魔物を増やす方法があると聞いて
「例の、今回魔物が溢れ出した森だが、直前までお前たちの罠にかかった魔物はゼロだった」
グスマン伯爵の言葉に最初に反応したのはメイナードだ。
「あれはデクランの魔導具ですよ、パーシヴァル様」
「メイナード様にかなりのところを手伝っていただきました」
「森の側に置いて魔物討伐の指針にならないかと提案したのはわたくしですねっ!」
三人からじろりと睨まれる。
まあ、茶番はそれまでにして。
「魔物が溢れる予兆がなかったのに、突然溢れてきたのですか?」
「一報が入ったのは聖女が召喚される半日前だ。騎士団と王宮魔術師が出向き、魔塔からも数名が派遣された。その際設置してあった魔導具を調べたが、それは正常に動いていた」
「徐々に増えていったのなら必ず掛かります。結界に影響があるほどの数ならなおさらです」
デクランが自信を持って宣言した。
「実際、どの程度が結界に接触したら緊急とされるのですか?」
「魔物は普通森からは出ない。よっぽどのことが無い限り。結界がそこにあるのをわかっているからだ。日に十で警戒態勢を敷く。日に三十で緊急事態だな。即討伐隊が派遣される。普通は徐々に増えていくものだから、こんな急な招集は珍しい。魔導具を設置してからはさらにその指針はわかりやすいものになっていた。今回溢れた魔の森がちょうど実験的に魔導具を設置していた森の一つだったからなおのことこの異常さがわかった」
突然の魔物の増殖。
「倍化はあったのか?」
メイナードの言葉にグスマン伯爵は深く頷いた。
「実習のときと同じですね。あのときは前日に上級生が入っていたからこそ、気楽に参加できる、杖を試す良い場だったはずです」
「人為的な物か」
「そう、考えている」
「考えているのは誰だ?」
「騎士団長、筆頭魔術師周りだな」
「筆頭魔術師というと、ブルーデネル公爵家の方ですね」
三属性持ちの水というより氷使いだったはずだ。水魔術はスカーレット様の属性なので私はきちんと調べ済みだ。ブルーデネル公爵家は水が多い。
「学園近くの魔の森が不安だな」
「ああ。で、王宮から依頼があった。あの魔導具の増産許可だ。もちろんそなたたちには十分な使用料が入るように計らってくれるということだ」
「構いません。緊急事態ですからね。作る方も手伝えますが」
「いや、作り手は王宮魔術師で十分だ。素材も揃っている」
「かなり手が込んでいるはずですが……」
デクランの心配に、グスマン伯爵はこちらを見る。
「ティファニー・クロフォードが職場復帰した。あの魔導具狂いがいればすぐに量産できる」
デクランとメイナードがこちらを見るが、私の方が驚きだ。
「お義姉様、この間赤ちゃん産んだばっかりですよ!?」
「本人の希望だし、なんなら赤子を職場に連れ込んで作る体制を整えているそうだ。彼女の製造技術は王国一だぞ」
開発よりも作ることが大好きなお義姉様。領地の洗浄の魔導具もお義姉様が量産したのだ。仕事の傍らで。
「作るの大好きですからね」
しかし、魔導具狂いとか呼ばれてるんだ、お義姉様。
「さて、ここからだ。デクランは隣に下がりなさい」
「何故ですか!?」
「また別の話だからだ」
「リリアンヌ嬢は残るのに?」
「リリアンヌからの質問だからだよ」
不満そうなデクランに私は笑顔を返しておいた。
扉がしっかり閉められると、ようやく座れとソファに案内された。ずっと立ちっぱなしで話をしていたのだ。
「さて、リリアンヌ。これらの話がある前に、なぜ君はあのような質問をしたのだ?」
私は、グスマン伯爵に手紙を書いた。シンプルに質問だけ。
『人為的に魔物を増やすことは可能か』、と。
「先日、スカーレット様とマーガレットさん、つまりラングウェル公爵家とトルセイ男爵家が完全に敵対宣言をしたことはご存じですか?」
「あちこちから情報をいただいたよ」
「家格だけで見れば戦う前から勝敗は決まっています。誰しもがわかっていることです。ただ、マーガレットさんには聖女という肩書きがあります。まあ、今のご時世そこまで強いものじゃありませんけどね。魔王もおりませんし」
「そうだな」
メイナードも横で頷いていた。
「そんな中、マーガレットさんが逆転する方法は、後ろ盾を得るくらいしかございません。確かに、ギルベルト殿下はマーガレットさんに寄り添っておりますが、あくまでまだスカーレット様の婚約者ですし、王家はスカーレット様の肩を持つでしょう? 両陛下、スカーレット様のこと大好きですよ」
「うん、まあそうだな。昔から聡明なスカーレットのことを気に入っていたな。だがそれもギルベルト殿下の婚約者という立場があってのものだが」
「今でも婚約者なのですよ。不義理をしているのはギルベルト殿下の方です」
それでも、トルセイ男爵は活路を見いださねばならない。となると、家格問題を解消するのが一番の近道だ。
「ウォルポート公爵家の養子になれば、一応家格は釣り合います」
「実際そのような動きがあるのも知っている」
ウォルポート公爵家は、聖女を養子とし、神殿のバックも得られることになる。かなり形勢が傾く。
「ただ、不義理を働いているギルベルト殿下の負債を解消しなければなりません」
この負債かなり大きいのだ。
「マーガレットさんが聖女の絶大な力を誇示できる場があれば、神殿が王家を黙らせる事態もやってくるのです。そしてそうなれば、スカーレット様の、ラングウェル公爵側の不利が際立って参ります」
第一王子、聖女、神殿、そして公爵家。これだけが揃えば中立の貴族どころか、ラングウェル公爵側の貴族すら寝返っていく。
「聖女の本領を発揮するのは聖なる力による魔物討伐です。結界への魔力補充もそれでしょう」
つまり、彼らは魔物を欲するのだ。
「……そっくりそのまま同じことをナイジェルも言っていたよ」
「それで、魔物は生み出せるのですか?」
「……魔素石、と言う物が、アーランデ国にはあるらしい」
魔素を生み出すと言われている、魔素の濃度を濃くし、魔物が生まれやすい状況を作りだす。そして魔物が生まれれば今度は濃い魔素により倍化が進むのだ。
「これが秘密裏に運び込まれた形跡がある。特別な封印をすれば持ち運びもできるそうだ。このくらい、両手で抱えるほど大きな物もあるという」
「アーランデ国に接している領地をたくさんお持ちなのはウォルポート公爵家とその傘下の者ですわね」
封印があるとはいえ、周囲の魔素を増大させるらしく、最近ウォルポート領近くでは魔物がよく町に現れた、という噂が聞こえてきたという。
「魔素石は力を使い果たすと消えるという。学園側の魔の森にはもう石らしきものはなかった。ただ、明らかに魔素が多い場所があったから、そこに置かれたのかもしれない」
「今回の森も調査したのですか?」
「それが、未だに魔物が多いので交代で討伐しているところだ。あの聖女は魔力が少ないから結界の補強だけで終わってしまった。魔素の多い場所はわかっているからそちらに向かって進んではいるが、魔素が多いと言うことは魔物も多いと言うことで進まないらしい」
魔素を出し続ける石に近づくのは至難の業だということだ。
「ナイジェルから、スカーレットのことを気遣うのもいいが、自分のことも気遣えと伝言を預かっている」
「努力はします。……まあ、神殿やウォルポート公爵家のことはラングウェル公爵様にまかせて、わたくしが押し進めるのは、ギルベルト殿下がいかに不誠実であるか、マーガレットさんが聖女などではなく、相手を貶めるようなことをする人間であること。ここら辺ですね。あ、あと来週からバンドウェンゴ歌劇座の演目が、『平民娘と男爵令嬢』に変わります。祭りでばったり出くわした二人があまりに似ていて、たまに入れ替わるお話です。心優しい男爵令嬢は王子に見初められるのですが、平民娘が欲を出して入れ替わったままその立場を乗っ取るけれど、男爵令嬢が最後には救われ王子と結ばれる話ですね」
「悪意があるなぁ」
「悪意しかございません。使えるものはなんでも使いますよ」
「スカーレットは本当に幸せ者だな」
メイナードがびっくりするほど優しい目をして言うので、私は驚きに目を丸くする。
「メイナードは教師だろ。中立の立場だ」
「あの自分の立場もわかっていない小娘に付くわけがないだろう。それより賢く可愛い教え子だ」
「メイナード様は、スカーレット様をとても買ってくれていらっしゃいますよね」
「スカーレットの発想はとてもいい。あれは本当に魔導具開発に向いている。妃なんかにはもったいない」
その発言に思わず笑う。
「本当に、妃なんかにはもったいないですわ」
教師の中にも味方がいるのは嬉しい。いざとなればスカーレット様をメイナードに任せることもできる。実習のときの動きを見れば、彼もまたかなりの使い手なのはわかる。
「お待たせいたしました」
隣室に控えていた三人に声をかけると、フィニアスはすぐに私の側へ駆けてきた。
悔しいが婚約者としては完璧なのだ。
己の身を犠牲にして、フィニアスとともに本来の婚約者同士はこうなのだと知らしめるしかない……気がする。本当はアーノルドやクリフォードたちにやってもらいたいものである。
ちらりとフィニアスを見ると、すぐさまこちらの視線に気付いて見返してくる。
「ん?」
顔がいい。なぜ私に向いたのか未だに理解ができない。命を救ったという一点でなのだろうか。
「フィニアスさんを、利用してもよいですか?」
「もちろん。私もだいぶリリアンヌに助けられたし、それでリリアンヌの望みとなるものが得られるなら喜んで手伝うよ」
無償の愛を信じられるお年頃ではない。私はこの人から与えられた分だけ返すことができるのだろうか。
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