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影が薄いと思っていたら

 発狂しているとしか言いようのない聖女の様子に首を傾げつつ、部屋へ戻ろうとすると、デクランに会う。


「ごきげんよう、デクラン様。お出掛けですか?」

「ああ、リリアンヌ嬢か。研究棟に行くところだ」


 そういえばこやつ、最近姿を見ていなかった。


「研究棟、ですか?」

「うん。師事している先生がいてね」

「ああ、魔塔にたまにいらっしゃると言っていた?」

「そう。メイナード・フォレスト様だ。……一緒に行くか?」


 びっくりして瞳を瞬く。


「いや……スカーレット様もメイナード様の授業を取っていて、そのうち研究室に出入りするようになるだろう? メイナード様は魔導具の研究をされているんだ。そうなると君はスカーレット様についてくる」

「間違いありませんね」

「その時不躾な態度でメイナード様を測らないでいただきたい」


 え、私ってそんな認識?


「それならば事前に引き合わせておこうという話ですか」

「スカーレット様がいらっしゃると君は他に対する態度が警戒威嚇から入る」

「まあ、そんな風に思われていたなんて、ショックです」

「なにがショックだ。Aクラス生徒の総意だぞ」


 え、そこまで?


「スカーレット様になにか言伝があるときは、アーノルド様かカタリーナ様からそなたに話が回るような仕組みになっていることに気付いてないのか?」


 そういえば、確かに? スカーレット様に直接話しかける方は……私か、以前からのお付き合いのある令嬢たちくらいだ。


「……そんなに威嚇しておりました?」

「値踏みはしてたな。それに、君は魔力が多いだろ? どんなに笑顔でも同年代からすると魔力の圧に気圧される」


 魔力の圧力……ラングウェル公爵に感じるアレだろうか。


「反省して態度を改めます」


 周囲から反感を得るのは得策ではない。ただ、自覚がなかったのでどうしたらよいものやら。


「それで、行くか?」

「はい。ご一緒させてください」


 魔導具を専門とする教師なら、間違いなくスカーレット様に関わってくる。ならば先に会っておくのも良いと思った。人となりは魔塔主が息子に合わせるくらいなのだから問題ないのだろうが。

 王都の西に位置する学園の土地は広く、教室棟や寮はもちろん、研究棟やその近くにある植物園、飼育場、広い屋外運動場、屋内運動場、水魔術の訓練用の池。詰め込めるものを詰め込んでいた。

 そのため、移動には少しかかる。


「デクラン様は、メイナード様の研究室に通ってらっしゃるんですか?」

「うん。今構想している魔導具に意見を頂いている。道具も揃っているし、やりやすい」

「メイナード様の存在を、失礼ながら知りませんでした」

「まだ授業は始まったばかりだから仕方ないし、メイナード様の授業は選択制だからね」


 前回は魔導具にスカーレット様も興味を持っておらず、知る機会がなかった。

 つくづく、子どもは育て方で変わるのだなと、その実際の例を見せられている気持ちになる。


「スカーレット様は間違いなくメイナード様の研究室に出入りすることになりますかね?」

「なるだろう。ユールさんも学園にいたときは生活のほとんどがメイナード様の研究室中心に回っていたそうだ」

「デクラン様から見てスカーレット様に才能はございますか?」

「彼女は閃きの才能も、努力をする才能もあると思う」


 手放しの褒め言葉に頬が緩む。

 そんな私を見て、デクランも笑った。いつも無表情の彼にしては珍しい表情だ。


「リリアンヌ嬢は、父からの提案を即否定したそうだが……」


 提案? なんのことだろう。

 こちらが首を傾げていると、デクランはさらに笑う。


「私の嫁にという話だ」

「あー、それは……」

「いや、私も実は、結婚に興味がないと言うか、結婚生活に興味がない。子どもに興味がない。うちには弟もいるし、爵位は弟が継げばいいと思う。魔導具作りに熱中していたい」

「魔塔主を目指すのですか?」

「魔塔主は、それはそれで仕事が多い。が、周囲を黙らせる材料にはなるかなぁ……父上がグスマン伯爵も兼任してしまっているから兼任できると言われるだろうが」

「伯爵は大変ですわね〜婚約者が決まっていないと申込みもたくさんありそうですし」

「そうなんだ。まだ一年のうちはいいが、三年になればどうなるか」


 はぁ、とため息をつく。

 いつも魔導具に目を輝かせているか、仏頂面をしているかのデクランしか知らないので、なかなか新鮮だ。


「君はどうなんだ?」

「わたくしは……二年の終わりを乗り切ってからですわ」


 あの日を乗り越えてからしかそんなことは考えられない。今なら殿下のパンチを咄嗟に防御の壁を作ったり、同じく身体強化で腕で防ぐこともできそうで、その時の間抜け面も見てみたい気がする。


「スカーレット様の利になる相手を?」

「ええ。そこが第一の基準です」

「ふっ……君の望みを探る男たちに伝えておこう」

「子爵令嬢のわたくしを娶ろうと思う方なんて」

「君の成績は良いし、魔力量も豊富。魔術にも長けて、さらにスカーレット様の親友だろう? 狙っている者は多いよ。ただ、君は頑固そうだからな」


 失礼な! 意思が固いと言ってほしい。


「三年になるまではそっとしておいてほしいともお伝え下さい」


 正直、自分のことなど考える暇が無い。


「私が魔塔主でなく、王宮魔術師なら相手として不足はないのか?」

「……本気ですか?」

「言ったろ? 私は結婚生活に興味がないんだ。それを許容してくれるような女性を求めている」


 つまり、子どもはいらないという。

 うーん、困った。

 スカーレット様が予定通り婚約破棄されたあと、次のお相手を吟味もしておかねばと思っていた。王族に嫁ぐならと、あのラングウェル公爵も許していたのだろうが、たぶん、そうでないなら婿を取りたいはずだ。伯爵の次男三男あたりであの時点で婚約をしていなかった同年代か一つ二つ上の男性を色々ピックアップしていたのだが、実はその一人がデクランだった。

 聖女の周りをデレデレしながらうろうろしていないのなら、将来の魔塔主、というのも相手としてはなかなかの良物件だったのだ。

 しかし、子どもを得る気がないとなるとそれは無理な話となる。ラングウェル公爵が許さない。


「確かに、スカーレット様の護衛魔術師を目指し、別に子どももいらないわたくしは、デクラン様からしたら良物件ですわね」

「ひどい言い草なのはわかってる。女性に対して子はいらないというのはね。まあ、一つの話として覚えていてくれたらいい」

「そうですわね……まあどちらにしろ三年生になってからですわ。お互い素敵な人が現れるかもしれませんし」

「……そうだな。あと、様はいらない。学生の間は対等だ。そして、塔でも」

「デクランさん、ですね。了解いたしました」


 話の区切りがついたところで研究棟へ到着だ。





 研究棟は、実験途中に爆発などが起こったとき、周りの部屋へ影響が無いようかなり金をかけて作られているらしく、それはそれはしっかりとした豪華な建物だった。

 教師たちはほとんどがこの研究棟に一室持っているらしい。


「失礼します」


 デクランがノックをすると扉が自然と開いた。


「お前が女性を伴ってくるとは」

「同じクラスの生徒です。スカーレット様の……親友でいいのか?」

「スカーレット様の腰巾着ですわ」

「本人が聞いたら怒ると思う」


 昔あなたがたが私に対して言ってたのですよ。


「ああ、魔塔にも出入りしている新入生代表だね」

「リリアンヌ・クロフォードです。以後お見知りおきを」

「パーシヴァルが君の魔力練りを恐れていたな。少し見せてくれないか?」

「魔力練りをするにはブレスレットを外さねばならず、勝手に外せば退学なのです」

「なら諦めよう」


 諦めないでください! 週一じゃ物足りないのに!


「今日は私の魔導具の設計を少し見てみたいとか」

「スカーレット様が登城の日なので暇を持て余していました」

「暇だから魔導具の設計を見る、か。なんとも寂しい学生生活だな、まあいい、見せてみろ」


 奥の執務机から話していたメイナードが立ち上がり、部屋の中央にある広い作業台に移動する。壁には天井までビッシリと引き出しがある。むしろ、壁が引き出しだ。素材が詰まっているのだろう。

 素材狩りとかも楽しそうだ。スカーレット様がこれからは必要となさるから、休みの日は取りに行くのもいいなと思う。今度何が必要か聞いてみよう。


 メイナードは貴族ですと宣伝しているような姿をしていた。

 金髪碧眼、長い髪の毛をまとめてくるりと無造作に束ねているが、それすらも様になる美丈夫。長い紫紺のローブをまとい、黒い手袋に金の刺繍が見える。


 二年在籍してもまったく知らなかったとは、びっくりだ。女子生徒がそれなりに騒いでいそうなものだが。

 まあ、デクランがせっかく嘘の訪問理由を作ってくれたので乗っておこう。


「簡易結界にしては、何だか不思議な感じです」


 魔導具は道具だ。物体に何らかの役割を付与する。例えば、今普及させている洗浄の魔導具。長兄に頼んで自領で試しているものだ。


 前回の記憶では来年の冬になると流行り病が国を襲うのだが、そのときマーガレットが殿下に石鹸の無料支給を勧めた。風邪に似た症状でそれが重くなって平民がかなり亡くなるのだが、『手洗いうがいが感染症にはとても重要なのだ』と言っていた。まあ平民は風呂に入ることはほとんどないらしい。汗をかけば井戸の水や池の水を浴びる。『衛生状態の改善』が感染症拡大を防ぐ、という言葉を私はよく覚えていた。


 国に勧める前に自領で街のあちこちに少しの魔力で身体全体を洗浄出来る魔導具を設置した。統計をとってもらい、他領と比べて費用対効果を考え、益であるならばラングウェル公爵を通じて国に呼びかけるつもりである。

 この洗浄の魔導具は、一度に何十人もが使えるよう、その場所の床材に魔術式を付与している。一度作ってしまえば、風呂を沸かすよりずっと費用は少ない。少し魔力がある平民一人で起動できるのだ。


「それがすぐ解るのは、よく学んでいる証拠だな」


 メイナードが言うと、デクランは頷いた。


「これは内に向けた結界の魔導具なのだ。つまり、拘束用だ」

「それの兵器化だね」

「物騒なものを作られているのですね」

「魔獣相手にだよ設置型と投擲型だな」


 デクランがそれぞれの設計図を指した。

ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。


ブックマークありがとうございます。


スカーレット様の嫁ぎ先まで準備しようとしているリリアンヌでした。

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