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誘拐事件を阻止します

 その後のお茶会はつつがなく進んだ。子どもたちだけの席も、スカーレット様の我が儘にヒヤヒヤしながらなんとか乗り越える。

 そして、帰宅時馬車の中で母から褒められた。


「強きをくじき、弱きを助けるあの姿勢は素晴らしいものです。公爵様の耳にも入ったようで、男性ですから茶会の席からはすぐ離れられましたが、オーラン伯爵令嬢にたくさんのリボンをプレゼントするそうです」


 そう、茶会の席に男性がいるのはおかしい。たとえ公爵でもだ。そういった男性も交えた席ならば、事前にそのように通達があるはずだ。そして母がそれを話さないわけがない。


 私は知っていた。ラングウェル公爵が、ただ愛娘を見たいがために、茶会の最初に挨拶にくることを。


「ラングウェル公爵様はとても公平な方です。ただ、すべての貴族がそうであるというわけではありません。あなたの行いが我が家を窮地に立たせることもあるのです」

「はい、お母様。気をつけます」

「しかし困りましたね。公爵様の溺愛が完全に悪い方に出ていますね」


 やれやれとため息をつく母は、本当に悩んでいるようだった。


「将来あなたはスカーレット様の派閥に入ることになります。しかし、今のままで王妃教育を無事受けることができるのでしょうか」


「お母様、ご安心くださいませ。スカーレット様は立派な淑女と成り得る方です。わたくしが保証致します」


 突然の娘の言動に、キョトンとこちらを見る。


 そんな表情をするときは、普段の険がとれて、年よりずっと若く可愛らしく見えるのだ。知ってます。お父様がこのギャップにやられていることを。


「お母様、頻繁にスカーレット様とお会いできるような方法はありませんか? 多分なのですが、スカーレット様は同じくらいの歳の子どもと接触する機会が少なすぎるのです。周りは全部自分の望みを叶えるばかりの者たちなのです。自分が相手の望みを考えるような機会がないのです」


「……つまり、あなたがスカーレット様の遊び相手になると?」


「公爵様におっしゃってください。このリリアンヌ・クロフォードがスカーレット様を周囲を思いやれる、立派な淑女に育て上げましょうと!」

 



 私の言葉にラングウェル公爵様は、大いに笑い、そして毎週水の日に私を屋敷に呼んでくれた。


 最初の二回は様子見だ。こちらからは何も持たずにお庭を拝見したり、お屋敷の絵画を拝見したり。当たり障りのない、そして面白みのないやりとりだった。

 スカーレット様もそう思っていたのだろう。最後は完全に私への興味を失っていた。


 そこで次はこちらで色々と準備して向かった。


「おまねきありがとうございます」


 側仕えから手土産を、あちらの側仕えに渡す。

 まずはいつもお茶からだ。


「スカーレット様は私を招き入れることを、ラングウェル公爵様からどのように伺っておいでですか?」


「わたくしは、同年代の令嬢とお話をする機会が少ないから、この先困らないように、その、言い方が悪いけれど、リリアンヌで練習をしろと言われているわ」


「そうですね。学園へ入ればたくさんの令嬢令息とお話をして人脈を作っていかねばなりません。その過程で本当に心を許せる友人もできていくことでしょう。前回前々回と、ホスト役でいらっしゃるスカーレット様はお庭を案内してくださり、お屋敷の絵画を説明してくださいました。スカーレット様は、楽しかったですか?」


「えっ……?」


「わたくしから見て、あまり楽しそうには見えませんでした。そうなると、こちらの楽しさも半減してしまいます」


 スカーレット様はぐっと奥歯を噛み締めて大声を上げるのを我慢しているように見えた。

 たぶん先日のお茶会で一応注意されているのだろう。一度の注意できちんと我慢できるようになるなんて、さすがスカーレット様です。


「ですから、スカーレット様。わたくしと、趣味を探しましょう?」


「しゅ、趣味?」


「はい。趣味を持つことは大切です。趣味は心の渇きを満たしてくれます。また、同じ趣味を持つ者たちが集まれば話に花が咲きますし、初対面の方との共通の趣味を見つければ話が弾みます。ですから、これからわたくしと、たくさんのことを試してみましょう!」


 そう言って、後ろに控えている側仕えに、今日準備させたものを持ってこさせる。


「色々試しておくことはメリットでしかないのですよ? スカーレット様が趣味としてこの先長い間触れていくことにならずとも、以前やってみたけどこんなところで躓いてしまった。長く続けられなかった。それすら話題になりますから。今日は刺繍、レース編み、このあたりから始めてみませんか? スカーレット様刺繍はお好きですか?」


 大好きだ。知ってます。あのクソ殿下にいつもスカーレット様がそれはそれは美麗な刺繍を施したハンカチを渡していたのだから。


「刺繍は、王妃教育でもこの先必要になると、だいぶ前から始めているわ」

「ぜひ見せてください。わたくしは刺繍は才能がないと諦めたところです。スカーレット様が教えてくださるなら多少は努力しようと思えますが、レース編みの方が楽しいですね。こういうのはどうですか? 簡単なのでいいので今ここで仕上げてプレゼントし合いましょう!」


 プレゼントをし合うという言葉に、スカーレット様は興味を惹かれたようだ。


「構わなくてよ」

「ではこちらの道具と、無地のハンカチです」


 半刻ほどで出来上がったのはコースターだ。我ながら目の均一さが素晴らしい。ちなみに、このからだの手を使うことにいまだ慣れていないが、刺繍もある程度はできる、はずだ。あれだけ練習した分がすっぽ抜けているとは考えたくない。


「まあ、可愛い小鳥ですね」


 オレンジ色の体に嘴は赤く、緑の葉っぱをくわえている意匠が可愛らしい。


「もしかしてオレンジは私の髪色ですか? とても嬉しいです」


「あなたのレース編みも素敵ね。私はまだこれほど目を揃えて編むことができないわ」


「お褒めに与り光栄です。今日のお茶会はどうですか? 成功だと思いませんか?」


「……思うわ」


「ではスカーレット様、次回はスカーレット様が趣味や学びになるかもしれないことを提案してくださいませんか? 二人で一緒にいろいろなことをやりましょう。その次の週はわたくしが考えます。お勉強でも構いませんよ? それもまた話題の一つになります。衣装などの準備が必要なら、提案してから少しして行ってもいいですしね。私はスカーレット様と乗馬がしたいです。これは公爵様やお父様に許可を得なければなりません」


「聞いておくわ」


「はい、よろしくお願いします」


 こうしてスカーレット様との趣味模索会が始まったのだ。

 趣味は心の渇きを満たす。

 クズ殿下からの心無い仕打ちも、趣味があれば気にならなくなる。打ち込めるものを探すのだ!


 スカーレット様は次の週バラ園のバラの世話を、庭師の監視のもと行うという趣味の時間を提示してきた。これには心震えた。いままで手ずから育てたバラをプレゼントしてくださったことはあっても、土を作ったり、植え替えたりなどといったことを一緒にしたことはなかった。


 初めてのスカーレット様との共同作業!


 土いじりはなかなかに危険がいっぱい。私はどうやら虫にめっぽう弱いらしい。

 ミミズとかいう不埒な輩に悲鳴をあげる私を、スカーレット様は笑ってらした。決して嫌な笑い方ではなかった。


 そして、乗馬、お菓子作り、剣や護身術。星見をしたいと言い出したスカーレット様のお部屋にお泊まりしたのは本当に楽しい思い出だ。

 とにかく秋の気配がするころには、スカーレット様はすっかり、自分が楽しみ、私が楽しむことを探すことに夢中だった。


 

 そして、事件が起こる。

 


 スカーレット様が誘拐された事件は、幼い私の耳にも届いてきた。怒り狂うラングウェル公爵の魔法と、それをさらに補佐する魔塔主の二大巨頭による捜索蹂躙魔法で、城下が大パニックになったというとんでもない話だ。


 後にスカーレット様は語った。


 人々の平穏のために、自分は誘拐はもちろん、その他危険な目にあったりしてはならない。そして、他人を貶めるようなことをしてはならない。ラングウェル公爵が、嬉々としてそれに乗ってこないとは限らないのだと。


 ラングウェル公爵は確かに物事がわかっているお方だが、自分の利と、愛娘の利が同じ方向を向けば、わりと何をするかわからない人物でもある。

 この誘拐劇により、誰よりも正しく清廉であることをよしとした、淑女の中の淑女と呼ばれるスカーレット・ラングウェルが誕生したのだ。


 犯人は殿下の婚約者候補だった伯爵令嬢の親。ラングウェル公爵によって完膚なきまでに叩きのめされ、国の地図から完全に消え去ったので覚えていない。


 秋の庭園会に紛れ込み、スカーレット様を攫ったのだ。


 今のスカーレット様は相手のことを思いやる女性に変化しつつある。この誘拐劇などなくても立派な淑女となる方だ。この庭園会で常に一緒にいて、こっそり習っている護身術によりスカーレット様を暴漢の手から救おうと思っていた。


 思っていたのだ。



 なぜ私が攫われる羽目になったのか?



 原因の一つに、最近仲良しコーデなるものに目覚めたスカーレット様が、そっくりのドレスの衣装を仕立ててくださったことがある。スカーレット様と同じなんて、他の令嬢たちを蹴落としてでも手に入れたいものだ。大喜びで受け入れた。


 もう一つの原因として、最近スカーレット様の大好きな髪色変化の魔導具にあった。


 趣味模索の途中、スカーレット様は魔導具に多大な興味を持たれた。それを聞き及んだラングウェル公爵のマブダチである魔塔主のグスマン伯爵が、スカーレット様にプレゼントをしたものだ。

 これにより、今、私のオレンジに近い赤毛は、見事な金髪に見えている。あの、美しく気高いスカーレット様と私を取り違えるとは無礼千万百叩きの刑だ。すっかりスカーレット様を守る気でいたので、まさか暴漢の魔の手がこちらに向かうとは思ってもみなかった。スカーレット様を庇ったつもりが、相手からすれば捕まえやすく身をさらしてしまったのだ。


 しかしまあこれで、城下を恐怖にさらした、スカーレット様捜索網は展開されずに済むだろう。適当なところで助けてもらえるなら助けていただきたい。それが無理でもスカーレット様を助けられたと思えば、この私の命程度でスカーレット様をお救いできたのなら願ってもないことである。


「ちっ、泣き叫ぶわけでもなく、気味の悪い娘だ」

「うるさくなくていいじゃないか。このまま王都を抜けて北の森に捨ててくればいいんだろ?」

「運良くでてこられないよう足の腱を切ってから捨てろだと。まだ小さいのにどれだけ恨まれているんだか」


 男たちは三人。


 完全に油断し、縛られてもいない私にとって、一人くらいならなんとか相手にできる。たぶん。きっと。だがどちらにしろ三人はちょっと厳しい。


 かなりのスピードで駆けていた馬車が止まる。


 道中魔力を練ってはみたものの、まだ魔力器官の発達していないこの体では暴発するのがオチだ。

 魔力器官は学園に入学する頃にようやく第一段階まで発達するのだ。ちなみに私の得意は火。スカーレット様は水である。もちろん他も使えるが、どうしても得手不得手はあった。


 件のマーガレット男爵令嬢はその時代一人いるかいないかの聖属性。それがまた殿下の相手にふさわしいとかなんちゃら言っていた。神殿も聖女だなんだと担ぎ上げていた。


「ほら、降りろ」


 馬車から突き飛ばされるように降ろされ、ぐっと手を握る。


 魔力はだいぶ練られてきている。しかし常に危うい状態だ。魔力器官の発達にはやはりあと一年は必要だ。まともに使える状態ではなかった。


「俺はここで馬車を見張ってる」

「チッ、腰抜けめ」


 とんっ、と肩を小突かれる。


「歩け」


 どこまで我慢すべきか考える。



 むしろもう、やるべきか。



 練っていた魔力を暴発させて、せめてこやつらだけでも道連れにしてやろうと、今まさに、放出しようとしたとき、後ろで轟音が響く。


「なんだ!?」


 狼狽えた男が私を引き寄せようと手を伸ばしたところを、さらに引っ張るとそのまま勢いで前に倒れる。

 先程の馬車は火柱と化していた。


 森の奥へそのまま走る。


「あっ! 待て!」


「待つのはお前らだろう」


 地を這うような声が響いた。


 我が儘お嬢様を、その日から淑女へと変貌させた、ラングウェル公爵その人だった。

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