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17.死闘

「晶! 今ほどいてやるから待ってろ」

「流、無事でよかった。お願い」

「あのなぁ! それはこっちのセリフ!」


 流は晶のロープをほどいてやった。他の人質も、騒ぎに乗じて逃げようとしている。


「おい、ふざけんな! 動くな! 撃つぞ!」


 リーダー格の男はそう言い、実際に逃げる男の背後から撃った。


「あのひと!」

「いいから、オレらも逃げるぞ、晶!」


 立ち止まる晶の手を引き、流は走る。悲鳴が上がる中、四人はスタジオを抜け出した。


「玄関こっち!」


 流が先頭に立ち建物の外へ逃げようとするが、エントランスには人影があった。その男は四人を振り返ると銃口を向けてきた。


「やべぇ! 逃げろ!」


 流の言葉に、来た方向の廊下に逃げ込むのと、破裂音と共に床が抉れるのはほとんど同時だった。


「どうすんの!?」

「上へ!」


 晶は美智子の手を引き、階段を上り始める。賢吾も流を掴んで引きずるようにそれに続いた。


「待ちやがれぇ!」

「やばいぞ。早くしろ」

「ぐへぇ、ムリ〜〜!」


 追われながら必死で階段を駆け上り、廊下を走り抜ける四人だったが、よく知らない場所で迷ってしまうのは当然だった。


「はぁ、はぁ、はぁ……! もう無理ぃ!」


 その場にへたりこむ美智子。四人は下手に動き回った結果、先のない通路に行き当たってしまった。目の前には倉庫か何かだろうか、両開きの扉がある。今から引き返して別の道を探すには、戦えないふたりの疲労が激しく、また追手との距離が近すぎる。


「どうしましょう、賢吾さん。追いつかれてしまいます」

「いや待て、まだ先に部屋がある! ……あ、あれ」


 賢吾は扉を開けようとするが、こんなときに限って鍵がかかっている。モタモタしている間に、男が角から飛び出してきた。


「はっはぁ! 追い詰めたぜ、クソガキ! くらえ!」

「っ!」


 男が銃をつきつけ引き金を引くが、カチッカチッという音がするだけ。弾切れだ。


「Fuck off!」

「よけてろ、美智子」

「流!」


 飛び道具による優位を失った男は、しかしまだ体格において賢吾と晶のふたりを圧倒していた。ボクシングの経験でもあるのか、ファイティングポーズを取っている。


 男の身長は自動販売機より高く、目測で185センチはあった。腕は丸太のように太く、筋肉質だ。日に焼けたあばた顔の中に余裕そうな笑みを浮かべ、ゆるく膝を曲げた足をリズミカルに揺らしている。


 最初に動いたのは晶だった。男に向かって足を踏み切ると軽やかに飛び上がり、タタッと壁を走ってその勢いで飛び膝蹴りを繰り出す。


「はっ!」

「なにっ!?」


 まさか上から来ると思っていなかった男は、一瞬驚いたもののすぐに腕を上げて対応する。膝でのアタックは太ましい右上腕二頭筋で受け止められてしまい、男にダメージはさほどいかなかった。晶の体重が軽すぎるのだ。


「くっ……」


 晶は悔しさに顔を歪めた。ガードされ軽やかに着地した晶に男が腕を振り上げる。


「次はこっちの番だ!」

「させるか!」

 

 そこへ賢吾が割り込む。


「へっ! 来いよ!」


 賢吾のローキックを同じくローキックでいなす男。拳には拳を。しかし男のほうが大きく力も強いため、戦いというよりはまるで子どもをいなす大人という様相だ。


「賢ちゃん……」


 美智子が祈るように名を呼んだ。


 賢吾も晶も、身軽さを武器にして戦う者同士、連携の取れたプレーをしている。足捌き、体捌きはふたりの方が優れていた。男の攻撃をかわし、いなし、その隙に小さく、確実に当てるのだ。


 賢吾は肘打ち、晶は膝蹴りと、それぞれ得意な技を仕掛けていくが、男にとってダメージはほとんどない。それが逆に男を苛立たせた。


「チクショウが!」


 でたらめに振るわれた拳。しかしそれはフェイク。避けた晶を狙いすまして男は強烈な前蹴りを放った。咄嗟に腕でガードするも、パワー差には抗えず彼女の細身は吹っ飛ぶ。


「!」

「晶ぁ!」


 彼女が壁に叩きつけられる直前、無理やり壁との間に飛び込んできた流がクッションとなってその衝撃を和らげた。


 賢吾もタックルを食らって吹っ飛び、後ろの倉庫のドアを背中から突き破る。ものすごい音が響き渡った。


「へっ、雑魚が!」

「いやぁっ! 賢ちゃん!」


 しかし、これでへこたれる賢吾と晶ではない。晶は素早く、賢吾は頭を振りながら立ち上がる。男はハッと嗤った。


「まぁだ立ち上がるのかよ、めんどくせぇなぁ! いっそ転がったままの方が、俺様の気が済むのが早ぇかもしれないぜぇ?」

「貴方こそ、いつまでこんなことを続けるんです? 早く逃げ出した方が賢明かもしれませんよ」

「うるっせぇ! どうせもう何もかも手遅れなんだよ!」


 怒りに顔を赤く染め、男は力任せに腕を振るった。再び守って攻めての戦いが始まるが、バーサーカーのような男はともかく、小柄なふたりのスタミナがそろそろ保たない。


 戦いの最中ではあったが、晶と賢吾は顔を見合わせた。ふたりとも同じ気持ちのようだ。


「やるか」

「ええ」

「狙うは」

「頭!」


 賢吾が体を低くして自ら踏み台になる。晶がその背中を利用して高く飛び、男の頭にドロップキックを落とした。


(決まった!)


 しかし、男はふらついただけで倒れはしなかった。そして晶の足を取ると力任せに壁に向かって投げ捨てた。


「きゃああ〜〜!」

「晶! てめぇ、よくも!」


 恋人が壁に叩きつけられるのを見た流は、手近にあった細長い金属製のゴミ箱を持って突撃した。ガンガンと殴りつけるが、男はそれを意に介さず振り返りもせずに腕で振り払って流を床に叩き伏せた。


「ぐえっ!」

「大丈夫か? 下がってろ!」


 賢吾が叫ぶ。しかし余所見をしている暇はない。髭面の手数の多い攻撃に賢吾が押され、体勢が崩れかけたところを、男がダブルスレッジハンマーの要領で拳を賢吾の脳天に振り下ろす。


「ぐっ。がっ! くそ……」

「ははははは! 死ね!」

「やめて!」

 

 続け様に拳を振るおうとする男の背中に、美智子が飛びかかる。両手で男の目を覆って視界を塞ぐも、男は美智子を捕まえて軽々と投げ捨てた。


「あうっ!」

「美智子! このおおおおおお!!」


 激高した賢吾が、男に全力ダッシュからのとび膝蹴りを放った。


「うおっ!?」

「らあっ!」


 そこから馬乗りになって殴りつけるも、パワーで起き上がられた挙句、腹を前蹴りで蹴飛ばされる。


「ぐほっ!?」


 賢吾の小柄な体が壁に激突する音が大きく響く。ニヤリと嗤う男。だがその背後に、スチールラックが襲いかかる。


「ぬおっ!?」


 棚を蹴り倒したのはダメージから回復した晶だった。こめかみから血を流しつつ、熱の衰えぬ目で男を睨みつける。


「はあっ!」

「ぐっ!」


 スチールラックを頭に食らい、ふらつく男に向かって再びの飛び膝蹴り。男はヨロヨロと窓の方へ逃げていく。


「くそ……くそっ! こんな、ガキ共に……!」


 頭を押さえながら、男は床に目を走らせる。そして、投げ出されていた工具箱から大きなレンチを取り上げた。


「……ブッ殺してやる」

「っ!」


 晶が息を飲んだ。男が狂気を孕んだ笑みを浮かべ、レンチを構えたとき、


「やあああああっ!!」

「ぐへえ!?」


 倒れたスチールラックを踏み台に、賢吾の渾身のドロップキックが男の側頭部に決まった。そしてそのまま倉庫の窓を突き破り、男は絶叫と共に地面へと叩きつけられたのだった。

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