持ち主探し
手の中に2枚目のアーガの葉を入れる。ただの黒い丸に、美しい模様が写される。
他人の能力を写せるなら、アーガの葉からも写せるんじゃないかと言ったのはシュトロウだった。試しにやってみると、黒い丸の葉をリジンした上に他人のアーガの葉は見事に吸い込まれて模様を写し出した。盗んでしまった葉の持ち主の能力がわかれば、持ち主をつき止められるかもしれない。全く同じ能力というのはあまりないんだそうだ。
「どう?何ができそう?」
「縫い物」
「待って。急いで借りてくる」
シュトロウの時でわかったけど、まだ俺の印が成長してないからなのか、他人の力だからなのか、ものすごくリジンが短い。シュトロウが宿屋から裁縫道具を借りてきたときにはもうリジンが終わっている。
「歯がゆい!また休息か」
リジンができない間のことを「休息」とか「休息時間」と呼ぶみたいだ。休息が終わったからと言って別にシルシがそれを知らせてくれるわけではない。そろそろいいかなとリジンしてみるしかない。手のひらから葉が出てきた時、急に右手のひらがむずむずした。
熱い!
「あちち」
「あ!育つ」
そだつ?
カッと手の黒い丸が緑色に光り、また戻っていく。黒い丸は一回り大きくなったように見える。
「地味」
「ほんとはさ、模様が入り組んできたりするんだ。お前のは写したやつの能力依存だから模様がないのかな。召喚者だからかな。ま、左手のが成長するときわかるよ」
左手のはどうすれば成長するのかわからない。カラスと話してればいいのか?カラス達はいない。呼ばないと来ないみたいだ。左手にリジンしてなければあいつらも他のカラスたちと同じだ。俺のいうことなんて聞かないし、俺も彼らの話は聞こえない。屋根に留まるカラス達の、どれが彼らなのかすらわからない。ついてきているのかな?
「ちょっと出てきていいかな?悪さするなよな」
シュトロウは弓矢を取って立ち上がった。彼は弓矢を片時も離さない。
「どこに行くんだ?」
「ついてきてもいいけどシロにはつまんないぞ」
シュトロウについて行くと、彼は城壁が真っ直ぐに続く広々とした場所にやってきた。何百メートルもただ片側に城壁がある。
「ちょうどいいや。あっち側になにか置いてくれないか。的が欲しいんだ。丸太なんかだといいんだけど」
的?あたりを見回す。朽ちた木の板があったので、石で固定して立てた。
「いいね。離れて。俺の後ろに来て」
シュトロウはそう言いながら的からどんどん距離を取り始めた。尋常じゃない距離だ。一メートル四方くらいの木の板が、本当にただの点みたいに見えるくらい。
キリ、と弓を構える。ヒッと風を切る音がして、矢が放たれる。
「……」
当たったのかどうかすらこの距離ではわからない。板に駆け寄ってみる。
「え!凄い」
板のど真ん中に矢が突き立っている。
「おおーい!矢を持ってきてくれ」
硬く刺さった矢をなんとか引っこ抜いて持っていく。
「すごいよ!これがシュトロウのリジン?」
「リジンしてないよ。したらこの倍は離れてても当たる」
してない!これで?
「練習」
また矢をつがえる。倍の距離でも当たる?的なんか見えないんじゃないか?
「本当は森の中でやりたいんだ。動くものを的にしたい」
さらに難易度上げるの?なんなの?マゾなの?
シュトロウはそれからは黙々と矢を放った。俺の年でこんなに印が育ってるのは珍しいんだと言っていた。そりゃそうだろ。こんなに真面目にやってりゃ。ストイック。
宿に戻る途中で話をした。シュトロウの家は代々猟師で、弓矢で狩りをしていた。だからシュトロウも物心ついた時から弓矢を使っていた。アーガの木に聞いてみたのは13の時。普通、大体そのくらいで印をもらうらしい。
「お前何歳?」
シュトロウが尋ねた。
「18」
「じゃあ、アーガの印をもらうには少し遅いんだな。でも育ってるじゃないか」
育っている。でもなんだろうな、シュトロウと自分の決定的な差を見た気がした。こんなに真摯に、こんなに真っ直ぐに、ひたすらに腕を磨こうと思ったことはない。スリだって、別にやりたくてやってたわけじゃない。気がついたら一番割りのいい稼ぎになってたってだけ。あんな距離をリジンすることもなく当てられるのに、まだまだやろうと思う、そんな向上心を。
俺は持ったことがない。
宿についてまた右手にリジンして、裁縫したくなったほうのアーガの葉を入れてみる。手が伸びたのは刺繍針だった。その辺にあった枕カバーに見る間に花の模様が咲いていく。個性的な模様だ。リジンが終わるまでのほんの短い間(育ったお陰で少し伸びた)だったが、かなり美しい刺繍が仕上がった。
「うーん、さすがだなあ。これくらい育ってると。これなら持ち主がわかるかも。お針子さんがいるような店で聞いてみよう」
もう一枚刺繍を作って、手分けして街を巡る。特徴のある模様なだけあって、割とすぐにこの刺繍の主が見つかった。
「この刺繍なら、市民広場の通りにある結婚衣装の店のメリリアのだと思うけど」
言われた店に行ってみると、入り口の近くで泣き腫らした顔の女性が何かを縫っていた。30代くらいだろうか。恐る恐る声をかけた。
「あの、ここにメリリアさんという人はいますか?」
「私ですが……」
泣いた顔の女性が、俯きがちに言った。
「あの、刺繍を……」
そう言ったとたん、彼女の目からまた涙が流れ出した。奥にいた50がらみの太った女性が彼女の肩をぽんぽんと叩く。
「何の用?メリリアは今、刺繍なんかできないから、仕事の注文なら今度にしておくれ」
「いや、この刺繍はメリリアさんのですか?この葉っぱと一緒に落ちてたので」
枕カバーとアーガの葉を差し出すと、メリリアという女性は崩れるように泣きながらそれを受け取った。
「あーっはは……」
嬉し泣きだった。小物入れのことなんかどうでもいいみたいだった。良かった、良かったねと周りにいた女性達も涙ぐんで喜んで、彼女を繰り返し抱きしめた。彼女はアーガの葉と同じ模様のある手で、シロの手をぎゅっと握って掠れた声でありがとうと言った。その手は湿っていて、震えていたけど、あたたかかった。