8.異変
「あっ、ニールさん。……行っちゃった」
「事故かしら……」
ニールの背中を見送り、明日菜はため息をついた。いきなり置いていかれて、五人はどうすればいいかもわからない。
「なぁ、外に出たほうが良くないか?」
「そうね。あのおじさんが監督さんと一緒にいるんですもの、明日菜ちゃんの携帯で連絡は取れるんでしょう?」
賢吾の言葉に美智子が同意する。事故なら事故で、スタジオのある建物の中にいるのは危険かもしれない。
「そうですね。わたしのスマホでも晶ちゃんのスマホでも、おじさんとは繋がります」
「たしか、非常階段がこっちにあった気がします。そっちから外に出てみましょう」
明日菜が言い、晶もまた頷いて非常階段の方を指差す。流は面倒くさそうに呻いた。
その時、ドタドタと走ってくる複数の足音がして、廊下の曲がり角から男がふたり現れた。覆面をした、ガタイの良い男たちで、ひとりは銃を持っている。
彼らに一番近いのは明日菜だった。
「ここにもいたのか!」
「えっ、何?」
「抵抗するな、殺すぞ」
「えっ? きゃっ!」
銃を持っていた男が明日菜の肩を掴んで引き寄せ、太い腕を首に回して拘束した。もうひとりがさらに美智子の手を掴もうとするのを、隣りにいた流が奥に引っ張って離れる。
「やだっ! 助けて……!」
「Shut up!」
「明日菜!」
晶が叫ぶ。今にも駆け出しそうな晶を、賢吾が前に一歩踏み出して妨害した。
「よせ、刺激するな」
「でも……!」
賢吾たちの反対側で、ダストボックスに隠れていた流は小声で混乱する思いを吐き出していた。
「おいおい、何だよこりゃあ!?」
「少なくとも異常事態なのは確かね! もしかして無差別テロ事件とか?」
「こんなのってありか? いや、アメリカだからないとも言い切れないけど……」
まさかこんなことに自分たちが巻き込まれてしまうとは! 流は信じられない気持ちでいっぱいだった。むしろこれは映画スタッフたちによるサプライズの演出なんじゃないかとすら、心の片隅で思っていた。
しかし、男たちの暴力の気配は本物だった。片手で明日菜を押さえつけた男は、手の中にあるリボルバーを晶と賢吾たち、流と美智子たち交互に向け、居丈高に命令する。
「財布とID、携帯電話を出せ!」
「なによ、そんなのに私たちが屈するわけないでしょ?」
「いやいや、お姉さん! ここは大人しく出しちゃおうよ。そうすれば命は助かるはずだからさ」
憤慨する美智子の両肩を、流が掴んで説得する。これがサプライズだろうと何だろうと、歯向かう気概なんて流にはなかった。
「早くしろ! 撃つぞ? まずはこの女か!?」
「いやぁぁ!」
「明日菜! ……わかったわ。従うから、彼女に乱暴しないで」
晶はそう言い、カバンの中から財布とスマートフォンを取り出すと、男たちの足元に向かって滑らせた。
「流。賢吾さんたちも、お願いします」
「……ほらよ」
「まったくもう……。正義のヒーロー登場! なんて、しょせんスクリーンの中だけなのよね」
美智子は妙に夢のない現実的なことをつぶやきながら、その指示に従った。
「拾え」
「えっ……?」
「オマエが拾うんだよ! 早く!」
男は明日菜に銃を突きつけ怒鳴った。
「やめて! 彼女に乱暴しないで!」
「うるせぇ!」
英語で叫ぶ晶に、男は今度は拳銃を晶に向ける。晶は動じず、瞳に怒りの炎をひらめかせて男を睨みつけた。
「あ、晶……」
青ざめた流が、膝立ちのまま呆然として彼女の名を呼ぶ。嫌な沈黙を破ったのは明日菜だった。
「拾うわ。言うことを聞くから、落ち着いて。あの子を撃たないで」
男は頷き、またしても銃口を明日菜に向けた。明日菜はゆっくりした動作で全員分のスマートフォンと財布を拾い、自分のショルダーバッグに詰めていく。
「これで全部よ。わたしの分も、この中に入ってるわ」
「いいぞ。立て、こっちに来い」
男は明日菜の肩を掴み、首に手を回した。
「や、やだっ!」
「こっちだ、来い」
「嫌っ!」
「黙れ!」
パニックを起こしかける明日菜をさらに強く押さえつけ、男は拳銃を賢吾に向けた。
「!」
パンッ! 乾いた音が響く。
「きゃあっ!」
「賢ちゃん!」
男の動きを見ていた賢吾は間一髪、身を反らすことに成功していた。四人が驚きに固まっている隙に、男たちは明日菜を連れて撮影スタジオの方へと向かった。