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19.再会

 その頃、ニールと明日菜はようやくスタジオに着いていた。スタジオ前はたくさんの人でひしめきあっていた。


 中からは比較的軽傷で、自分の足で歩ける怪我人や無傷の人間ばかりだ。明日菜はそのひとり一人に目を凝らし、見知っている姿がないか探す。そしてその中に叔父の姿を見つけた。


「おじさん!」

「明日菜ぁ! 無事で良かった〜!」

「晶ちゃんたちは? 一緒じゃないの?」


 毛むくじゃらの腕をスルリと避けた明日菜は、叔父に尋ねる。しかし返ってきたのは、良いとは言えない答えだった。


「晶は……。騒ぎが始まる前までは確かに同じスタジオにいたんだが、途中ではぐれてしまった」

「そんな!」

「警官たちが踏み込んできて、あのギャングを捕らえたんだ。最後まで残って晶や流くんたちを探したが、どこにもいなかった」

「じゃあ、別のところから出たのかも! わたし、探してくるね!」

「ダメだ、危ない! 明日菜!」


 ポニーテールを揺らし、明日菜は行ってしまった。小柄な背中はすぐに人混みに紛れて見えなくなる。叔父が追いかけるより先に、ニールが走り出していた。


「任せておけ!」

「頼む……」


 明日菜は正面玄関を避け、回り道をして裏からスタジオへ向かっていた。監督のベッドルーム代わりになっているキャンピングカーの前を通り、コンテナが積まれた迷路のような通路を抜けていく。


 そのとき、コンテナの脇から飛び出してきた影があった。


「きゃっ!」


 ぶつかりそうになり、明日菜は慌てて仰け反った。軽い驚きはすぐさま別の種類のものに変わる。


「あっ、アンタさっきの!」

「Damn!」


 それは最初に明日菜に銃を突きつけて晶たちから引き離し、スタジオに連れていった男だった。この男のせいで明日菜は人質としてバンに乗せられ、誘拐されたのだ。


 明日菜が逃げようと考えている間に、男はポケットから折りたたみナイフを取り出し構えた。カチリと刃を出す音が響く。


「やっ……!」


 そのとき、明日菜は急に肩から後ろへと引っ張られた。同時に、たくましい腕が伸びて相手の男の腕に絡み、鮮やかな手技でもってナイフを叩き落としたのだった。


「なっ!? んがっ!」


 そしてその勢いのまま踏み込んで、ニールは男の顔面を拳で強打して気絶させた。


「ニールさん!」

「だから危険だと言っただろう。軽率な行動を取るな」

「ごめんなさい……」


 シュンとうなだれる明日菜に対し、ニールはそれ以上何も言えなかった。だが、フォローの言葉も思いつかず、仕方がなく彼女の頭を掌でポンポンと叩いてやった。


「えへへ。ありがとうございます。あ、そうそう、さっきの技! すごかったです!」

「……そうか」

「かっこよかった〜〜! なんていう技なんですか?」

「技の名前はない。あれはカラリパヤットゥという古代インドの武術で、ナイフアタックに立ち向かう幾つかのやり方のうちのひとつなんだ」

「へぇ〜!」

「カラリパヤットゥ、知ってるか?」

「ううん、ぜんぜん!」


 明日菜がにこやかに言うと、ニールは肩を落とした。やはり知名度ではカラテやカンフーには勝てないのだ。


 警官を呼んで倒れている男を連行してもらうなどの手間はあったが、明日菜とニールはスタジオ内部に入ることができた。だが、明日菜の叔父が言ったようにそこには警官以外の姿はなかった。


「……きっと建物の他の場所なんだわ」

「そうだな。もしかしたら追われて迷ったのかもしれない。二階も探してみよう」


 そう言って自分が先に動くニール。安全のためにも明日菜の前に立つ。それはもう、雇い主の客人だからとか、そういう理由ではなかった。純粋なニールの好意だ。明日菜もそれを感じ取り、はにかんだ笑みを浮かべるのだった。


 とはいえ、それ以降はもう潜んでいる敵もなく、すぐに晶たちとも合流することができた。


「晶ちゃん! よかった、無事だったんだね!」

「明日菜! 明日菜こそ……! よかった……」

「いや、無事じゃねーし。痛いし。殺されかけたし」


 流に支えられながら階段を下りてきた晶は、明日菜を見ると顔を輝かせた。流の不平は黙殺される。


 明日菜と晶は抱き合い、互いの無事を喜んだ。ふたりの心からの笑顔は眩しかった。


「どうしてたの? 怪我してない、明日菜?」

「ちょっとだけ、ね。わたし、通報されないためにって人質に取られて、誘拐されちゃってたの。わたしたちが乗って来たバン盗られちゃって、それに乗せられてね。でも、ニールさんが助けてくれたんだ~!」


 そう言って、明日菜は少し後ろに所在なげに立っていたニールの腕に抱きついた。


「おい、くっつくな」

「あらあら」


 その様子を見て、晶はのんびりと笑っている。


「カーチェイスになったりして、ニールさん、すっごくカッコよかったんだから! もう、好き!」

「好き、か……人からそう言われたのは初めてかもしれないな」

「えっ、意外すぎる! じゃあ、わたしと恋しちゃいます?」


 明日菜はニールを見上げてウインクした。ニールの目が丸くなる。晶と流は慌てたように声を上げていた。


「ちょ、アスナぁ? マジで言ってんの?」

「ニールさんが日本に来てくれるなら、わたしの家にショートステイしたらいいよ。きっとうちのお父さんやお母さんもお礼したいって言うと思うし! わたしはもうすぐ学校が始まっちゃうから忙しくなるけど、案内したい場所がたくさんあるんだ〜」

「あ、明日菜、困らせちゃだめよ」

「……恋するかどうかは置いといて、日本旅行には行ってみたいな」

「きゃ~! ぜひ来て、ニールさん。いつでも待ってるから。あ、あとアドレスも交換してね」

「あ、ああ……」


 何だかんだで押しに弱いニールは、明日菜とメールアドレスやSNSのIDを交換させられるのだった。

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