すごい美丈夫が現れた! 戦う?
聖女の出現とともに、神殿の権力が増した。そして、恥知らずにも政治に介入しようとした。余計な口や手を出そうとすれば叩かれて当然だ。
先日、市民に手洗いの習慣づけを推進するのは神殿が担当するという話になった。あちらのミスをこれ幸いと、すべて神殿主導にさせただけだ。
平民はたくさんいる。それこそ貴族よりずっとたくさんだ。魔導具の設置場所も計画をたてなければならず、それよりも領地の方が設置場所の融通がきく。どうしても王都の魔導具は後回しになっていた。そのため、石鹸が大量に必要になってしまったらしい。
神殿がしたのは、国が確保していた石鹸を、買い叩くことだった。
最初はただで寄越せと要求したという。厚かましいにもほどがあった。
もちろんことの経緯を把握していた国は拒否。
保管料はなしとして、購入時の金額そのままならばと言うと、神殿は激怒したそうだ。
交渉窓口はもちろんラングウェル公爵。激怒されても先日の話し合いがそうだったのでと流し、さらに、なぜそれだけの金がないのだと疑問を呈した。そちらが要求した程度は、ラングウェル家門がした寄付程度でまかなえるはずだと。
毎年ものすごく、寄付していたようです。
そこから議論に発展し、とうとう書類を揃えて神殿への財産目録請求となった。
このタイミングなのはやはり、ギルベルト殿下とスカーレット様の間の亀裂に、ウォルポート公爵家への牽制だった。マーガレットを養子にという話がかなり進んでいると聞こえてきたそうだ。
これだけの話を私が知っているのは、とうとうラングウェル公爵から直接お手紙が来ることになっているからだ。スカーレット様を取り巻く状況については細かく知っておきたいから助かる。返信ついでにイライジャの気遣いを書いておいたら、仕方ないから苦渋の決断だが、許可をする。今回だけだ! 今回だけだからな!! としつこいくらいに書いてあった。これ、ギルベルト殿下にもう嫁にやる気ないよね?? ここまで溺愛していて、あの殿下に嫁にやるとか、刺し殺しそうな勢いだろう。
殿下はすっかり一日中マーガレットべったりになった。そしてこちらとかなり距離をあけている。
スカーレット様はそれを気にする様子もなく日々、研究室に入り浸っていた。私は行きはフィニアスとともにそれを送り、そのまま図書館で魔術式の勉強だ。相変わらず分厚い法律書を開いているので、どうしてなのか聞くが、内緒と言って教えてくれない。
イライジャはこの時間は鍛錬に向かっている。最近は他のご令嬢たちも図書館へ来ることは少なくなっていて、二人きりのことが多い。向かいの席ではなく隣に座り、ひそひそと話しかけてくる。
「ドレス届いただろう? 着てみた?」
「い、一応合わせました。とても素敵でした」
アンジェラが絶賛していた。髪飾りも何から何まで私によく似合っていると、褒めまくられた。
「早く見たいな……あと三日か」
「そうですね。一年、早かったです」
「リリアンヌと出会って、一年、だね」
最近する、そのフィニアスのふんわりとした甘い笑顔に、私は思わず顔をそらすのだ。
「夏の休暇はさ、長いだろう? 婚約を許してもらえたら、一緒に過ごさない?」
「採集ですか?」
「それもいいけど……アーランデに行ってみるとか?」
「っ!! 結婚前に旅行なんて、ダメ、です」
私が慌てて全身で拒否するが、フィニアスはそれを笑う。
「ご家族でいかがですか、ってことなんだけど。何? 二人でって考えてくれたの?」
早とちり! ちょっと早とちりした!
「まあただ、ちょっとこちらで準備しないといけないこともあるし、今年は無理かな。来年なら婚約者として連れて行けるし、家族には正直面倒だから会わなくていいんだけど、あちらには海があるんだ。こことはまったく違った景色だし、一度一緒に行けるといいな」
遠くを見て語る姿に、自然と言葉がこぼれていた。
「そうですね。フィニアスの生まれた土地は、少し見てみたい」
「そうだね。見てもらいたい。今年の夏は……クロフォード領にお邪魔するくらい、かな?」
それは、それで、とても、とんでもなく大騒ぎになる気がする。
「お父様とお兄様の相手をする、と」
「強敵だよね。でもこの先ずっとだから逃げてもいられないし」
そう言って私の頬に触れた。
「リリアンヌも守ってくれるんだろう?」
顔から、火が出るかと思った!!
「自分の身は自分で……」
「それは冷たいな。私は全力で君を守るというのに」
この、ちょいちょい仕掛けてくるのをやめてぇぇ!! こちらの心臓が保たない。
「フィニアスは、こういったことには手慣れているのですね……」
少々恨みのこもった瞳で見ると、すました顔で首を傾げる。
「私は他の女性に目を向けたことはないよ。あの日から、君に一途だ」
「あの日?」
「入学試験の日から、ね」
フィニアスよりも、意味のわからないマーガレットに遭ったことで上書きされてしまっている。そんなことを言ったらたぶん、フィニアスの敵意がマーガレットに向くだろう。
「可愛い女の子が潤んだ瞳でたたずんでいたら、一目惚れもするさ」
今日は普段に増してとんでもないことを言い出す。
何を言ってもさらに言葉を尽くされる気がして、私はとにかくやめさせるために本を持ち上げ顔を隠す。
「ここは図書館ですよ、フィニアス」
「じゃあ、ガゼボでも行く?」
「行きませんっ!」
イライジャ早く帰ってきて!!
神殿周りはかなりごたついているらしく、飛び火を懸念したウォルポート公爵家への養子は話が先延ばしにされたと連絡があった。夏期休暇の前にマーガレット・ウォルポートにならなくてほっとする。
すべてが前倒しでことが起きているのだ。スカーレット様への婚約破棄も、今回の星降る宴であってもおかしくない。
そう確信したのは、共有談話室で待つスカーレット様を、ギルベルト殿下がとうとう迎えに来なかったときだった。
周囲のそわそわした雰囲気とは違い、スカーレット様は悠然と微笑み椅子に座って待っていた。フィニアスには悪いけれど、私も当然待機だ。
他の待ち合わせの令嬢令息が申し訳なさそうにしながらスカーレット様へ挨拶をし、先に出ていく。そんな彼らにまったく陰りのない笑顔で挨拶を返すのだ。
「リリアンヌ、もう少し落ち着こう?」
「わたくしは十分平常心ですわ」
準備万端です。ええ。
「それにしては圧が強い」
イライジャが言う。
それくらいは我慢してくださいませ!
予想して予定していても腹立たしいことには変わりないんです。
そしてとうとう残されたのは私たちだけになった。皆に先に行ってもらい、時間も迫ってきたので立ち上がる。
すると、イライジャがすっとスカーレット様の前に跪いた。
「エスコートをお許し願えますか?」
「ずいぶんと気を遣ってもらったのね」
スカーレット様が差し出されたその手に重ねようとしたとき、開かれた扉から人が入ってくる。その気配に皆がそちらを向き、息を呑んだ。
なんかすごい美丈夫が現れた。
え?
誰……なんてわけはなく。
「フォレスト先生!?」
「なんだ、イライジャがエスコートするのか。なら私は必要ないかな」
普段は適当に結んでいる金髪を、綺麗に梳いてまとめ、服も完璧な装いだ。完璧過ぎる。皆、驚いて固まっていたが、イライジャが一番早く動いた。
立ち上がりその場を空けてフィニアスの後ろに下がる。
「一応許可はもらったよ」
そう言ってスカーレット様の前に手を差し出す。優雅なその仕草に見惚れる。
お、大人の魅力全開っ!
スカーレット様も心なしか頬を染めているような気がする。気のせい……気のせいだよね?
二人が腕を組んで進み出すと私たちも後ろに続く。
「リリアンヌ嬢は知ってたの?」
後ろからこそっと声をかけられて、全力で首を振る。
「予想外の予定外ですっ」
さてこれを見て、奴らはどんな反応を示すのか。
ダンスホールはたくさんの人であふれかえっていた。中央にダンスを披露する場所。その周囲にいくつもテーブルと机が並べられ、飲み物は自分で取りに行く。音楽は魔導具でずっと流れているので、好きな曲の時に踊りに行けばいい。
開始時刻数分前で、参加予定の生徒はほとんど集まっていた。
扉が開かれると、自然と注目が集まり、そして皆が驚きの表情となる。
わかる。
私も本当にびっくり。またこれが似合う。スカーレット様も背が高い方だが、メイナードはさらに高い。お似合い過ぎてびっくりなのだ。
周囲に置かれているテーブルの中でも、一番の席には予想通りギルベルト殿下とマーガレットがいた。
ただ、マーガレットのドレスはギルベルト殿下の瞳の色と同じ青色だ。囲んでる男子生徒がいなくなって、ギルベルト殿下の色を纏っていても問題なくなったからか?
出入り口は彼らのいるテーブルとは真逆の位置にあり、遠くはあったがその表情が激変したのはよくわかった。
ギルベルト殿下はスカーレット様と、そしてメイナードを見て心底驚いた顔をしている。
イライジャではこうはいかなかっただろう。いい気味だ。
扉が閉められ、音楽が流れ出す。
星降る宴の始まりだ。ファーストダンスはお相手が決まった者のみと暗黙の了解がある。婚約者同士、恋人同士。はっきりとそうでない者はこれに参加しない。そうすることで、この後のダンスはあくまでダンスであると知らしめる。
「リリアンヌ、行こうか」
フィニアスに促され、私はちらりとスカーレット様を見やる。
「行ってらっしゃい。せいぜい見せつけてやりなさい」
スカーレット様が臨戦態勢だ。
「我が未来の婚約者様、どうぞ、お手を」
組んでいたそれをほどき、私はフィニアスの手を取る。
ホールのあちこちからダンスのために中央へ男女が集まってきた。
「フィニアス、わたくし、あちらの前で踊りたいわ」
「愛しい人の望むままに」
二人は踊れない。出てこれるものなら出てきてみろ。
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まあ、戦っても負けます。




