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さよなら

挿絵(By みてみん)

 ネネリオ。


 俺が一番好きな歌うたい系ウーチューバー。声がいい。この声を聞いていると嫌なことは忘れてしまう。ネネリオは顔出しをしない。男性ボーカルなことしかわからない。いいなあ。こんな声でこんなにうまく歌えたら、そりゃ楽しいだろ。収入もすごそうだ。チャンネル登録者は七〇万人。


「シロ!ごろごろしてねーで稼いでこいよ」


 俺も歌を歌って稼げたらなあ。こんなクソババアの家、とっとと出てってやるのに。

 志路(シロ)はでっぷりと不健康に太った母親の怒号を背中に、イヤフォンを耳に刺したままサンダルをつっかけて外に出た。黄昏時だ。稼ぐにはいい頃合い。駅か、飲み屋街か。駅だな。


 駅に着くとたくさんの人々が疲れた顔をして行き交っている。化粧の崩れたOL。座り込むおっさん。若者の集団。大学生だろうか?うちがまともな家だったらな。俺も大学生だったかもしれない。

 イヤフォンから聞こえるネネリオの歌声を聴きながら、人の波に混ざる。左斜め前にいる男の尻のポケットから財布を抜く。あまり入ってないのはわかっている。抜きやすいだけ。そのまますっとトイレに入り、中を物色する。思った通りだ。現金は三千円だけ。クレカは足がつくからな。使えない。プリペイドの電子マネーのカードが何枚か出てきた。それと現金だけを抜いて、あとはゴミ箱に捨てる。もう少し稼がないと。


 帰りの人々でますます混み合ってきた。機械音。重なるアナウンス。人の声とも足音ともつかない雑然とした音。なるべく身なりのいいおっさんがいい。体はたるんでるのにやたらいい時計をしてたりするやつ。そういうやつは現金もアホみたいに持ってることが多い。ちょうどいいのが二メートル前にいる。あと3歩。俺はうまいからわざとらしくぶつかったりしない。あと一歩。おっさんの体にぶつかりそうなのをお互いに体を傾けて避ける、その一瞬。


 おっさんはそのまますれ違っていく。俺も何食わぬ顔をしてそのまま駅を抜ける。コンビニのトイレで抜いた財布の中を確認する。ほらな。七万円の現金が入っている。カードはゴールド。金だけ抜いて、トイレのタンクに財布を捨てる。あのおっさんはすれ違いざまに俺に掏られたことにいつ気がつくかな。間抜けだからさ。ご愁傷様。


 今日はラッキーだったな。二人目のおっさんがおいしかった。マック寄って帰ろう。コンビニを出て線路沿いを歩いていると、踏切に通りかかった。子供の悲鳴に近い声が聞こえた。遮断機が降りる。目をやる。

 子どもが線路のレールの上で泣きながら自分の足を引っ張っている。足首から下が埋まっているように見える。レールに挟んだのか?かんかんかんと警報音が鳴る。やばいぞ。

 思わず体が動いた。小学生くらいの女の子だ。遮断機をくぐって足を見てやる。深く靴が嵌まり込んでいる。


「くつは諦めな!」


 遠くに電車の顔が見えてきた。まずい。力づくで引っ張る。靴がレールの隙間の中で脱げて、靴下の足が抜けた。よし!

 でも、その時もう轟音が聞こえていて、俺はとっさに女の子をレールの外に突き飛ばした。


 ブレーキ音に混じって、ネネリオの歌が聞こえた。

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