6.ちょっとしたドライブ
明日菜が叔父に電話をかけ、快諾を受けて話がまとまった。
今いるストリートでは往年のハリウッドスターたちが残した手形や足型を見ることができるのだが、どうやらそれを見るためだけにこの高校生たちは車を降りたようだった。
この辺には駐車スペースは少ない。叔父さんは時間つぶしに車を走らせていたのだろう。
やがて、プップッと軽快なクラクションを鳴らして合図してきたのは、美智子たちが合流してもまだ余裕のありそうな大きなバンだった。
運転席にはサングラスにアロハシャツというアメリカンなスタイルな男。体格が良く日に焼けていて、ひげもじゃの毛むくじゃらだったが、中身はもちろん日本人だった。
「いらっしゃい。乗って乗って」
「ありがと、おじさ〜ん!」
「ありがとうございます。美智子さん、お先にどうぞ」
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いしま〜す」
賢吾と美智子は挨拶をしてバンに乗り込んだ。見学させてくれるというスタジオは、ここから少し離れた場所にあるという。そこまではしばしドライブだ。
車は軽快な音楽を流しながらハイウェイをびゅんびゅん飛ばしていく。海岸沿いへ行くとのことで、窓から見える景色もなかなかのものだ。これから行く映画スタジオは決して大きなものではないが、いつも何某かの作品を撮っているということだった。
聞けば、彼女らの叔父自身もスタジオに出資している立場だという。ということは、スタジオにとってはパトロンだ。見学なんてねじこめたのもそういう背景あってのことだったのだろう。
「今はアクション映画を撮っているらしい。もしかしたら、アクターたちの殺陣が間近で見られるかもしれないぞ」
「へぇ! 楽しみ!」
叔父の言葉に明日菜がはしゃいだ声を上げる。
「アクションと言えば、賢ちゃんは日本拳法を昔からやっているのよ」
「そうなんですか。それで……」
美智子の言葉に、晶の探るような視線がそっと賢吾の全身を通り過ぎた。
「それなりに長くやってはいるがな。でも、アクション映画の殺陣はダンスみたいなもんだから、一種のフェイクだ」
そのとき、今まですかした面で沈黙を保っていた流が会話に加わってきた。
「フェイクって? どゆこと?」
目上への口の利き方がなっていないヤツである。賢吾はむっつりとした表情のまま説明してやった。
「殺陣っていうのは事前に打ち合わせがあって、その通りに格闘技の技を繰り出す。だけど実際の試合は打ち合わせも何もないから、画面の中の世界と実際の格闘技は全然違うってことさ」
「ふ~ん。じゃあ、アクションスターっつっても実際にそこまで強いわけじゃないんだな」
そんな軽口を叩く流。本人にはバカにしているつもりはないのかもしれないが、事、格闘技に関しては釘を刺しておかねば気が済まない。賢吾は食い気味に反論した。
「その認識は違うぞ。映画のように自然で流れるようなアクションをするためには、それなりの格闘スキルが必要になる。今でこそワイヤーアクションだ、CGだ、って映像技術が発達して全くの素人でも未経験者でもそれなりのアクションができるようになったが、あれは「見せかけている」だけに過ぎない。
パンチやキックの間合いの取り方、相手との距離感、フォームの奇麗さ。リテイクを出された時に同じ場所に同じスピードで同じアクションをするだけのテクニック、それからアクション担当として選び出されるだけの実績。これらは全て、実際に格闘技や武術を極めた人間しか得られない地位なんだ」
「へ、へぇ」
口数の少ない賢吾が熱くしゃべり出したので、流はちょっと、いや、かなり引いていた。それを察して賢吾が睨みつける。
「引くなよな。こっちは真面目に語ってんだから」
「……すんません」
とりあえず謝っておけ、という態度の流を晶が肘で突く。
「って……」
「もう、バカね」
流は唇を尖らせて、黙り込んだ。苦笑いする晶に、賢吾が話しかける。
「そういえばさっき俺のことを見ていたが、君も何か格闘技をやっているんじゃないか?」
「え。ええ、まぁ。護身術程度ですが」
「何を修めてるんだ」
「合気道と、キックボクシングです」
恥ずかしげにそう答える晶。女だてらにと言われることもあるが、道着をかっちり着こなした晶は凛々しく可憐で、流はそんな彼女の練習風景を眺めているのが好きだ。
賢吾は、「やっぱりな」と晶の答えに満足気に頷く。美智子は目を見開いて驚いていた。
「すごい! そんな風には全然見えないのに!」
「晶ちゃんはお華もするんですよ。華道部の、今は部長だっけ?」
「ええ」
「そうなの〜。そっちは確かにイメージぴったりだわ」
そんな会話をしているうちに、映画スタジオに着いた。バンが止まると、明日菜が我先に車から飛び出して、バンの後部座席のドアを外側から開く。
「着いた〜! 楽しみだね〜!」
「ありがとう、明日菜。あら、結構陽射し強いわね。日焼け止めクリーム、塗り直さないと」
晶が手で自分の上にひさしを作りながら呟いた。