表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/82

かくして、悪役令嬢は消え失せた

 正直、私のために城下がパニックに陥るとは思ってもみなかった。私を森の奥へ連れて行こうとした男二人はラングウェル公爵の前で失神し、今は魔塔主のパーシヴァル・グスマン伯爵の拘束魔法で地面に転がされていた。


 私はと言えば、無事を確認をされたあと、冷や汗ダラダラの状態でかろうじて笑顔を浮かべていた。


「さて、魔力器官も十分に発達していない貴女が、今まさに、魔力を放とうとしていたように見えたのだが、私の見間違いかな?」


 平常心平常心。


「まさか! 公爵様。魔力器官も発達していないわたくしがそんなことをしたら、想像したくもありませんわ」


 うるっと目に涙をためてみる。


「ナイジェル、もうすぐ護送車が来る。後始末は私に任せて、娘を安心させてこい」

「すまないな、パーシー。悪いがそうさせてもらおう。つかまりなさい、リリアンヌ」

「は、はい」


 二人は学園で学んている時からの親友で、お互いを信頼し合っている、安心感のある関係だ。


 私が公爵様の腕を掴むと、彼はまっすぐこちらを見てきた。


「状況を鑑みるに、スカーレットを庇おうとしたようだが。しかし、君はまだ年端もいかぬ子どもだ。まずは自分の安全を考えなさい」


「……申し訳ございません」


「いや、責めているわけではないのだ。……言い方を間違えたな。リリアンヌ、我が最愛の娘を守ってくれてありがとう」


 私がスカーレット様をお助けするのは当然のことなのだが、それを公爵に説明するのはなかなか難しいので、微笑むだけに留めた。


 転移の魔法で一瞬で公爵邸に飛ぶ。


 降り立った広間にはお母様やお父様だけでなく、スカーレット様もいた。目に涙をいっぱいためて、こちらに気付くと真っ先に駆け寄ってくる。


 私のことでスカーレット様が泣くことなんてないのですと、言おうとしたのに言葉が出ず、視界がぐにゃりと歪んだ。


 スカーレット様の悲鳴が響く。


 これは、もしかしたらこれで、もとの場所へと帰ることができるのだろうか? なんてことを考えながら、リリアンヌの意識は闇に沈んだ。




 はい!


 魔力器官の発達してないおこちゃまが、暴発寸前まで魔力を練ってそのままにしていたら魔力過多になり、体調を崩しましたとさ!


 初めは緊張が解けたからだろうと思っていたが、様子がどうもおかしいとなり、医師を呼べば魔力が、あり得ないくらいに高まっていると言われ、体内の魔力を吸い出す魔導具を着けられたそうだ。


 動かすのも負担だろうとそのまま公爵邸に留められている。


 起きたときいたメイドが教えてくれた。


 一応抑えたつもりだったのに、やはり子どもの身ではまだ上手く扱えないのか?


「リリアンヌ、本当に無事でよかった」


 ベッド脇で私の手を取り涙をこぼすスカーレット様がとても美しくて、思わず見惚れてしまう。


「リリアンヌ! 何を笑っているのです! わたくしはあなたがわたくしを庇ったと聞いて!!」

「スカーレット様がご無事で良かったです」

「リリアンヌ!!」


 スカーレット様のかわいい叫び声が聞こえたところで、ノックが響く。メイドが応対し、ラングウェル公爵とグスマン伯爵が部屋へ通された。


「お父様聞いてください! リリアンヌが、リリアンヌが笑うのです。リリアンヌは自分を……いえ、違いますね。わたくしがさらわれるような弱い者だから悪いのですね。わたくしに隙があったのが間違いなのです。お父様、わたくしもっと強くなりたい。もっと、誰からも非のつけようのない立派な淑女となります!」


 こ、ここであの淑女宣言がなされるとは。感激です。


 ラングウェル公爵がそんな愛娘の様子に心打たれたようでなんか、泣いてる。わかります。私も泣きたいもん。


「くっ……これが、成長っ!!」


「おい、私も後始末が山ほどあって忙しい、早く終わらせるぞ」


 グスマン伯爵が公爵を肘打ちする。


「うむ、そうだな。スカーレット。私たちは少し話をしなければならない。お前は自室に戻っていなさい」


 怒られるやつぅーと、咄嗟にスカーレット様のドレスの端を握ってしまう。


「あっ、も、申し訳ございません……」


 そんな私をチラリと見た。そしてにこりと笑う。


「わたくしも一緒にお伺いします」


「スカーレット、これはリリアンヌの個人的な話なのだ。そなたに聞かれて良いものかも判断つくまい」


「わたくし、リリアンヌの主人となる身です。リリアンヌのことはしっかり把握しておく必要があります。秘密にしなければならないのならそうしますし、何か困ることがあるなら助けなければなりません」


 もちろん、とこちらを向いて問いかける。


「リリアンヌが出ていって欲しいというならばそのようにしますわ」


 くぅっ! 可愛いが強い!


「わたくしは、スカーレット様に隠すようなことは何もありません!」


 いて欲しい。公爵は怖い。緩衝材が欲しい! グスマン伯爵の笑顔も怖い。


 ラングウェル公爵は、わざとらしくため息をつくと、それならばと他の者をすべて下がらせた。


「とても、個人的なことだ。スカーレット、この場の内容はクロフォード子爵にも話すか否か検討しなければならない。そなたが勝手に語ってはならない」


「承知いたしました」


「では、リリアンヌ・クロフォード。そなたは、魔力の練り方を誰から学んだ?」


 やはり、そのことか!!


 教師陣から普通に学んだのですけれど、まあこの年の子どもは知らない。というか、魔力を練り上げるのは危険なので決して教えない。魔力回路が育ち切るまでは。

 魔力は誰しも持っているものだ。貴族の方がその量が多く、量が多ければより強く長く魔法が使える。ただ、少ない魔力をより強力なものにするために、体内を巡らせ、効果を増大させるための器官が魔力回路だ。


 血管に沿っているので、血液が循環するように魔力も循環させればいい。そのための人体の構造についても学園で学ぶ。訓練も学園で教師監督の元行う。


 魔力器官の完成は両手のひらに現れる。目には見えずとも、専用の魔導具を使えば一目瞭然。手のひらに魔力を放出する、放出孔が出来上がるのだ。この放出孔ができないうちに魔力を練りすぎると、出口を失った魔力に酔う。体調を崩す。今回のリリアンヌである。


「実は……お兄様の教本をこっそり見てしまいました」


 これは事実。入学したら忙しいから、今のうちに予習と言う名の復習をしておこうと思った。兄は……そこそこ勉強してそこそこの成績をとるタイプだ。ただ、世渡りがこの上なく上手い。

 そこそこやりきった教本が、部屋の棚に山積みになっていたので拝借した。


「まだ放出孔はないだろう?」


「ありません」


「自殺行為だ」


「そうですね」


 足の腱を切るって言ってたしどっちにしろ死ぬなら一矢報いる方がスカッとする。を、貴族令嬢らしく言いたいが上手い言い回しが思いつかない。


「わかってやったと言うのか?」


「わかって……やりました」


「理由を説明できるか?」


 どう取り繕おうか考えるが良い案が浮かばない。


「まさかこんなにも早く探してもらえるとは思わず……スカーレット様、退出なさいません?」



「ここまできて出ていけはないでしょう?」


 十二の子どもに聞かせる内容ではない気がするのだが仕方ない。


「確実に私を殺す算段をしておりましたので、このまま逃げられて、スカーレット様でないのが露見した場合、再びスカーレット様が狙われるやもしれません。ならば多少なりとも手がかりがある方が良いと思いまして……魔力の暴発に巻き込めたら彼らの遺体から犯人に結びつくかなと……?」


 大人二人が目を閉じ眉間に皺を寄せているし、スカーレット様はまた泣きそうになっていた。


「そなたが、スカーレットを大切に思ってくれているのは十分理解したが、スカーレットのためにも自分を大切にしてくれ」


「十二の子どもにここまで考えさせた我らの落ち度だな」


「リリアンヌは! リリアンヌは!!」


 涙をこらえるスカーレット様はとても可愛いです。


「お父様! わたくし、自分で自分を守れるようになりたい。魔術を学びたい!」


 決意を固めた凛々しいスカーレット様は本当に素敵だ。


「ああそうだ……リリアンヌ嬢、そなたも魔塔に来なさい。倒れた際、魔力を魔導具で抜いたが、量が多い。もともと多いのか、練り上げた結果なのかわからない。クロフォード子爵に許可を取って、検査したい。魔導具作りに興味もあるようだし、まとめて面倒を見る」


「スカーレット様はこれから王妃教育もありますし、忙しくなるでしょう? わたくしが強くなってお守りしますから、大丈夫ですよ?」


「ダメです。わたくしが強くならねばまたリリアンヌは無茶をするのでしょう?」


 無茶というか、スカーレット様は守られて当然なので。


「では、これから毎週水の日に。今までも二人で会っていたのだから構わないだろう?」


 スカーレット様に趣味を見つけるためのお茶会だったが、このところかなり魔導具寄りだったので、構わないと思う。魔導具は学園でも研究する学生がいる。学園に通うようになっても打ち込めるものの一つだ。あのクソ殿下なぞ放っておいてスカーレット様が興味を集中できるなら良い。

 ただ、スカーレット様はそうは思わなかったようだ。


「それではリリアンヌとのお茶会がなくなってしまいます」


 そんなに楽しみにしてくださっていたなんて! 嬉しいっ! だが、そろそろ次の段階へ向かうべきなのだ。


「わたくしと一対一で楽しむお茶会は終わりです、スカーレット様」


 学園は十四歳になる年から入学する。 つまり、来年の秋には入学だ。


 あと一年しかない。


「これからは王妃候補として、派閥を作る準備をしなければ。月に一度くらいの頻度で、わたくしと行っていた趣味の会などを開いてみてはどうでしょう? いきなり乗馬などは難しいですし、人数が多くなればどうしても無理だという方もいらっしゃるでしょうから、まず初めは刺繍やレース編み。そのときに次何をしたいかやれるだろうことを相談して決めるのです。とりまとめるのがスカーレット様で、十人以上の令嬢の意見をすり合わせる力量も試されます」


「ふむ……悪くないな。先導する力をつけるための会か」


「はい。人はそれぞれ主義主張がありますから。見極め上手く誘導するのもまた主として必要な資質です」


「スカーレットどうする?」


「もちろん。やり遂げてみせますわ!」


 目標に向かい邁進するスカーレット様を、私も支えて行きます。

ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ