9.非常事態
ニールがスタジオへ向かうと、閉まっているはずのドアが開きっぱなしで、中からは怒鳴り声が聞こえていた。
異変を感じたニールはそっとその場を離れ、スタジオの外へと回った。窓から覗いてみると、十人ほどの覆面で顔を隠した男たちが監督や役者たちを一か所に集めて取り囲んでいた。
(これで全員、か? いや、だがもしかすると他にもまだいるかもしれない。油断はできないな)
男たちは手に銃を持っているほか、鉄パイプやナイフなどで武装していた。ひとりがナイフを監督に突きつけつつ恫喝する。
「金を出せ!」
「か、金なんかないぞ!」
ここは小さな映画会社で、経営は火の車だ、余計な金などない。だが、今日に限っては現金を金庫に入れていることをニールは知っていた。
(今時、現金を手渡しってやめとけって言ってんのに、楽だからって……)
ニールは何を言ってもヘラヘラしていた監督の顔を思い浮かべた。しかし、なんてタイミングだろう。いつもはスッカラカンの金庫に今日だけは金がある。その日に限って、いつもは平和なこの界隈に武装した男たちが現れる……なんとも出来すぎた筋書きだった。
「嘘をつけ! さっさと金庫を開けろ!」
「ひぃっ!」
男が叫んだかと思うと、パン、パンと銃声が響き渡る。男女入り混じった悲鳴が上がった。
(マズい。とりあえず、警察に電話だ)
今動けるのは自分しかいないのだ。そう考え、911に通報するニール。コールはすぐに繋がり、オペレーターの女性が現在の状況を尋ねてくる。しかし、ニールはそれに答えることができなかった。
乱暴に開け放たれたエントランスの扉から、何人かの男たちが出てくる。彼らは監督に銃を突きつけ、金庫のあるキャンピングカーの方へと歩いていく。ニールは物陰に身を隠し、それを見守ることしかできなかった。
さらに悪いことに、男たちは監督の他にも人質を連れていた。例のパトロンが連れてきた日本からの旅行者だ。英語が喋れる女の子のうち、ニールに積極的に話しかけてきた明日菜である。彼女は涙目になりつつも、気丈に犯人を睨みつけけていた。
(なぜ、あの子がここに……!)
ニールはあのまま彼女たちを置いてきてしまったことを悔やんだ。せめてどこか鍵のかかる部屋に閉じこもっていろと忠告していれば……!
「一か所に全員いなかったのは厄介だったな」
「スマホは取り上げたから大丈夫だろうよ。それに、こっちにはオトモダチもいるんだ、下手な真似はしねぇだろう」
「だといいがな。さてと、お嬢ちゃん。アンタが乗ってきた車はどこだ?」
「離して! さっさとお金持って逃げたらどうなの? このままじゃ、強盗の上に誘拐で罪が重くなるだけよ」
「うるっせえええ! いいから黙って言うコト聞けってんだクソガキがぁぁ!」
「……っ!」
男の品のない恫喝に明日菜はぎゅっと体を縮こまらせた。
(マズいな。車で連れ去られでもしたら、警察じゃ間に合わない! 捜索している間に……殺される!)
それだけは何としてでも防がなくてはいけない。ニールは物陰に身を隠し、繋がったままになっていたスマホで、手短に状況を説明した。
「……というわけで、かなりまずい状態になっている。このままだと誘拐されて逃げられてしまうぞ」
『わかりました。すぐに道路封鎖の手配をいたします』
「頼んだぞ」
しかし、このまま黙って見過ごすわけにはいかない。何かないか……と思って周りを見渡すニールの視線に飛び込んできたのは……。