平和とはかくも儚きもの
王太后から届いた手紙、と聞いただけでフローリアもシオンもアルウィンも揃ってげんなりとした。
行動に移すのが早いなぁ……とフローリアが感心していれば、シオンが忌々しそうに舌打ちしている。
「シオン様?」
「あらいやだ、ごめんなさいね。ついうっかり」
「いいえ、気にしませんわ」
「ありがと」
シオンの気持ちは分かる。
実母だからとて、全ての人が母を愛し、仲良くしたいと思い続けられるわけではない。
家族の形は様々だし、人と人の繋がりがあるから、切れる縁もある。常に繋がり続けられることはない。
「ダドリー、手紙の内容を読み上げろ」
「は、はい」
王太后の厄介さはシオンもそうだが、アルウィンも理解している。
行動するにしても慎重にいかねばならない。
そもそも、登城予定とは、とアルウィンが溜め息を吐いていると改めて手紙の内容が読み上げられていく。
「えぇと」
嫌そうな渋い顔のダドリーなんて、初めて見たかもしれない……!とフローリアがうきうきしていると、とんでもない中身が披露された。
『ご機嫌いかがお過ごしかしら。ライラックの娘をミハエルが望んだから王太子妃候補にしてやっていたというのに、とんだハズレを引いたから婚約破棄したい、とミハエルから連絡が来ました。新しい王太子妃候補アリカ嬢はとても愛嬌がよく、素晴らしい令嬢です。ですが、そんな彼女が慣れるまで同じ学校に通っていた、頼りがいのある人にサポートをしてほしいというミハエルの思いやりの気持ちを、ライラックの娘が踏みにじったというではありませんか。とてつもない無礼だと、そう思うでしょう。この手紙を読み次第、すぐさまわたくしのところにいらっしゃい。拒否権などありませんからね』
「……?」
「フローリア、戻ってらっしゃい。フローリア」
ぺちぺち、とシオンに軽く頬を叩かれ、ようやく我に返るフローリアだが、目眩は感じていたようで頭を抱えていた。
そんなフローリアを見られること自体が稀なのだが、それほどまでに衝撃的な手紙だった、ということだろう。
「……」
「やだちょっと、フローリア大丈夫!?」
「大丈夫……では、ないです。シオン様……王太后さまは、ここまでお話が通じない方だったのですか……?」
恐らく、己の記憶にある王太后を思い出しているのだろう。
フローリアが王太子妃候補であったとき、あれこれ言われ続けた過去を思い出したらしい。
だが、当時はここまで強烈ではなかったらしく、フローリアは今とんでもなく困惑している。見た目に分かるほどに困惑しているのだから、よっぽどだ。
「以前なら、もう少し理性的と言いますか、その」
「うん、フローリア。とりあえず落ち着きなさい、ね?」
「でもシオン様」
「あのクソババアのことを理解しよう、だなんて思わなくていいの。いい?」
「あ、……で、も」
オロオロとしているフローリアと、シオンは額をそっと合わせて優しく言い聞かせるように続けた。
「人の話を聞こうともしない人間なんか、気にかけてやる必要はないわ。どうにかして分かってもらおう、だなんて考えも持たなくて良いの。フローリア、分かった?」
「え、えぇと……はい」
困惑しながらではあるが、フローリアはようやく落とし所をみつけられたのか、こくりと頷く。
あれほどインパクトがある手紙を、前触れなく……いや、手紙なのだから前触れもクソもないかもしれないが、突発的に送り付けられる側は、心臓がもたない。あとついでにメンタルも容赦なく削られてしまう。
「来い、つったってねぇ……」
「王太后さまの命なら行くしかないのでは……?」
「いや、しかし……」
うーん、と三人揃って困りきってしまった。
「でもアリカ嬢とわたくし、学園時代も基本的に接点がなくて……頼りがい、と言われましても……」
「そっち?」
「はい」
フローリアからすれば、アリカは別に友達でもなんでもないし、頼りにしていると言われたところで『何を』頼りにしているのか書かれていない。恐らく王太子妃教育に関して、あるいはミハエルの取り扱いに関してなのだろうが、『どうして』フローリアに頼ってくるのか。
あれだけ突き放したにも関わらず、面の皮が厚いにもほどがある……!と、シオンは唸っている。
「失礼しますわね」
そんなところに、ノックをしてルアネがやってきた。
死屍累々、とまではいかないものの、とんでもない雰囲気になっている室内の面々を見て、思わずルアネもぎょっとしてしまう。
「……どうしましたの、あなた方」
「お母様……王太后さまから……」
「あぁ、ついに動きましたかあのクソババア」
「……え?」
しれっと、とても軽く真顔で言い切ったルアネにフローリアはぽかんとしてしまう。
「手紙が届いたら来い、とか何とか言っているのではなくて?」
「は、はい。その通りですわ」
「もうちょっとそれ、放置なさい。シオン様、心強い味方をお呼びしておりますので、しばらく公務もお休みしてくださいませ」
「は?」
「うふふ」
にこにこと笑っているように見えて、ルアネの目の奥は怒りに満ち溢れている。
こうなっている時のルアネに、うっかりあれこれ反論してはいけないのはフローリア、アルウィン共に学習済だ。
シオンもどうやら理解しているらしく、うんうん、と頷いている。
「んじゃ、ラケルにちょっと連絡しとくわ、アタシ」
「そうなさいませ。シオン様のご連絡が終わり次第、少しばかり皆様のお耳を貸していただいてもよろしくて?」
はて、と全員が首を傾げた。
しかし。
「返事!!」
「はい!!」
直後、ルアネの声にびくりとしてから、はい、の後に分かりました、と付け加えた。
でも一体何を、とまた三人は考え込んでしまう。
そうしていると、婚約者と結婚式の日取りの打ち合わせから帰宅したレイラも合流した。
「ただいまー、って……何、この雰囲気」
「ちょうど良かった。レイラ、あなたも同席なさい」
「え?」
「良いですわね?」
「よく分からないけど、はい」
ただならぬ気配の母に、もちろんレイラも頷いた。
その頃、ルアネが協力をお願いした人は、ルアネからの手紙をぐしゃり、と握りしめてわなわなと震えていた。
「……あの、クソババア……!」




