スカーレット様の真意とリリアンヌの真意
フィニアスの顔は夕暮れに邪魔されハッキリと見えない。ちょうど陽を背にしているのだ。
ただ、声色は真剣なものだった。
「わたくしにどうこうできるものではありません」
「でも、もっと早く手を打てたはずだよね? リリアンヌは積極的にマーガレットさんを諌めることはしなかったし、ギルベルトのやっていることを止めもしなかった。ここまで物事が進むまで放置していたように見えるんだよ」
「そんなことはありません」
放置していないから、他は無事なのだ。デクランだけが特に何もしていないのに変化しているのが謎だが。
「ここら辺でリリアンヌの望みをはっきりさせておきたいんだ」
「わたくしの望み……」
そんなことは最初から決まっているしずっと言っている。
「わたくし……スカーレット様に幸せになっていただきたい。楽しいことをして喜んでいただきたい」
「……だからこのまま結婚は望んでいない?」
それを決めるのは私ではないのだ。
でも行動はそうなるように動いていて、結局私がスカーレット様の望みを潰しているのではないかとずっと、不安に思っていた。もし最初からマーガレットが近づかないようにしていたらもっともっと話は変わっていたのではないだろうか。
「わたくしの考えを押しつけていいのか、それが本当の望みたり得るのか自信がないです」
もっと話さなければならない。はっきりと望みを聞き出す必要がある。
「一度、きちんと話し合います」
「わかった。結果教えてね。私はリリアンヌの味方だから……私の立場で出来ることもあるかもしれないからさ」
「はい」
フィニアスの手がそっと私の手に重ねられた。
「私はリリアンヌの気持ちを尊重するよ」
「ありがとうございます。でも、近いです!」
ぐっと押しやると、残念と言われた。
ドアをノックすると、中から許可が出る。
名乗って入れば、ちょうどカタリーナと二人お茶をしていたところのようだ。
「スカーレット様、少しお話がしたいです」
「では、わたくしはコリンナさんのお部屋にお邪魔してきます」
気を遣わせたようだが助かる。
新しい茶器が準備されて、スカーレット様がお茶を淹れる。
「さあ、どうぞ」
甘いフルーツの香りのするお茶で身体の中から温まるようだ。
「お父様に手紙を送っておいたわ。今日のこと、これまでのこと」
「そうですね。すぐ話は回るとは思いますが、スカーレット様からのお手紙があった方が少しはましでしょうから」
「お父様はお怒りになられるでしょうね」
「誰に怒りの矛先を向けるかはわかりませんけどね」
本来ならば殿下に対して。だが、潰しやすいのは聖女の肩書きがあったとしても単なる男爵令嬢でしかないマーガレットだ。
「先日のマーガレットさんの功績にもよるとは思いますが、本来勝負になりません」
「そうね」
そこで再び沈黙が訪れる。
もう一回お茶を口に含む。
「……スカーレット様はどうされたいのでしょう?」
「どう、とは?」
「このまま、殿下と対立することをお望みですか?」
「そう望んだのは……リリアンヌじゃないの?」
そう、なのだ。が、違うとも言える。あからさまな対立を望んだわけではなかったのだ。
「わたくしは……いえ、そうですね。わたくし、スカーレット様がギルベルト殿下とご結婚なされて国の王と王妃となって、幸せになれるとは到底思えなかったのです。ギルベルト殿下は、お勉強が嫌いで、自分の好きなことはやって面倒なことは周りに任せると言いながら押しつけるようなタイプですし、スカーレット様の好きな乗馬も嫌いで、それをスカーレット様にも強要するところが嫌です。地位で相手を見下すことも多いですし、先ほどのことのように感情で一方の意見に飲まれやすく、だからといって意見を貫き通すほどの意気地も無く、ちょっとでも自分の隙を突かれれば簡単に怯むような方なのです」
「ずいぶんと出てくるのねえ」
スカーレット様は笑う。
「このままスカーレット様が王妃になったら、国政から外交まで何から何までスカーレット様に押しつけて、自分は好き勝手して、奸臣からの虚言に踊らされ、それをまたスカーレット様が収拾することになります。やがてはそうやって有能なスカーレット様を妬むようになるでしょう」
そこまでの未来を私は知らない。だが、そうなると確信している。
「ですから、わたくし、マーガレットさんが現れたときに好都合だと思ってしまいました」
順番は違えどその思いに嘘はない。
「スカーレット様のためと、勝手に、スカーレット様の行く先を制限してしまうようなことをいたしました」
膝の上の拳が震える。
私の告白に、しばらくは沈黙が降りる。
が、ふふふ、と漏れるような笑いがスカーレット様から起こる。
「リリアンヌがわざとマーガレットさんを制止せず、なるべく関わらないようにしていたのは十分知っているわ。わたくしもまたリリアンヌの行動を止めなかったの」
そうやって微笑む姿こそ聖女だ。五百年以上前現れた、この地を救った聖女像が今もあちこちに飾られている。その聖女と同じ微笑みを、スカーレット様は浮かべていた。
「幼い貴方がわたくしに趣味を持てと薦めた魔導具作り。これがなかったら、今の気持ちはまったく違っていた。悲しいし怒りをぶつける相手を探して、無理矢理おさめて、我慢して、辛い日々だったかもしれない。けれど、魔導具作りから始まり広がった世界でわたくしはわたくしの楽しみと幸せを見つけたの」
そこで一呼吸置く。
「ギルベルト殿下との婚約なんて解消してしまいたいくらいよ」
微笑む姿に嘘偽りはなかった。
「今の状態の殿下と結婚したって、リリアンヌの言う通りね。私に仕事を押しつけて、側妃にでもしたマーガレットさんと楽しむ毎日でしょう? そんなの嫌よ。面倒なことだけこっちに投げつけられるなんてまっぴらよ。お父様には、今の殿下に魅力が一つもございませんと書いておいたわ。両陛下には正直申し訳ないけれど。とてもよくしてくださっているから。今日のことも良い方向に動いたと思わない? こちらには証拠がある。わたくしは絶対にやっていないという証拠がね」
「わたくしの方でもしっかり証拠はとれていると思います」
「殿下が考えなしにあちら側についてくださって助かったわ。本当に、考えなしよね」
「彼女は貴族と思えませんから」
「確かに、言動が貴族のそれとは違っているわよね……これから忙しくなるかもしれないわ、リリアンヌ」
「はい、スカーレット様。わたくしたちにはまったく非のない状況を作り上げましょう」
「それで元通り殿下と結婚となってもわたくしは恨まないわ。その代わりもう殿下のプライドのために我慢することはない」
そうはきっとならない。
彼女は必ず婚約破棄するようギルベルト殿下に仕向けるはずだ。
「こうなると、オズモンド殿下とカタリーナとの婚約を結びつけたのは大きいわね」
ドキリとするが私はあくまで平静を装う。
「本来側近候補であるアーノルドやクリフォードもあの態度ですもの。食堂の一件でギルベルト殿下の信用もさらに落ちているわ。あとこちらで出来ることは何かしらね……リリアンヌも考えてみてね。お父様からのお返事がきたらまたお話ししましょう」
「はい。今怖いのが、ウォルポート公爵家がマーガレットさんを養子にすることですね」
「それはお父様も警戒していたし、何らかの手を打つと思うわ。聖女の価値を見せるような場が作られない限り、大丈夫でしょう」
そう、聖女の見せ場。
今回彼女が結界に力を注ぐために動いたという話は、前回はなかったのだ。そこがかなり気になっている。
「グスマン伯爵様に、少しお手紙を書いてみます」
「危ないことをしないならいいわよ。今日だって、わたくしよりリリアンヌに罪をなすりつけることだってできたんだから。私が突き落としたよりは衝撃は少ないでしょうが、子爵と男爵ならそれなりに戦える材料だったはずよ。降りているときの並びで無理ではあったでしょうけど」
「魔石はたくさん仕入れていますので、証拠はしっかり押さえるようにしていきましょう」
こうして、私はスカーレット様の望みを知ることができた。あとはそれに向かって邁進するだけだ。
「ところで、こんな薄暗い時間にガボゼでフィニアスさんと二人きりになったとか……どういうつもりなのかしら、彼は。この大切な時期につけいる隙をあたえるようなことをするなんて」
ひっ……これは、あとでフィニアスに怒られてもらおう。
次の日からギルベルト殿下は当然のようにマーガレットの側にいるようになった。彼女に寄り添い彼女をエスコートする。そんな状態を、周りの取り巻きは褒めそやしている。マーガレットは時折こちらを見て悦に入っていた。
もちろんスカーレット様は完全無視だ。
他の中立派はこの状態に触れることをしない。ほとんどがスカーレット様に同情的だとはいえ、男爵令嬢だとはいえ、聖女なのだ。一つの世代に一人しか現れないと言われている、時にはその姿の見えない時期が長く続くと言われている聖女。その聖女が第一王子と親しくしているのは、見過ごせない事態だった。
一夜にして聖女が優勢になることだって無いとは言えない。自分の立場をあやふやにしておくことが重要だった。
そんな中、グスマン伯爵に呼び出された。陽の日にメイナードに魔塔へ連れて行ってもらう。なぜかフィニアスもついてきた。ちなみに、スカーレット様とデクランもだ。
「多いな」
「リリアンヌは一人でなにやら画策することが多いので見張っている必要がありますの」
「私は例の魔導具の制作者です」
「リリアンヌが行く場所にはできうる限り一緒に訪れると決めているので。聞かれてまずいお話でしたら外で待っています」
学生が三人おまけで付いてきて、グスマン伯爵はこめかみを強く押さえていた。頭痛持ちさん。
「スカーレットとフィニアス殿は隣の部屋で待機していてくれ。メイナードとデクランは残れ。そなたたちの魔導具だ」
「魔導具ですか!?」
途端に目を輝かせるスカーレットのあまりの変わりように、グスマン伯爵は軽く戸惑っていた。
「今度説明させるから、今は出てくれるか?」
「ふふふ、失礼いたしました」
大人しく隣室へ下がるスカーレット様を見送って、両腕を組んで立ったままの魔塔主は告げた。
「例の、今回魔物が溢れ出した森だが、直前までお前たちの罠にかかった魔物はゼロだった」
ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。




