気恥ずかしいドレス選び
学園が心配なので、学園近くの魔の森に罠の設置を急ぐと言う話がされ、解散となった。
メイナードの転移で学園へ戻ると午後からは自由時間だ。スカーレット様はそのままメイナードの研究室へ向かった。もちろんデクランも。
となると、私はフィニアスと一緒だ。
「このあとガゼボで話さない?」
「何を、話すのですか?」
「私たちの将来について」
それはあまりまだ触れたくない話題である。
「午後からはお勉強ですよ! もうすぐ試験なのですから」
「リリアンヌは勉強は必要ないだろう?」
「でも、イライジャさんに教えると約束しました」
二人きりになるのはあのテントのことがあるのでちょっとためらってしまう。
「私はとても紳士的だと思うんだけど」
「では、紳士的に談話室でお勉強しましょう?」
「仕方ないな、それがリリアンヌの望みなら」
ということで、談話室だ。
イライジャは今回も成績優秀を狙って、クラスを一つあげるのを目標としているらしい。二年もまたマーガレットと同じクラスでイベントの時にまとわりつかれるのが嫌だと言っていた。まあ、最近はだいぶましになってきたそうだが。
「リリアンヌ嬢~! またヤマを、ヤマをください」
前回の歴史が当たりまくったせいだろう。まあ、ほぼ問題を知っているようなものだから、当たっていて当然なのだが。しかし、前回の試験を踏まえて未来は変わってきているだろう。今回も当たるとは思えない。
「ヤマは道の先にあります。たぶんここは絶対押さえておいて損はないでしょうけど、あとはなんとも言えません」
とにかく流れを押さえてあとは読み合い。私もさすがに復習した。
「算術はまあなんとか、一番最後の問題は捨てるとして……座学の魔術はまあシンボルはきちんと覚えてるし大丈夫だ。法律か……法律なぁ」
これもまた暗記科目だ。
「基礎の基礎ですから、頑張りましょうね」
「うん……」
一緒のテーブルに座るまでは想定内だが、フィニアスはほほ隣に座るのだ。
勉強をしに来たクラブの生徒たちに微笑ましく見守られている気がする。
「法律なら私が教えてやるというのに」
「フィニアスは厳しいから嫌だ。覚えろしか言わないし」
「覚えるしかない教科だからなあ」
試験勉強というのは辛いものなのだ。
夕食時、フィニアスとイライジャとともに食堂へ向かうと、ちょうどマーガレットたちと出くわした。
私がフィニアスと腕を組んでいるのをじっと見られる。
うん、最近移動はずっとこれなんだよね。
「こんばんは」
私が挨拶をするが、ギルベルト殿下はともかくマーガレットすら返事をしない。相変わらず礼儀がなっていない。が、まあここは学園だから男爵令嬢風情がなどというわけにはいかなかった。こちらの礼儀は尽くした。
「リリアンヌは何にする?」
「そうですね……昨日はお肉でしたのでお魚かしら」
「私も同じものにしようかな」
お願いしていないのに仲良しアピールに手を貸してくれるとは。
と思ったが単にこれが素なのかもしれない。
「今日は二人でテラス席に行こうと思ってるから」
「あら、ごゆっくり」
「本当に仲の良いこと」
食堂は二階にあって、外に出ることができる。もうかなり気温が上がってきているので、夜も寒くない。むしろ陽が落ちかけで風が吹いて気持ちがいいくらいだ。
「テラス席、聞いてませんけど!」
「いいだろ? 昼間二人で話ができなかったから」
しかしいざ話すとなるとまたフィニアスは笑顔のまま黙っているのだ。
「なんでしょう」
このままでは食事が終わってしまうと、仕方なく私から口火を切る。
「リリアンヌとどこか出かけたいなと思って」
「素材採取とかですか?」
「いや、街に。ドレスを見に行くのもいいなってね。この間のドレスは好みに合った?」
冬ドレスのことだ。
合ったというか、色が、完全にフィニアス色だった。
「素敵なデザインでしたね」
「それならまた同じ店でいいかな……私も揃いのものを作ろう。小物とか、店に見に行かなくていい?」
見たい、気はする。が、時間が足りない。
「試験の後はすぐ星降る宴ですから、難しいかもしれませんね」
「別にイライジャに勉強は教えなくてもいいよ? あいつはあいつでなんとかするさ。訓練の時間が長すぎるんだよ」
「それでも、外出するとなったら護衛は必要でしょう?」
またイライジャが大変な目に遭いそうだ。
「せっかくだから一緒に選びたかったんだが……なら、カタログを一緒に見よう」
「え、と、どこで?」
「談話室?」
「ダメですよ、あそこは魔力練りクラブの場所ですし、今は試験勉強をする人たちに開放されています」
「いや。別にあの談話室でなくても、他の談話室を借りればいいだけで」
「他の談話室……でも、二人きりはダメです!」
「じゃあ他のご令嬢たちと一緒に――」
「もっとダメです!!」
と、即答してみたが、マーガレットを煽ると決めた今、とても、効果的な方法を思いついてしまって、苦渋の決断である。
「フィニアスさん」
「フィニアス、がいい」
「……フィニアス。一階の、共通談話室で、カタログをご令嬢たちと見るのはどうでしょう?」
「私はいいけど、リリアンヌはそれでいいの?」
よくはない。ものすごく恥ずかしい時間になるのは間違いない。
「スカーレット様とわたくしの望みを叶える一助となると判断しました……恥ずかしいですけど」
「どう考えても、リリアンヌが他のご令嬢たちに翻弄されるようにしか思えないけど」
「わたくしが翻弄されるのは……たぶん、フィニアスにだけです」
その返答はとても気に入ったのか嬉しそうに頷くと、それじゃあ明日だね、と言う。
「明日ですか!? カタログ……もう取り寄せているのですか……」
「向こうから送ってきたんだよ。前回もリリアンヌのサイズがわからないから、クロフォード家御用達の店で注文したんだけど、どうやら私たちのことはすでに広まっているらしい。早速星降る宴にいかがですかと届けてくれた」
さすが商売人といったところか。
婚約者でもない人に自分の色の入ったものをプレゼントするのは御法度だ。ああ、だからあのときのドレスはピンクだったのか? あのとき周りにいた誰の色でもないピンク。小柄で可愛いマーガレットにはとても似合っていた。
「朝、みんなの前でお誘いください。できれば、彼らにも聞こえるように」
恥ずかしいけどこれが一番彼らを燃え上がらせる。上がって上がってしたあとに落とすのがきっと最高に気持ちいい。
この暗い感情は、あの日を知らない人たちにはわからないと思うし、見せてはいけないとも思う。
「じゃあ全力でいかせてもらうね」
それは、困りそう。
宣言通り全力でやられました。
放課後、寮の一階、共通談話室でたくさんのカタログを広げる。というか多い! これが届いたのか。
このカタログ、魔導具で絵を複製して作るものだ。ふと、今静止画を白い壁などに映している技術を使えば、カタログを絵ではなく実物にそっくりの映像で作ることができないか? こころのメモに書いておく。あとでユールに手紙を送ろう。
「色はやはり空色でしょう?」
「当然ですわ。リリアンヌさんは小柄ですからヒールは高めに。フィニアスさんは背がお高いですから」
「あまり高いと歩けません!」
「そのときは私が抱きかかえるから大丈夫だよ」
「まあ、ふふふ」
「素敵ですわね~」
みんなノリノリで……。
「夏のドレスですもの、ここら辺はいかがですか?」
「その場合のネックレスはこちらかしら?」
次々とめくられるページに追いつけない。やがて婚約者を連れてきて自分にはこれがなどと自分のドレスも検討し始める。談話室全体がドレス選びの時間になってしまった。
まあ、とても楽しそうだし、いつの間にか部屋に紛れ込んでるマーガレット含む取り巻きたちも興味津々だったのでよしとしよう。
「リリアンヌ、これは? 大ぶりのものよりこういった方が好きみたいだったから」
イヤリングの話だ。
「ドレスが青でイヤリングも青ですか?」
「少し濃いめの物なら髪色にも映えるんじゃないかな?」
「青と赤毛なだけで、もう十分対比的で映えていますから」
ちなみに一番熱心なのはスカーレット様だった。
「リリアンヌのネックレスは絶対これがいいわ! ドレスがこちらならなおのことこのネックレスよ! だからイヤリングはこちらの方がいい。フィニアスさんが嫌だと言うならわたくしが買います!」
なぜそうなるのか!?
ドレスと装飾品選びは夕食の時間ギリギリまで続いた。
その日の夜、スカーレット様に呼ばれて私はお部屋にお邪魔した。
「リリアンヌ、これを」
スカーレット様が机の引き出しから古めかしい箱を取り出した。蓋を開けると――すっかり忘れていた。そうだ、前回もこれを、星降る宴の直前にいただいた。
「プレゼントよ」
小さなビーズで作られたブレスレットだ。本当に細かいもので、色々なビーズが付いていた。
渡され、指先に触れようとしたとき、ピリッと痛みが走る。思わず手を引っ込める。
「どうしたの?」
「スカーレット様、これはいったいどんな物なのですか?」
あのときは尋ねなかった。
私はスカーレット様からいただける物なら毒でもありがたくちょうだいする。
「……これは、ラングウェル家に伝わるもので、あの大賢者が作った、着けている者の危機を救う物だと言われているの。リリアンヌが……リリアンヌが人のことばかりで自分のことは二の次だから。先日のジュマーナの件だって、聞いた後は背筋が凍ったわ。あなたは本当に、人のことばかりなのよ! だからせめてと思ってお父様に許可をいただいたの。お父様も、リリアンヌに貸すのなら構わないって……リリアンヌ?」
頬を涙が伝う。
「やだ、どうしたの」
「申し訳ございません」
次々とあふれ出る涙をなかなか止めることができない。
スカーレット様は私の突然の涙に驚いて、ハンカチを取り出す。
「大丈夫です、大丈夫ですスカーレット様。そのブレスレットも。大丈夫です」
指先に走ったあの痛みを、私は知っている。
「大丈夫ですスカーレット様。私はもう救われたのです」
ここにこうしている、その原因、理由が今明らかになった。
あのときのスカーレット様も、最近私が色々頑張りすぎていて心配だからとこのブレスレットを腕につけてくださった。
「スカーレット様、それはスカーレット様がしていてください」
ブレスレットは正しく私を救ったのだ。
多分あのとき、頭でも打ってそのまま私は死んだのだ。が、ブレスレットのおかげで、私は人生をやり直している。やり直せる時まで遡った。
そっとスカーレット様の手を握る。
「ああ、スカーレット様。私にはもうそのブレスレットは必要ないのです」
泣きながらプレゼントを拒否する私に、ただただ、スカーレット様は戸惑っていた。
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