですわ、クリフォード様。本来国に仕え、民を守る騎士を目指す貴方が、婚約者の一人も守れないなんて」
「そなたたちがマーガレットにいわれのないことを!!」
「だから、それは何ですか? もしかして、リリアンヌが、婚約者のいる殿下に近づき過ぎだ。いくら学園内とはいえ、相手のいる男性に対する態度ではない。貴族としての振る舞いを忘れるなと再三注意したことですか? いじわる? 貴族である貴方の感覚で、それはいじわるを言っていることになるのですか? 妬みで言っていると?」
「ま、マーガレットは男爵令嬢で……」
「爵位の低い、男爵令嬢で、貴族としての教育が行き届いていないから、仕方ないと? それくらいは目をつむるべきだと? だから、クリフォード様に馴れ馴れしい態度をとり、一緒に城下町へ出掛けることも問題ないと? 未婚の男女が? 親しげに過ごすことが、たとえ間違いがないとしても外から見ればどう映るか理解できなかったと?」
虫けらを見る、蔑む瞳で言い放つ。
「それは相手をも貶める行動でしてよ、クリフォード様」
呆然と、その眼差しを受け止めていた。
「リリアンヌもですが、アイネアス様やコリンナ様もマーガレットに諫言なさっていましたわ。当然の資格です。自分の婚約者が、人目もはばからず親しげに過ごしているのですから。反対にコリンナ様が別の男性と親しくされていたらどう思われると? あなたはそれを許せるのですか?」
「許せるはずが――」
「それが、貴方に対する周りの評価ですのよ?」
辛辣ですけど、事実ですよ、クリフォード! あんたの評価は今地べたを這いずり回ってます。騎士団長なんてとうてい無理。
クリフォードちょっと考えなしなところあるからなぁ。そこをコリンナが上手に補っていけるはずだったんだ。
たぶん、ベルジーク騎士団長もその辺りを考えてのコリンナだったはず。
「今後身の振り方はよく考えた方がよろしくてよ?」




