怪談話には幽霊が寄ってくる
ある夏の日のテレビ収録にて、
「私、〇〇テレビの心霊ロケですごく怖い経験したんですよ!」
有名な女性芸能人が話す、少し誇張されたような心霊体験をMCの芸人がツッコミを入れていく。
「本当にあったんですって!」
「いやいやいや、アルファードぐらいの鳥ってなんだよ!」
「そんなこと言ってると本当に呪われますよ!」
「「「わはははははははは」」」
霊感があるという女性芸能人の心霊談を次々と笑いに変えていく。
「海外のロケで霊が三人憑いたんですけど、空港のゲートくぐったら二人になってたんですよ」
「一人金属探知機で引っかかってるやないか!」
「「「わはははははははははは!」」」
こんな流れがかれこれ一時間以上続いている。
嘘だ。
絶対に嘘だ。
こいつらに幽霊なんか見えるわけがない。
ひな壇も隅の方でガヤを入れている私は、細い目で彼女たちを眺める。
だって、さっきからあなたたちの隣にいる幽霊に誰も触れていないじゃないか。
メインゲストの紹介の時に五人と言っていたが、その隣にどう見ても一人いる。
黒い髪を垂れ流した女性が白いワンピースに身を包み、確かに座っている。
少女に誰も目を合わせることも話を振ることもない。しかし皆の話に少女は相槌をうち、はははと笑う。小さな声だが確かに聞こえてくるその高い声は、私の脳に直接響いているのではないかと思うほど頭に残った。
「ああ。寄って来てるのよ。霊が」
収録が終わり、同じひな壇にいた先輩芸人に聞くとあっさりと教えてくれた。
「寄ってくる、んですか?」
「私には見えなかったけど実際見えたんでしょ?だったら多分寄ってきた霊だと思うよ。ほら、あるじゃない?『百物語をしてたら霊が寄ってくる』みたいな話」
なるほど、確かに聞いたことがある。
「馬鹿げた話もしてたでしょ?余計に寄ってくるらしいね。昔、私の先輩も言ってたわ」
納得し、へぇーと相槌をうつ私を置いて、先輩は先へ行ってしまう。
しかし、そう思うと気になることがある。
彼女は自分が幽霊だということに気が付いてないのではないか、と。
先ほどの彼女の振る舞いは、明らかに自然だった。いや、自然過ぎた。
「あ、そうだ」
そんなことを考えていると、先を歩いていた先輩が振り返る。
「幽霊は何があっても無視してなきゃだめだからね」
言い残すと、今度は振り返ることなく行ってしまった。
楽屋に戻ると先輩はもういなかった。
人もまばらになった楽屋は静かで、帰り支度を済ませた人が一人、また一人と出ていく。
私は畳にゴロンと横になると、今日のことを思い出していく。
幽霊が居たこと。笑い声。横顔。先輩の話。
どういう事だったんだろう。
そんなことを考えていると少しづつ意識が遠くなっていった。
「だから本当にあったんですって!」
「さすがに嘘だって!」
「「「わははははははは」」」
びくりとして周りを見回すと隣にいた先輩に肘で小突かれる。
「本番始まってるんだからちゃんと起きてなさいよ」
小声で怒られてはじめて自分の状況に気が付く。ここは先ほどのひな壇の上だ。
本番中に寝てしまった。
焦りながらもゲストたちの話についていくために耳を傾ける。
「海外のロケで部族のもとに行ったんですけど、三人も幽霊に憑かれちゃったらしくて~」
あれ?
「空港のゲートをくぐったら二人になってたんですよ~」
そしたら一人金属……
「一人金属探知機で引っかかってるやないか!」
違和感を覚える。デジャブというやつだ。これはさっき見た夢にそっくりだ。
その後の会話も明らかに聞き覚えがある。
「先輩先輩、この話前も聞いたことなかったですか?」
こっそりと隣の先輩に話しかける。
「何言ってるんだよ。本番中だぞ!」
「いやだって、これ、聞いたことが……」
するとMCが、
「おい○○!どうした⁉」
私の名前を呼んだ。
「さっき居眠りもしてただろ!」
「すみません!!」
「まったく、ひな壇だからって気を抜いてるんじゃないぞ!しっかりやれ!!」
「はい!」
周りに頭を下げていると、白いワンピースの幽霊もこちらを見ていることに気が付いた。
ちらりと、流し目ではあるが目があった気がした。
さすがはプロの芸人と言ったところか、MCはピリついた雰囲気を残すことなく空気を和ませていく。
しかし、やはり聞き覚えのある話が展開されていく。
話が始まれば落ちがわかり、ツッコミまでわかる。
そんな中、相変わらず、幽霊はいないもののように無視されていた。ゲストに順番順番に話を聞いていく中明らかに一人だけ無視されている。まあ、見えていないのだから仕方がないが。
しかし、一つだけ違っていた。
幽霊は明らかに自分が無視されている、というより見えていない事に気が付いていた。
相槌も笑い声も明らかに小さなものになっていく。夢で聞いた声と異なり、乾いた愛想笑いの声が、夢の声よりも小さいはずなのに、余計に頭に残る。
次第に顔を俯かせ、涙をこぼす彼女。
そんな彼女を見ていると私に怒りの感情がふつふつと湧いてきた。幽霊を見えてもいないやつが嘘の心霊現象をペラペラとしゃべり、幽霊を恐ろしい存在に扱っている。しかし、当の幽霊本人はどうだ?無視されて、泣いているんだぞ?
まるでいじめじゃないか。
幽霊なんかより生きている人間のほうがよっぽど恐ろしいじゃないか。
せめて、私だけは君が見えているんだぞと、言いたくなった。
「さっきから聞いてますけど、皆さん本当は幽霊なんか見えてないじゃないですか!」
芸人らしく、小ばかにしたような顔で周りに問いかける。
ゲストのほうからは『そんなことない!』とヤジが飛ぶ。
「だって、この部屋にずっと幽霊がいるじゃないですか!」
「どこにもいないやないか!」
いつものようにツッコミを入れるMC。
そして私は、
「最初からずっとここに白いワンピースの霊がいるじゃないですか!」
指を指して言った。
涙を流していた少女は顔を上げると目を見開いて私を見た。私は少女の目を見て微笑みかける。
大丈夫だよ。ちゃんとあなたはそこにいるよ。
そう思って微笑みかけ続けた。
やけに沈黙が長いことに気が付いた。
周りを見ると全員が私のことを見ていた。MCも、ゲストも、同じひな壇に座る芸人も。
カメラマンも、音響のスタッフも、しゃがんでカンペを出している人も、撮影を見守っている人も。
全員が私のことを無言で見ていた。
ただ、見ていた。
異様な光景にたじろぐ私をただ見つめ続ける『全員』。
なんだ、これ。
視界がぐにゃりとゆがみぼやけていく。
ゆがむ視界の中、白いワンピースの少女が私に笑いかけている気がした。
気が付くと、ひな壇にいた。
三度目の光景。三度目の会話。
しかし、もうそこに白いワンピースの少女はいなかった。
不思議な体験だったと自然と笑みがこぼれた。
最後のは怖かったけど少女はきっと成仏したんだろうな。
そう思っているとMCに話を振られた。
「おい!どうした!起きたと思ったら急に笑い出して!」
当てられた私は笑顔で答える。
「さっきまでここに幽霊が居たんですよ。もういなくなっちゃったけど」
MCは笑いながら答えた。
「そりゃそうだ!もうこんなところに彼女はいないよ!」
だって残ったのは君だったんだから
テレビで怪談番組を見て書きました。