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約束

 森の中は深かった。茂みをかき分けながら進むと、やがて少しばかり開けたところに着いた。もう日は暮れかけている。


「ここらで今日はやめにしようか」


 シュトロウが言って木に背中を預けるように腰を下ろした。野宿……そりゃそうか……。


 季節は夏なのか、年中こんな気候なのかわからないが、日が暮れてからもさほど寒くはない。寝ようと思えば眠れそうだ。エルフもなんとかついてきていた。


「パトの実をあげないと……あのカラスたちは?」


 シュトロウがはは、と笑った。


「義理堅いな。もう覚えてないんじゃないか?カラスか……あの雲みたいになってた全部じゃないだろ?」

「約束したのは二羽だ。でもやることはやってくれただろ。助けてもらったから。火を起こさないといけないんだな」

「まあ他に食うものもないしな」


 シュトロウは矢筒の中から一本の矢を選び出して、シュッと石に矢尻を擦った。マッチのように火が灯る。乾いた木を重ねて火を移す。


「貴重な火矢なんだからな。あんまり持ち歩かないんだ」


 パチパチと大きくなった火に、シュトロウは無造作にパトの実を投げ入れた。香ばしい香り。


「人間が食ってもうまいよ。しばらくかかるけど」


 火を囲むとほっとした。エルフはそっとシロに体を預けて寄りかかった。猫みたいだ。カァー、カァーと高らかにカラスの声が聞こえた。見上げると二羽のカラスが旋回している。


「たぶんあいつらだと思うな」


 ピシッと音がして、焦げた殻にヒビが入る。中から半透明の白い果肉が顔を出す。


「ほら。食える。カラス来ちまったか。もう一個焼くか」


 木の枝で火の中から取り出すと、カラス達が舞い降りて遠慮なく食べ始めた。あれはカラス達にあげるしかない。リジンしてカラスの声を聞いた。


「うまいナァー!」

「久しぶりだァー!」

「助かったよ。ありがとう」

「またくれヨォー」


 ふと、この調子でカラス達が助けてくれるといいなと思った。


「またやるからさ、ついてこないか?何かしてくれるたびに何かあげるから」

「悪くないなァー」

「悪くないナァー」


 二羽のカラスはシロの肩に止まった。交渉成立らしい。ピシリとパトの実が裂けた。シュトロウがそこに手を突っ込んで、大きく二つに裂くと半分をシロにくれた。


「ありがとう」

「いや。こちらこそだ。あんたがいなかったら牢から出られなかった」


 まだ温かい白い果肉に齧りつく。甘く、ねっとりとした果汁。かすかな酸味と、柔らかな歯応え。どこかチーズのようなまろみがある。


「うま!」

「うん。うまいな」


 試しにエルフの口元に持って行ってみる。本当に食べないのかな?エルフは何かわからないという顔でシロを見上げた。こいつは丸一日以上何も口にしてない。どうやって生きてるんだ?シュトロウはそんなシロを見てちょっと笑った。


「はは。そんなことするやつ、いないよ。ほんとによその世界から来てるんだな。明日は早くから歩かないといけない。方向は間違ってないと思うから、昼にはギムの街に着きたい……なあ、俺と一緒に来てくれないか。その印の力はすごく便利だし、あんたが召喚者なら……」

「行くとこもないから、連れてってもらえれば嬉しいけど……」


 でも召喚者であることを期待されても困る。手からころりとアーガの葉が出てきた。カラス達の声が急にただの鳥の鳴き声になる。夜目が効かない二羽は、肩の上で翼に嘴を突っ込んで眠り出した。


「助かるよ」

「どうしてギムの街に行くんだ?」

「ギムの街は交易の街だから、いろんな人種が混じってても見咎められないんだ。そこで会おうと約束したやつがいる」

「なんでこんなことになってるんだ?」


 シロはシュトロウとこの一日半を一緒に過ごしてみて、まともなやつだと思った。普通なら牢に入ったりしないやつ。言うこともやることも筋が通っている。それなのにこんな状況になっているなら、何かあるはずだ。


「……昼間にも言ったけど、今すごく国が荒れてるんだ。とにかく圧政でね。税金も上がってるし、懲罰は厳しいのに国は助けてくれない。俺が住んでいた町はダイゴンの中でも鉱山の町で、デュトワイユというんだけど」


 ある日武装した兵士を連れた国の使者が領主の家にやって来た。税を上げるから次月以降耳を揃えて納付しろと言う。その時領主は体を壊していて、領主の息子、シュトロウの幼馴染みが代理で話を聞いた。


「あいつは昔から気の強いやつで」


 領主の息子はそんなことは無理だと言った。今でも徴収が厳しい。鉱山からの産出量も年々落ちている。減らして欲しいくらいなのに、これ以上税金を取ったら町の人達は皆食うや食わずになってしまう。だれからの命令だったとしても従うことはできない。


 その場で領主の息子は縄打たれ、国主の住むガルドの城下に連れて行かれることになった。おそらく反逆罪で縛り首になるだろうと言われた。シュトロウはそれを聞いて、彼が家から引き出されたその瞬間、弓で縄を切り、遣いのやつと兵士たちの手のひらを撃ち抜いて、一緒に逃げた。こんなことをしたら、自分も反逆者だ。もう町には帰れないのはわかっていた。


「その人とは?」

「森で別れたんだ。一緒にいるより目立たないから。ただギムで会おうと。まあ、会ってどうなるわけでもないんだけどな。お互い町には帰れないし、仲もいいわけじゃない……ただの約束」


 シュトロウは自分のアーガの葉を取り出して、指先でくるくると回した。すごい。模様が細かくて複雑だ。視線に気づいたシュトロウは少し笑った。


「俺の年でこんなに育つのは珍しいんだ。弓を引くのは昔から好きだったからな……」

「一度リジンするとあんたならどれくらいもつんだ?」

「二、三日」

「すごい!」

「でもだからなるべくリジンしないようにしてる」

「なんで?」


 百発百中がずっと続くなら、しかも二、三日に一度しか外れないならずっとリジンしていたくなるんじゃないのか?


「まだ怖いからさ」


 怖いから?よくわからない……

 情報量が多すぎる。アーガの木。パトの実。召喚者……。シロはいつのまにか眠っていた。

 

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