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稼業

 もう一つのアーガの葉はダンスだった。飛んだり跳ねたりでかなり体を使うやつ。

 シュトロウの町では、女性は確かに針仕事や機織りなんかの(シルシ)をもらう人が多いけど、男は大抵武器を使うような印をもらう人ばかりだから、「踊りのシルシを貰うなんて都会だな」と言った。でもこれは、知ってる人を探すとしたらやって見せるしかないだろう。

 金も稼がないといけない。シュトロウに盗んだ金を分けようとしたら、彼は断固拒否したからだ。その金を使うくらいなら、野宿すると言われた。


「……そうすると、まあ、じゃあ……」


 アーガの葉の持ち主を見つけることと、金を稼ぐこと。二つを満たすやり方は一つだった。


 街の広場に立つ。大道芸人達が芸を見せている。吟遊詩人が音楽を奏でる。生まれてから一度もこんなに人目につくようなことをしたことがない。どちらかと言えば、どれだけ人の目につかないか、印象に残らないかを探ってきた人生だった。正直、恥ずかしい。でも背に腹はかえられない。

 吟遊詩人に少し金を渡して何かノリのいい曲を頼む。アーガの葉をリジンする。どこかのダンスのうまい誰かさんの葉を吸い込む。かき鳴らされる音に合わせて勝手に体が動き出す。


 動き出してみると気分がいい。体が音楽になったみたいだ。自然と笑顔になっている自分に気がつく。人垣ができる。こんなに気分がいいのか。手足が自由に動く。

 やがて吟遊詩人のギターに似た楽器の音が止む。おしまい。割れるような拍手と、足元に投げ銭が転がってきた。人垣が消える前に声を張り上げる。


「すみません!俺と同じ踊りをする人を知っていたら教えてください!アーガの葉を預かっているんです!」


 呼吸を整える。誰も名乗り出ない。人々は何かを口々に話しながら三々五々に帰って行った。道のりは長そうだ。

 投げ銭を拾って、協力してくれた吟遊詩人に半分やろうとしたら、あんたからは最初にもらっていると言って受け取らなかった。この世界の人たちは不思議だ。自分が得するかどうかよりも、何か違うことを見ている感じがする。それが何なのかわからない。俺の人生になかった()()


「明日も伴奏してくれないか?」

「いいよ。もちろん。頼んでもらえれば弾くよ」


 吟遊詩人はトランと名乗った。フードを深く被っていたが、整った顔と青い目が見えた。

 シュトロウに金を渡すと、やっと受け取ってくれた。


「助かったな。すごい。うまかったよ」


 シュトロウは人垣の中に幼馴染がいないか見ていたが、いなかったようだった。ギムの街も決して狭くはない。待ち合わせ場所も決めなかったなら、探しようもないだろう。


「その幼馴染の人、顔はわからないかな?特徴とか」

「うーん。髪は金髪、ナイフ使いなんだけど、あいつのは護身用だからはたから見てもわからないだろうな……顔もなあ。男前な方だろうが、特徴らしい特徴はない。ダイゴンの出身も少なくないからな……」


 何かわかりやすい特徴があれば、カラス達にでも探してもらえたのに。


「そもそも、そいつはこの街に入れるのかな?」

「そこから無理かもな。俺たちが入れたのもお前のおかげだもん」


 案内所に探し人の貼り紙を頼んで、後は打つ手なしだ。


 部屋に帰ると、体のあちこちが痛いことに気がついた。筋肉痛?それはそうか。何の下地もないのに、何年も研鑽を重ねて初めて踊れるような踊りを踊るんだ。反動がないわけがない。ベッドにうつ伏せに横になると、同じようにネリが隣に寝転んだ。ネリは俺とシュトロウが話している間も、弓の練習について行った時も、まるで空気みたいにそこにいた。言葉もわからないだろうに、何か楽しいのかな?


 さっき稼いだ金のことを思い出した。銅貨が多かった。1クルー銅貨が30枚ほど、1ディレが15枚、10ディレの銀貨が一枚。28ディレ。初めて俺が稼いだ綺麗な金だ。それでも他人の技術を借りてやってるんだから、自分の力で稼いだわけではない……懐から失敬すれば一瞬で手に入る金額。でもこの金の方が嬉しい気がする。


「ネリ、なんだろうな。この世界は不思議だな」


 ネリは大きな目で見返してきた。体の大きさは中学生くらいのままだ。逆になんで縮んでいたのかわからない。


「みんななんか、金さえあればって感じじゃないよな。なんでだろう?……いてて」


 首をネリの方に何の気なく向けたら、首もかなり痛む。よほど体を使ったらしい。明日けろっと治っているとは思えない。日銭を稼がないといけないから、明日もやろうと思ってたけど難しいかも知れない。ばたと突っ伏すと、ネリがそっと手を伸ばしてきた。マッサージとも言えないくらい、軽く体に触れる。


「はあ……きもちい……」


 ネリの手は隅々までゆっくり、ゆっくりと体をなぞっていった。いやらしい感じはしない。うとうとと眠くなる。いつのまにか眠っていた。


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