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王太子妃候補の「候補」

 ごく、と聞こえないように息を呑んで、王妃ジュディスに対して礼をするアリカと、隣で胸を張ってドヤ顔を披露しているミハエルの対比は、割と面白構図になっていた。

 一体何をもってミハエルがこんなにも自信満々なのか、ジュディスは理解不能なのだ。


「アリカ・シェルワースと申します」

「…」

「どうですか母上、この気高さ」


 恐る恐る顔を上げたアリカだが、まるで能面のようなジュディスを見て思わず『ひっ』と小さく零してしまった。


「気高さで政治が回れば、一体どれほど楽なのでしょうね」

「え、あの」

「シェルワース嬢、貴女何ヶ国語を操るの」

「さ、三ヶ国語…を」

「読み書き会話、全てよね?あぁ、会話は会議レベルの言語が操れなければ無理だけど」

「…よ、読み、だけです…」


 返答を聞いて、やはりフローリアと比較してしまう。

 幼い頃からの苛烈な王太子妃教育のおかげで、フローリアは五ヶ国語を操っていた。読み、書き、会話、全てを完璧にこなしていた。

 他の王太子妃候補もいたけれど、フローリアの件がきっかけであれよあれよと、まるで蜘蛛の子を散らすように令嬢たちは逃げてしまった。止めたけれど止まるわけもなく、『体調が…』『実は婚約者が』と、苦しい言い訳を披露しつつ逃げていってしまい、もう追いかけることはできない。隣国に行ったり遠い国に行ったり、人によっては修道院に駆け込んだ人もいる。

 そんな中連れてきた唯一の王太子妃候補の『候補』たるアリカの出来ることが、外国語に関して読みだけとは…とジュディスが頭を抱える一方、ミハエルが己の胸をとん、と叩いて自信満々に告げる。


「母上、俺がサポートしたら問題ないじゃないですか!」

「王太子妃のみの公務の時はどうするの」

「…そんなのあるんですか?王太子妃は俺の横で可憐に微笑んでいることだ、っておばあ様が言ってました。それに、昔は母上だってそう言っていたではありませんか」


 えぇ言った。

 言ったが故にそれが墓穴となった。なんならジュディスは、今その墓穴に入りたいくらいだ。


「それは、あなたが小さい頃の話でしょう!」

「え、大きくなってからもそうなんじゃないんですか?」


 ミハエルは確かに優秀だった。

 己の王太子教育は難なくこなし、操れる言語は五ヶ国語を超える。勿論読み書き会話全て問題ないし、分からなければ素直に『すみません、その単語の意味が分からないんだ』と相手にも聞けるし、相手も『あぁ、特殊な使い方をする単語だからね』と笑って教えてくれることの方が多い。

 外面はありえないほど良いからこそ、アリカも騙されたのだろうがもう後には引けない状況の今、やってもらうしかない。


「そんな訳ないでしょう?!とにかく、王太后さまが他の王太子妃候補を連れてこようにも、ミハエル最優先だと仰ったからお前の意見しか今は通らないのです。シェルワース嬢、できない、と泣きつくことだけはおやめなさいね」

「っ……!」

「王太子妃教育の担当者は王太后さまから派遣されてくるそうです。まぁ、…せいぜい頑張りなさい」

「はいっ!」


 にっこにこの上機嫌で返事をしたのは、アリカではなくミハエルだった。

 勝手なことを…!と言いたいアリカだが、そんなものはミハエルにいくら言ったとて通じるわけもない。自分のスペックがミハエルはとてつもなく高いと理解していないから、周りにも平気でそれを求めてくる厄介な男なのだ。


「あ、あの!」

「なんですか」

「ライラック様に、お手伝いしていただくわけには…」

「そうだ、確かにそれが効率が良い!」


 でかした!と言わんばかりににこにこと笑って頷くミハエルに対して、アリカは顔が引きつっている。

 どうせ言いそうなことだ、と予め予測はできている。あとは潰すだけだ。


「正式にライラックとなれば王城にも来るけれど、無関係の令嬢をどうして呼べると思うの?どうやって呼ぶの?」

「……え?」


 ひく、と初めてミハエルの顔が引き攣った。やはり、王太后から都合のいいことばかりを聞かされているようだ。それも、現在進行形で。


「呆れたこと……」


 はぁ、とジュディスはわざとらしくミハエルにも、アリカにも聞こえるように溜め息を吐いた。


「……っ!」


 それは、ミハエルのとんでもなく高いプライドを傷付けるものであり、アリカにとっては気に入られたいのに失望された!と思わせるには十分な威力があった。


「まさか、『王家が呼べば来る』だなんて思っていないでしょうね?」


 くす、と笑いながら言うジュディスは、ミハエルのこともアリカのこともひたり、と見据えている。視線は逸らさず、目の奥には怒りを宿し、馬鹿なことを簡単に言う二人を許さない、と言わんばかりの眼光。


「っ、あの…」


 母上、と呼びたいけれど、ミハエルの口内はかさついてしまい、言葉をうまく発することができない。どうして呼べないんだ、たった四文字なのに、と思っても音が出てきてくれない。

 アリカも同じだった。

 フローリアのことを軽く考えすぎていたから、そして、王家の命令なら逆らえる貴族はいないはずだ、と思い込んでいる。

 確かに王家の命令ならば、と聞いてくれるかもしれないが、今回のケースは最初にやらかしているのは王家側。

 オマケに、婚約破棄の流れを知らない人がいないほど、実はもう有名な話になりつつある。浮かれていたミハエルとアリカは、きっと忘れているのだろう。学園には、庶民も通っている、ということを。


「そうそう、シェルワース嬢。一つだけ言っておくわね」

「は、はい!」

「かつて、ライラック嬢含めた王太子妃候補たちは、寝る間も惜しんで必死に勉学に取り組み、マナーを身に付け、ミハエルの隣に立とうとしました。ライラック嬢はミハエルが選んだけれど、他の候補たちはわたくしや陛下が選んだ、とても素晴らしい令嬢たちだったの」

「はぁ…」

「貴女は、そんな彼女たちを跳ね除けて、しかもこの時期に王太子妃候補となったのだから」


 あ、とアリカの小さな呟きが漏れた。


「さぁ、どれだけ頑張らなければいけないのかは…お分かりね?」


 王妃の凄みのある笑顔に、あのミハエルですら冷や汗を垂らして硬直してしまったのであった。

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