賑やかですこと
「何よもううるっさいわね…」
「閣下、ここ王宮なので口調どうにかしてください」
「あらヤダ」
「絶対悪いとか思ってないでしょうあんた」
「ラケル相手に思うと思って?」
「ないですけど」
「分かってるわねー」
あっはっは、と笑っているシオン。
会いたくはないけれど、国王たる兄に呼ばれてしまえば近況報告もしなければならない。嫌だけど。
だが、シオン曰くのクソババア、もとい母である王太后の行動を報告して、尚且つ行動制限をかけてもらわないと自分だけでなくシェリアスルーツ家にまで迷惑をかけてしまうことになる。
「はー…めんどい」
「シェリアスルーツ侯爵のためでしょう、我慢してくださいね、閣下」
「そうなんだけどさあ…」
「殿下、国王陛下苦手ですもんね」
「平和ボケしてるじゃない、あの兄上。お幸せに育てられたことで」
「……わぁ辛辣」
あまり大きな声では話せない内容な上に、王宮内で小声とはいえ話すのは割と危険だが、言わずにはいられないシオンとラケルだった。
だが、そんな二人の会話なんて気にならないようなレベルの騒ぎ声が聞こえてきたのだ。
そして、冒頭の会話に戻る。
なぁにもう、とボヤきながら窓の外に視線をやりつつ気になるからと窓を開ければ聞こえてきた怒鳴り声に近いような令嬢の声。
「って、何よアレ、うるさい」
「あれって新たな王太子妃候補の人じゃないですっけ。ほら、アリカ・シェルワーツとかいう」
「知らないんだけど、アタシ」
「殿下はほら、そもそもが興味なしだったので」
「やだ、そうだったわ」
「ご自身の発言が手のひら返しすごいの理解してください」
「してるわよめんどいわねぇ」
めんどい、と顔に書いているシオンだが、そもそもフローリアが王太子妃候補になったあたりで他の家の令嬢も候補に選ばれたとは聞いていた。
万が一のためにと候補は複数選出されていたが、その彼女らも逃げてしまったと聞いたシオンは、お腹を抱えてしばらく笑い転げた。
そりゃ逃げるわ!あっはっは!と爆笑する美形を見たラケルはちょっとだけドン引きし、メイドたちは『まぁ、珍しいものが見れたわね』とぽかんとしていた。それくらい珍しかったらしいが、本人はしばらく笑い転げていて知らない。
「はー…しかしゴリ押ししたわねあのボンクラってば」
「王太子の権限使ったのか、何なのか分かんないですけどね」
「シェルワース家って伯爵家だっけ」
「そうですよ」
「でも…最初に選ばれなかった、ってことはつまりあのシェルワース家の令嬢は、特出するものがこれといって無かったわけじゃない」
「殿下容赦ないですね」
「あのねぇ、王家に嫁ぐなら何かしら両家の繋がりに有益なことがないと、でしょう」
盛大なため息を吐きながらシオンが話していると、部屋の扉がノックした後開かれた。
「シオン」
「……どうも、兄上」
先程までの雰囲気とは全く違う、冷たい雰囲気に切り替えてシオンは答える。
「……」
「……人を呼び付けておいて、何の用件でしょうか」
「あの、だな……」
「そちらが話さないなら、こちらが先に用件を言わせてもらおう」
ぐ、と黙ってしまったジェラールだが、頷いてシオンに先に話すようにジェスチャーをした。
「王太后のことを、早急にどうにかしろ」
「っ、待て、母上は別に何も」
「俺のところにやってきて、シェリアスルーツ侯爵令嬢と婚約しろ、とかほざいたが。何だあの老害は」
「え……?」
それを聞いたジェラールは、さぁっと血の気が引くような感覚を覚えた。
どうして母が、という思いもだが、よりによってこちらが振り回したシェリアスルーツ家に対して何をもちかけようとしていたのか。
「いいか、俺に迷惑がかかるならいい。かつてのように、俺が王位継承権が上だからと殺すために戦場に送り続けたようにな」
「ち、違う!母上はそんなこと思って」
「なら、お前が同じことをされろ。平和ボケした頭で、あのクソババアがどれほどの人に迷惑を今後かけていくのか、きちんと考えてから物を言うんだな!既にシェリアスルーツ家には迷惑をかけた!そして王太后が用意するとて、王太子妃教育係にも多大なる迷惑をかけたんだぞ!理解しているのか!!」
シオンに怒鳴られ、へたりとジェラールは座り込んでしまった。
立ち話は何なので二人とも座れば、とラケルが横から言う前にこれだったから、『あー…』と思わず顔を手で覆ってしまう。喧嘩早いわけではないが、シオンの置かれた環境を思えばどうやって穏やかに会話を進めようと努力していても、最後はこうなる。
「それと、ミハエルの我儘も度を超えているのではないか?」
「……否定は、出来ない」
「否定したら俺の手でミハエルを殺してやろうと思っていた。良かった、そこはまともなようだ」
皮肉のたっぷりつまった言葉に、ぐっとジェラールは押し黙り、ゆっくりと立ち上がる。
ジェラールとシオン、二人の身長差はさほど無いとはいえ、体格差のせいかジェラールが気圧されているような雰囲気すらあった。
ミハエルの教育に関しても、ここまで言うつもりはなかったがついでに、と言葉を続けていく。
「自分が選んでおいて、また好みの顔が居たから乗り換える。俺の死ぬほど嫌いなクソババアにそっくりじゃないか」
「……っ」
息子のことを言われてジェラールはカッとなりかけるが、ラケルが放った一言で凍りつく。
「王太子妃って、顔で選ぶものじゃありませんし、そもそも顔だけで仕事できるわけでもありませんからねぇ」
何気なく言われた言葉だが、うん、とシオンは大きく頷いた。
ジェラールにとっては特大の杭が、どす、と思いきり胸に突き立てられたような感覚すらある。
アリカは今日、言語学の教師から覚えの悪さを指摘され、思わず授業から逃げ出したという報告があったばかりだ。
「それ、は」
「その王太子妃候補様は、今騎士団に何らかの文句をつけに行っているようだが?」
「は?!」
まさか逃げ出した先が騎士団の訓練所とは、とジェラールは慌てて窓へと駆け寄った。
「何を……しているんだ」
「たまたまかもしれんが、シェリアスルーツ侯爵令嬢が騎士団の訓練に参加し始める、と聞いて何か言いに行ったらしいな。止めなくても良いのか?国王陛下」
「っ……!」
どうしてこんなにも厄介ごとが、と心の中で毒づいたとしても、そもそも論として行き着いてしまうのはかつて、王太子であった自分のために動いた母と、婚約者であった現王妃の行動によるもの。
もしも、母が自分を王にしなければと思ったところで、シオンがすんなり王位を継いだかどうかさえ危うい。
「兄上、俺は、母上の望みをきちんと叶えて今は隠居もしている。必要とあらば魔獣討伐にも出ているし、コアの有効活用だって行って、公爵として色々と国のために力を尽くしているつもりだ。国をおさめるのはあなたの仕事であり、ミハエルを王太子としたのであれば、何があろうともシェリアスルーツ侯爵令嬢を王太子妃のままにしておくのが、恐らくは一番の正解だったはずなのに、何をトチ狂ってこんな事態を引き起こした?」
「ミハエルの独断だ!」
「その独断を招くような子育てを、誰が、今までしてきた」
自分は、必死に国を良くしようと努力した。
シオンのように才能もなく、武力だってないから必死に寝る間も惜しんでいたつもりだ。
だが、蓋を開けてみれば今はこのざまとなってしまっている。
「……止めてくる」
「それが今は賢明だ。王太后のクソババアもどうにかしてもらうからな」
覚悟しておけ、と釘をさしてやればぎくりとジェラールの体は強ばった。
どうしてあんなクソババアのために、自分の未来ならともかくフローリアの未来まで潰さなければならないのか。答えを知っているなら教えてほしいくらいなのに。
ばたばたと駆け足で部屋を出ていったジェラールの背を見送り、シオンは窓の外で繰り広げられている光景を楽しげに見る。
「ねぇラケル、あのシェルワース嬢は次期ライラックを言い負かせると思う?」
「まさか、そんなわけないじゃないですか」
「あら」
「考えてもみてください、何も無ければ王太子妃の座がほぼ確定に近かったシェリアスルーツ侯爵令嬢ですよ。ぽっと出で、しかもそもそも最初から除外されていた家の令嬢ごときが敵うわけないじゃないですか」
「まぁ、そうよねぇ」
くく、と笑って眼下にいる少女をじっと見ると、髪にほんの少し魔法の痕跡が感じられた。
「……どうして髪に……?」
じ、と目をこらして魔法の痕跡を確認する。
髪の色を変えたりしているわけではなさそうだが、一体どうして髪へと魔法をかけたというのか、単に理由が知りたかった。
「ラケル、帰るけどちょっと付き合いなさい」
「へ?」
「騎士団の訓練所に行くわよ」
「へ?!」
「面白いもの見つけたから」
言っても聞かないんだろうなぁ……とげんなりしたラケルは、半ばやけくそで頷いた。
「はいはい分かりましたよ!もー……でも早めに帰るんですからね!いいですか?!」
「はいはーい♪」
ろくなことにならない……と溜め息を吐いたラケルの予想は、見事的中したのであった。




